ツウな飲み方
「どうぞ。」 は、なるべくお客さんのニ ニーズに応えるべく、様々な種類のお酒を用意している。だが、これは中々見ない光景である。
どうやら、この男性はツウらしく、何と「グランゴジエ96」をそのまま飲み干した。
それを見た中衛 絵里、通称なかえりちゃんは驚きのあまり、「えええーっ! 」と、小路を挟んで隣のお店、日本料理店サクマまで届きそうな声を上げた。磨きかけの一般客用のそこまで高くないグラスが手を離れ、地に落ちる。
「どうしたなかえりちゃん」
後ろの方に座っている女性が声をかける。
「だ、だってこの人…… あのグランゴジエ96をそのままで飲んだんですよ! ねぇ! 」
「ぐらごじ…… ? 」
「グランゴジエ96です。原料にシュガービートを使用していて、度数は何と九十六度。それをそのまま飲むなんて…… ツウしかやりません! 」
なかえりは興奮しつつも丁寧に語る。
「きゅ、九十六!? 」
「はい。なので、多分ロシアとかで飲むものなのかな、って思うんですが」
男性は飲み干した後、しばらくぼーっとしていたが、唐突に語り出した。
「今日はいつもの所が休業でさ。探していたらここに着いた。いつもの所ではこれがここの三倍以上の値段だから飲みたくても飲めなかったんだよね。ここは安くて良かった」
すると、後ろの女性が煙草を取り出して火を付けようとした。
「うわぁー! 辞めてください。喫煙ルーム以外での喫煙は駄目ですし、そもそもこのお客さんが飲んだお酒のアルコール度数が高すぎるのでお店が燃えちゃいます」
あらそう、と言いながら女性は煙草をしまってくれた。
「…… 口の中が焼けるようにあちぃ!水くれ水! 」
あーあ、と思いながらなかえりは水を差し出す。男性はそれを一気に飲み干すと、カウンターに突っ伏して寝てしまった。やれやれ、困ったぞ、となかえりは思う。今は二十二時、これからお客さんが入る時間帯だ。しかもカウンターのど真ん中で寝られた。このままでは他のお客さんの邪魔になってしまう。こういうお客さんには声をかけても動いてくれない。
だから、なかえりはこの技を発動する。
「…… ほっ! えいっ! やっ! 」
なかえりは中学一年生から高校三年生まで柔道をやっていた。辞めてから数年経ったとはいえ、今でも筋トレはしているし、それこそ熊が向かってきても倒せる、と思っている。実際には熊が襲い掛かって来たことなどないが。
椅子を持ち上げ、お店の隅の、使わないテーブルなどが置いてある席にずらす。
「あー、疲れた」
大して疲れてもなさそうな声をあげ、カウンターに入ると、そこでなかえりは衝撃的な事実に気が付く。カウンターの内側、いつも自分が立っている所にグラスが粉々になっている。片付けが面倒くさいわ、と思いつつ箒である程度は片付ける。どうせ自分しか入らないし、靴を履いているので怪我はしないだろう。
「ねぇ、なかえりちゃん。私にも、さっきの男性とまではいかないけれど強いお酒、出してくれる?」
「はい。何度にします? 」
「九十度。ちょっと寝たい」
それならこれだ。アイルランドの密造酒。九十度の「秘宝」だ。
「出来ましたよ。『ポティーン』です。ジャガイモから作る密造酒です…… あ、煙草は駄目ですよ」
分かったわよ、と軽く笑いながら女性はゆっくりと飲む。すぐに酔いが回ったようで、小さい唸りを上げながら寝ている。
二人共、二日酔いにならないかしら?
───
【グランゴジエ96】
最初に言っておきます。飲まない方が良いです。口内が死にます。
本文中ではなかえりが「ロシアとかで飲むものなのかな」と言っていましたが、原産国はフランスです。しかしそれ程流通せずに終わったらしく、今のところ一番強いお酒は「スピリタス」が有名です。
【ポティーン】
アイルランドで、密造ウイスキーを指した言葉です。
現地ではゲール語で、“poitin”と表記してポティーンと発音します。現地でこうしたポティーンという言葉が用いられるようになったのは、19世紀初頭からです。もともと“poitin”とは「小さなポット」、つまりポットスチル(単式蒸溜器)の意です。それが、次第にその小型蒸溜機から溜出してくる液体を指すようになり、大麦を蒸溜したものは、ウシュク・ポティーン(uisge poitin)と呼ぶようになりました。のち、ウイスキーへの課税が厳しくなると、非合法なウイスキーを指す語として用いられるようになりました。
アイルランド語で「二日酔い」を表すこのお酒は、九十度!
あまりにも強いため、アイルランドでは二つの会社しか作れないそうです!
しかも自宅での製造は禁止とのこと。