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遂に絵筆が出来ました。
町で一番と評判の
細工師の腕は本物で
見事な絵筆が出来ました。
絵筆の事など何一つ
分からぬ筈の猟師でも
一目見ただけで特別な
力を感じる筆でした。
「ううむ・・・これだ間違いない!
きっと娘もこれならば
手に取り絵を描く事だろう!」
猟師は絵筆を懐に
宝物の様にしまい込み
勇んで帰って行きました。
「娘よ!見てくれこの筆を!
これ程見事な絵筆なら
おまえも不足は無いだろう!」
すっかりやつれて力なく
横たわっていた娘だが
絵筆を一目見た途端
その目に光がよみがえり
むくりと体を起こします。
「さあさあ娘よ手に取って
しっかり確かめてみなさい」
娘は震える細腕で
絵筆を受け取り握りしめ
食い入る様に見つめます。
「これです父さん!ああこれです!
私が待ちわび焦がれてた
特別な筆はまさにこれ!
こんな素晴らしい逸品を
どうして手に入れたのですか?」
猟師は事のいきさつを
話して聞かせてやりました。
森の奥深くで出会った
暴れん坊のオオカミと
倒れた立派な老木の
話しを聞かせてやりました。
すると娘は寝床から
ガバッとばかりに飛び起きて
一度も見たことない様な
鬼気迫る顔で言いました。
「私はこれからこの筆で
命を燃やし尽くす様に
人生最期の絵を描きます
その絵が完成するまでは
一人っきりでいたいのです
どうか待っていて下さい」
そう言い残して鍵をかけ
娘は部屋にこもります。
娘の事が心配で
不安な猟師と奥さんは
扉の外をウロウロと
歩きまわって待ちました。
静かに時間は過ぎて行き
一晩たってキラキラと
朝日が差し込み始めます。
その時扉の鍵があき
娘がゆっくり出て来ます。
透き通る様に真っ白な
顔色の上に微笑みを
小さく浮かべて言いました。
「父さん本当にありがとう・・・
あの筆以外では描けない
絵を描く事が出来ました・・・
これで私はもう何も
思い残す事ありません・・・」
娘は抱きとめる猟師の
その腕の中に崩れ落ち
目覚めぬ眠りにつきました。
あまりに悲しみ大きくて
猟師は何もわかりません。
あまりに悲しみ強すぎて
泣く事さえも出来ません。
動かぬ娘を抱いたまま
猟師は扉をくぐり抜け
娘が最期に残した絵
見るため部屋に入ります。
描かれたばかりの絵を見つけ
しばらく驚き立ち尽くし
猟師は我が目を疑います。
小さな小さなキャンバスに
たった一色黒だけで
まるでキャンバス殴るよに
叩きつけるよな筆使い。
これまで猟師が好きだった
娘の絵とは大違い
まるで別人が描いたよな
激しく荒々しい絵です。
しかし猟師はその絵から
不思議な力を感じます。
まるで大声で叫ぶよな
そんな力を感じます。
突然猟師は理解します。
娘の気持ちを理解します。
「そうか・・・そういう事なのか・・・
これまでおまえが描いた絵は
この家の役に立ちたくて
金に換えるため描いたもの・・・
みんなが欲しがりそうな絵を
無理して描いていたのだな・・・
今ここにあるこの絵こそ
本当におまえが描きたい絵・・・
今ここにあるこの絵こそ
本当のおまえなのだなあ・・・」
猟師は娘を抱きしめて
ポロポロポロポロ泣きました。
娘の最期の絵を見つめ
ポロポロポロポロ泣きました。
なんとか絵から目を離し
ふと足元を見てみると
苦労に苦労を重ねては
やっと手に入れたあの絵筆
床に転がっておりました。
毛はボロボロに毛羽立って
柄はポッキリと真っ二つ
見る影もなく壊れてます。
猟師は床に膝をつき
壊れた絵筆を手に取って
ゆっくりじっくり眺めます。
今ならどうしてこの絵筆
娘があんなに求めたか
なんだかわかる気がします。
涙で濡れたその顔で
猟師は優しく言いました。
「娘よ娘ありがとう・・・
苦労を重ねて手に入れた
世界に一つのこの絵筆・・・
こんなにこんなに大切に
使ってくれてありがとう・・・」
涙で濡れたその顔に
笑顔を浮かべて言いました。




