始まりの儀式
「その儀式っていうの、わたしにも出来ないかな?」
「どうですかにゃ。吾輩にはなんとも言えませんにゃ」
「何かこう、特徴とかなかった? こういう道具使ってたー、とか」
「道具ならたくさん使ってましたにゃ。キンキラキンで高そうでしたにゃ」
うーん。参考にはならないかあ。まあ、一々「これはこういう道具です」って説明しながらやるわけでもない、か。
わたしは座っていたイチローに近づくと、その身体にぷにっと触れてみる。
「ん? どうしたの?」
「んー、ちょっとね」
職業、職業。ぷにぷに。職業……イチローに職業をー……ぷにぷに。あ、でも天の神に祈ってもくれるわけないし、アルステスラ様に祈ればいいのかな? むー、アルステスラ様……ぷにぷに。
―スキル「魔王」発動! 「魔王軍」展開発動! 「始まりの儀式」発動準備……対象確認。「始まりの儀式」を発動しますか?―
「む? むむ? 何か暖かい何かに包まれている気がしますにゃ!」
「え? 僕は何も感じないよ? おじいは?」
「ワシも何も感じないのう」
あ、なるほど。これ「魔王軍」に登録してないと……っていうか、わたし「始まりの儀式」出来るんだ……。ということは、そこから始めないとダメだね。えっと、「始まりの儀式」は今はやめやめ。
―「始まりの儀式」キャンセル―
「あっ! 消えちゃったにゃ!」
「ごめん、ミケ。えっと……イチローとおじいにも聞いてほしいことがあるんだけど。いいかな?」
わたしはそう言うと、枯れ草の床から立ち上がっておじいに近づいていく。ここからだと後姿しか見えないから、前に回……ろうとした時、イチローの身体が僅かに伸びてわたしを上にのっける。
「僕に乗った方が速いよ!」
「あ、うん。ありがと」
「むう、それは吾輩には出来ませんにゃ……」
ミケ、わたしより小さいもんね……。とにかく、わたしとイチロー、それとミケはおじいを正面から見られるような位置に回る。
「聞いてほしいこと、とは何かの?」
「うん。わたしのスキルのことなんだ」
「スキル、か。先程話しておったステータスを視るスキルのことかの」
「あ、うん。それもなんだけど……わたしのスキルは、それを含めて一つのスキルなんだ」
「ほう?」
おじいは興味を持ったようにブルンと震え、イチローとミケからも興味津々な気配を感じる。
「わたしのスキルは……「魔王」っていうんだ」
「種族と同じじゃの」
「うん、職業も「魔王」なんだけどね」
スキル「魔王」。人間でいえば「ギフト」とかいうものにあたるらしい能力。私に望んだものを与えてくれるスキル。そう解凍された説明にはあったけど、どうにも「最初からある能力」と「後から創る能力」があるっぽい。その違いは分からないし、こんなものをどう説明すればいいのかは分からないけど。
「なんだか、その力で皆に職業をあげられるみたい。でも、その為には「魔王軍」っていうものに皆を登録しないといけないの。ミケはなんか登録されちゃってるけど」
「恐悦至極ですにゃ」
ミケがなんか難しい事言ってるけど、それはさておいて。
「魔王軍……かの?」
「うん。ミケは「忠誠」で登録されたみたいだけど、わたしと共に歩む事を望んでくれた場合にも出来る……みたい」
「ふむ。軍、というのは確か人間の持っている戦闘集団のことじゃの? つまり、テスラを中心としたそういう組織を作るということかのう」
「えっと……たぶん」
「ふうむ……」
「あ、僕はそれでいいよ!」
悩むおじいとは逆に、イチローはそう言ってぴょんぴょんと……うわわ、落ちちゃう落ちちゃう!
「共に歩むって、友達ってことでしょ!? 僕、テスラと友達だもん!」
「え、あ。うん……」
「友達だよね!」
「うん、それは勿論。わたしとイチローは友達だよ」
でも、それでいいのかな? ミケの時みたいに「魔王軍」は発動しないけど、確か任意でも出来るって言ってたから……。えーと、でも任意ってどうやって。そう悩むわたしの中に、「言葉」が浮かんでくる。
『魔王の名の下に問う。汝、共に歩む事を望むか?』
「うん! 僕、テスラと友達だもの!」
―スキル「魔王」発動! 「魔王軍」展開発動! イチローを登録しました!―
イチローの身体が淡い光に包まれていく。これでイチローも「魔王軍」に登録されたわけだけど……それを見ていたおじいが、小さく溜息をつく。
「……まあ、これも縁かの。テスラ、ワシもお主と共に歩もう。きっと、悪い事にはならんじゃろうしの」
「あ、うん。それじゃ……『魔王の名の下に問う。汝、共に歩む事を望むか?』」
「望もう。何処へ行くのかは分からんがの」
―スキル「魔王」発動! 「魔王軍」展開発動! おじいを登録しました!―
おじいの身体も光に包まれて。これでたぶん、三人とも「始まりの儀式」の準備が整ったはずだ。
「……って、あれ? そういえばミケは「始まりの儀式」受けちゃっていいの?」
二回受けたらどうなるのか分からないけど、また「卵」になっちゃうんじゃないかな?
「惜しくはありませんにゃ。テスラ様から頂いた職業から再び育てる。それもまた騎士の喜びですにゃ」
君は隠密だけどね。ま、いいか。本人がそう言ってるなら……。わたしはさっきの「魔王軍」の時と同じように始まりの儀式を発動しようと集中する。
―スキル「魔王」発動! 「魔王軍」展開発動! 「始まりの儀式」発動準備……対象確認。「始まりの儀式」を発動しますか?―
『魔王の名の下に、可能性を授ける――始まりの祝福よ、あれ』
―始まりの儀式発動!―
洞窟の天井付近から光が降りてきて、三人の身体に降り注ぐ。
「お、おおお……これは! なんじゃ、何か力が湧いてくるような……」
「凄い、何かがきたよ!」
「以前受けたものよりも凄いですにゃ……にゃにゃ!?」
三者三様の反応を見せるけど、どうなったんだろう。わたしは気になって、三人のステータスを見てみる。まずは……イチローから。
名前:イチロー
種族:スライム
職業:可能性の黒卵(魔王軍)
レベル:3
体力:12
力:5
魔力:2
素早さ:8
物理防御:16
魔法防御:2
技術:1
運:3
スキル:衝撃耐性(極小)【レベル1】
可能性の卵、じゃなくて黒卵なんだ……。ミケはどうかな?
名前:ミケランジェロ
種族:ワイルドキャット
職業:影騎士(魔王軍)
レベル:37
体力:120
力:9
魔力:540
素早さ:90
物理防御:10
魔法防御:660
技術:50
運:10
スキル:魔法制御(レベル4)、気配遮断(レベル3)、騎士道(レベル1)、影潜み(レベル1)、影操作(レベル1)
……見間違いかな? なんかまた強くなってる気がするっていうか、ホントに騎士になってるような。ていうか、影騎士ってなに?
―職業知識:影騎士が解凍されました!―
影騎士。特殊職業の一つであり、「隠密」を取得した事のある者が「騎士」を取得した際に派生する可能性がある。この際「魔法制御」や「気配遮断」などのスキルが求められる為、人間界でもこの職業の者は非常に少ない。
うーん、なるほど……。まあ、いいや。ミケだし。おじいはどうかな?
名前:おじい
種族:グランドスライム
職業:守護者(魔王軍)
レベル:65
体力:9000
力:300
魔力:100
素早さ:2
物理防御:700
魔法防御:50
技術:5
運:20
スキル:衝撃耐性(大)【レベル3】、土属性耐性(大)【レベル1】、土魔法吸収(小)【レベル1】、グランドシェイカー【レベル1】、守護の絆【レベル1】
おお……なんか凄い事になってる。守護者っていうのは……文字通りなんだろうなあ。
―職業知識:守護者が解凍されました!―
守護者。自分より弱い相手を守る者に与えられる職業。取得条件としては難しくないが、長い期間がかかる上に然程強力な職業とはいえない。
……そうは見えないけど。おじいが元から強いから強く見えるのかな? たぶんイチローを守ってたせいなんだろうなあ……。
「ねえねえ、僕、可能性の黒卵だって!」
「ワシは守護者じゃのう」
「吾輩は騎士になれましたぞ!」
喜びの声をあげる三人に、私はうんうんと頷く。でもミケ、君は騎士っていうか影騎士だから。
「しかし……魔王軍、か。これも騒ぎになりそうな能力じゃのう」
「うっ……」
確かに。わたしが居れば強くなれる。そんな噂がたったら魔物だって大騒ぎだろうし……。
「確かに人間にバレたらとんでもない事になりそうですにゃ」
「そうなの?」
人間の事をよく知っているだろうミケにわたしが恐る恐るそう聞くと、ミケは頷いてみせる。
「勿論ですにゃ。吾輩の知る限りでは人間は魔物を狩ってレベルを上げていますにゃ。強い人間ほど強い魔物を探しますが、そこに「魔物を強くできる」テスラ様の存在が知れたら、どうなるか想像もできませんにゃ」
「う……わたしもレベル上げなきゃね」
そういえば、おじいがレベルを上げる為の話をしてくれる約束だったはず。
「ふむ、ではレベルを少しずつ上げていくとしようかのう」
「うん、僕レベル上げて進化して、テスラを守るよ!」
「進化ですかにゃ。実を言うと吾輩、すでに進化できるようですにゃ」
「えっ」
「えっ」
「ほう」
いざレベル上げ……というところで、ミケがそんなことを言い出す。
「吾輩、望む進化先はないものと思っておりましたが……これもテスラ様のお力かと思いますにゃ」
確かに、「魔王軍」にはそういう効果もあるみたいだけど……。
「どういうのが望みだったの?」
「二足歩行ですにゃ」
「んーと……つまりわたしみたいに? 猫の顔と人間っぽい体?」
「それは亜人ですにゃ」
あ、違うんだ。ということは、普通に二足歩行なの?
「……とはいえ、すでに夜。吾輩の事もレベル上げのこともさておいて、まずはお食事と……そのあと、お休みになっては如何かと思いますにゃ」