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魔物と出会った

「うひゃあっ!」

「わーい!」


 楽しそうなイチローとは逆に、わたしは必死でおじいを掴む。そうしないと落っこちちゃうんじゃないかと錯覚するくらいに、おじいは跳んでいた。

 わたしの頬の横を風がひゅあっと音を立てて通り過ぎて、景色が一気に後ろに流れていくような錯覚を味わう。怖くて、でも凄くて。心臓がバクバクと激しく動くような音がする。

 ずむっ、どむんっ、と。おじいが着地して、再び跳ねる。この時に気が付いたんだけど、おじいは身体の一部でわたしをしっかりと掴まえてくれていた。わたしが落ちないようにしてくれていることに……気遣っていることが嬉しくて、わたしのテンションもイチローみたいに跳ね上がる。

 ずむっ、どむんっ。ずむっ、どむんっ。響く音と、上がるテンション。

 ずむっ、どむんっ。ずむっ、どむんっ。気付けば、わたしも叫んでる。

「わっほー!」

「やっほー!」

「はははは、楽しそうじゃのう!」


 ずむっ、どむんっ。ずむっ、どむんっ。おじいが跳ねて、わたし達の心も跳ねる。青い空から降り注ぐ光はおじいの身体をキラキラと照らして、わたし達の目もキラキラと輝く。

 ずむっ、どむんっ。ずむっ、どむんっ。わたし達の行く先には、広い大地と青い空。


「見て見て、テスラ! 空に光の橋が架かってる!」

「おお、虹じゃのう。確かアレの根元には虹の元が埋まっとるとか言っとる奴もおったが」

「そうなの!?」

「ハハハ、どうじゃろうのう! 万が一あっても、ワシの家に虹なんぞ出来たら派手すぎて落ち着かんかもしれん!」

「わたしは綺麗でいいと思うな!」

「僕もそう思う! おじい、虹の元を取りに行こうよ!」

「うむうむ。虹が近くに出来るようなら、それもいいかものう!」


 む、確かに。あの虹は、ちょっと遠い。虹を追いかけて人間の住んでる場所に入っちゃったりしたら、ちょっと笑えない。わたしとイチローは顔を見合わせて、頷き合う。


「約束だよ、おじい!」

「絶対だからね!」

「ハハハ、分かった分かった!」


 ずむっ、どむんっ。ずむっ、どむんっ。おじいに乗って、わたし達は進んでいく。目指すは、枯れ草のいっぱいあるところ。


「……あれ? そういえば、おじいとイチロー以外の魔物にまだ会ってないけど……」


 おじいは速いからもう結構な距離を進んでいるはずだけれど、まだ他の魔物に会ってない。わたしが気付いてないだけ……ってことはないと思うんだけど。


「それはね、おじいがいるからだよ!」

「え?」


 イチローが教えてくれるけど、なんのことかイマイチ分からない。


「あのね、おじいは超強いから、弱い魔物が逃げちゃうんだよ!」

「ま、そういうことじゃのう。ワシも昔は結構無茶をしたし、それを差し引いても今は強い魔物の一人じゃ。恐れられるのも当然じゃの」

「……おじいは優しいよ?」

「ははは、そうテスラに言ってもらえるのは嬉しいがの! まあ、逆に言えばワシに近づいてくるのは危機感が薄いか、ワシより強い自信があるかのどちらかじゃ。迂闊に近づいてはならんぞ?」

「う、うん」

「あ、見えたよ! アレだよね!?」


 わたしがおじいに頷いている間にも、イチローが嬉しそうな声をあげる。その先には、さわさわと揺れる黄色い草の生えた場所があって、おじいが「おお、あれじゃ」と頷き跳ねる。

 どむんっと着地して、揺れる背の高い黄色い草むらの前でおじいは止まる。


「さて、と。ではテスラの寝床に必要な分を頂いていくとしようかのう」

「うん! でもどうやるの?」


 イチローの言葉に、わたしは思わずイチローの身体を見る。まんまるボディのイチローでは、「草を刈る」という行為には向いていなさそうだ。となると、わたしが直接ぶちっといくしかなさそうだ。でも、どれだけ取ればいいんだろ?


「ふむ、そうじゃのう。とりあえずワシに任せておけ。イチローはしっかり見ておくんじゃぞ?」

「え、おじいがやるの?」


 わたしが驚いてそう聞くと、おじいは身体を揺すって笑う。


「ははは、まさかテスラがやるつもりだったかの? そんな事をしとったら日が暮れてしまうのう!」


 うぐっ、それを言われると全く反論は出来ない。ここの草は私より背が高いし、上手くぶちっと出来るかも分からない。


「まあ、任せておけい。どおれ、ぶちっと……」


 おじいが身体をぐにょりと曲げて、太い腕のようなものを作り出す。


「おおー、おじい凄い!」

「おじい、腕あったの?」


 イチローと私が口々に疑問を投げかけると、おじいは笑う。


「はは、なあに。スライムであれば誰でも出来ることじゃよ。あまり大きな変化は難しいがのう」

「えー?」


 イチローが身体を揺らし始めるが、ぷるぷると震えるだけだ。うん、なんか可愛い。


「まあ、イチローには後で教えよう。それよりも、さて……」

「ま……ままま、待ってほしいのにゃ!」


 おじいが腕を伸ばして草を絡めとったその瞬間、草の奥の方からそんな声がした。

 ガサガサと草を掻き分けるような音がして、小さな顔が草の間から出てきたのが見える。

 毛に覆われた顔と、奇麗な宝石みたいな黄色い目。頭の上にちょこんと乗った、三角の耳。

 ……これって、猫? ううん、違う。この子は。


「ワイルドキャット?」

「吾輩の事を知ってるのにゃ?」


 そう、知ってる。ワイルドキャット。魔物としての強さでは、下から数えた方が早い魔物。スライムよりは強いけど、逆に言えばそのくらい。わたしが知ってるのも、そのくらい。


「ていうかあんた、人間にゃ!? どうしてグランドスライムと一緒に……はっ、テイマーにゃ!? こんなとこまで追ってきたにゃ!」


 慌ててワイルドキャットは顔を引っ込めるけど、ガサガサと逃げるような音が途中で止まる。


「そ、それはそうと此処は吾輩の家だから勘弁してほしいにゃ。これだけの広さに保存の魔法かけるのは大変だったにゃ!」

「保存、の魔法?」


―魔法知識:保存の魔法が解凍されました!―


 保存の魔法。人間が開発した、物質保護の魔法。機能としては単純で、状態を保ちたいものに魔力でコーティングをかける魔法である。生鮮食品の保護などには向いておらず、無機物などの状態を良好なまま保つ為に使用される。使用魔力も低いが、保存の魔法をかけた品は高額になる為、秘匿される傾向にある。


「人間の魔法にゃ! 吾輩、ちょーっと猫のフリして人間の町に居た時期があるにゃ。その時にちょいと覚えさせてもらったにゃ」

「え……どうやって?」

「人間って、猫には甘いにゃ。他の人間を入らせないような場所でも、猫なら許されるにゃ」


 ふっふっふ……という笑い声が茂みの中から聞こえてくる。うーん、結構腹黒い?


「でも、それなら人間の町で暮らしてればよかったんじゃ……」

「ステータス看破の魔法持ってる人間にバレたにゃ。おかげで吾輩が魔法使えるってことまでバレてテイマ―に追い回される逃亡生活にゃ……」


 テイマー、テイマー。確か魔物を操る人間……だったっけ。まあ、秘匿されてる魔法使えるなら追われちゃうのも普通、なのかなあ?


―職業知識:テイマーが解凍されました!―


 テイマー。人間固有の職業であり魔物を操る人間。魔物に対するある種の洗脳能力を持ち、テイマーへの警戒心を和らげ味方と誤認させることができる。またテイマーにより「テイミング」と呼ばれる洗脳措置を施された魔物は同種の魔物にも躊躇なく攻撃を仕掛ける事が出来、人間特有の「人類語」に対する理解技能を得る事がある。この状態の魔物に近づくと攻撃を受けるだけでなく、周囲の人間を呼ぶ危険性もある為注意が必要である。


 ……むう、なんかテイマーっていうのは怖い人っぽい。あんまり近づきたくはないな……私も分類としては魔物だろうし。


「はっ!? ていうか吾輩、いかにもテイマーっぽい人間にバラしちまったにゃ!?」

「わたしはテイマーじゃないよ?」

「嘘にゃ! テイマーは皆そう言うにゃ! いかにも敵じゃないって顔して近づいてテイミング仕掛けてくるにゃ!」


 うーん、それは知らないけど。どうしたら信じてくれるのかな?


「でもわたしはテイマーじゃないし。むしろたぶん、テイマーに追われる側なんじゃないかなあ?」

「……何言ってるにゃ。テイマーに追われる人間なんて聞いたこともないにゃ」

「わたし、魔物だもの」


 そう言うと、茂みの中から声は聞こえなくなって。やがて、ガサガサという音と共にワイルドキャットの顔がひょっこりと出てきてわたしを見上げる。おじいの上にいるから結構遠いと思うけど、しっかり見えてるんだね。


「……どう見ても人間にゃ。あんたみたいに人間じみた魔物なんか居ないにゃ。ゴブリン共の方が余程魔物っぽいにゃ」

「でも、魔物だよ? わたし、魔王っていう種族だもの」

「……魔王? 王様にゃ?」

「種族名だから違うと思うよ?」


 ワイルドキャットはしばらく考えるような顔をすると、ガサガサと音をたてて茂みから全身を出す。そうすると、ワイルドキャットのことがよく見える。毛は綺麗な三色。黒、茶、白がとっても綺麗な配色になってる。四本足で、お尻の方には長くてピンと立った尻尾。一言で言うと、かわいい。イチローもかわいいけど、ワイルドキャットもかわいい。


「……王っていうのは、人間の言葉で支配者のことにゃ。もし本当に「魔王」なんて種族があるなら、きっと吾輩達の王様だにゃ」

「そう、かなあ? わたしはただ、魔物皆と仲良くなりたいだけだよ?」


 アルステスラ様は、全ての魔物を愛してほしいと言っていた。だから「支配」なんて形じゃなくて、皆で仲良くなりたいと思う。


「だから、君も仲良くしようよ。ね?」

「……テイミングの気配は感じないにゃ。本気で言ってるにゃ?」

「わたしは、いつだって本気だよ」


 おじいから降りようとすると、おじいの身体が段々に変化してわたしを導いてくれる。わたしはそれを一段ずつゆっくりと降りて、ワイルドキャットのところへと辿り着く。


「えっと、じゃあまずはご挨拶。はじめまして、わたしは魔王のテスラ! 仲良くしてくれると嬉しいな!」

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