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わたしの、名前は。

 そして、再びわたしは目を覚ます。空を見上げると、そこには空はない。どうやら何処かの洞窟の中みたい。わたしが寝ているのは、ぐにっとした何かの上。地面の上じゃない事は分かるけど、まるで地面みたいな茶色。でも、この独特のつるつる感には覚えがある。


「あ、大丈夫!? おじい、女の子が目ぇ覚めたよ!」


 わたしの顔を覗きこんでいるのは、青くて透明なスライムの彼。ということは、私が乗っているコレは。


「おお、目が覚めたのか。よかったのう、よかったのう」


 わたしを乗せているソレから声が響いて、わたしはソレが何であるかを理解する。たぶん、わたしの想像通りのはずだ。


「えっと……グランドスライムのおじい、さん?」

「さん、は要らんのう。じゃが確かにおじい、と呼ばれておるよ。おはよう、不思議なお嬢さん」

「おはよう、ございます」


 おじいにそう挨拶すると、わたしはスライムに頭を下げる。


「スライムさんもありがとう。君が助けてくれたんだね」

「え、う、うん! いきなり動かなくなっちゃうから心配したよ!」

「おじいもありがとう。たぶんここ、おじいの寝床だよね?」

「ほっほっほ。気にせんでええ」


 ぷるぷると震えるスライムは、たぶん照れているんだろう。なんとなくだけど分かる。


「それと、ごめんなさい。まだ自己紹介もしてなかったね」

「あ、うん。僕はスライムだよ!」


 うん、それは知ってる。


「名前は? なんて呼べばいいの?」

「名前? ってなに?」


 意味が分からなくて、わたしは首を傾げて。スライムも、首を傾げるようにぷるるん、と震えた。


「えっと……ほら、「おじい」みたいな」

「おじいはグランドスライムだよ?」

「あー、お嬢さん。名前というのは、あれじゃろ? 人間の固有名みたいな」

「う、うん」


 下から聞こえてくるおじいの言葉にわたしが頷くと、おじいは小さくドルン、と震える。


「ワシ等は、そういうのを持たん……ああ、いや。持てんと言った方がいいかのう」

「どういう意味?」

「うむ、そうじゃのう……お嬢さん、ステータスというものを知っておるかね」

「ん……知ってるけど、見たことはないかな」


 その知識は、解凍されるまでもない。

 ステータス。神がこの世界に浸透させた仕組みだ。本人を構成する様々な要素を数値化して、纏めて表示できるようにする力。これによって人間は自分の才能を知ったり、公開する仕組みを作る事で様々な事を円滑にしている……らしい。


「ほうほう。ではステータス、と唱えてみるとよい」


 おじいに言われて、私は「ステータス」と唱える。そう、これは自身のステータスを見る為のキーワード。神の造ったシステムを通して、私のステータスが表示される。


 名前:未設定(設定可能)

 種族:魔王

 職業:魔王

 レベル:1

 体力:げんきいっぱい

 力:うーん

 魔力:いんふぃにてぃー

 素早さ:がんばろう

 物理防御:ぷにぷに

 魔法防御:きゅーきょくまおうさま

 技術:あきらめないで

 運:せかいにあいされてる


 スキル:魔王

 

 ……うん、よく分かんない。なんか基本的に酷い気もする。色んな意味で。


「見えたかの?」

「あ、うん」


 よく分かんないけど。


「能力と詳しい数値が記されておるじゃろう? それがお嬢さんのステータスじゃ」


 数値じゃない。なんかすっごくふわふわしてる。


「そして名前、というものがあると思うがの」

「うん」


 わたし、未設定になってるけど。


「ワシ等は、その項目が使えないのじゃよ」

「え……?」

「何故かは知らんが……そのせいで、ワシ等は「固有名を名乗る」事が出来ん。ワシの「おじい」というのも、愛称に過ぎんしの」


 そんな馬鹿な。きっと見間違いだ。だって、名前が無いならともかく名乗れないなんて、そんな事があるはずがない。そう、見間違いだ。わたしが直接見れたなら、それを指摘できるのに。


―スキル「魔王」発動。スキル「看破の魔眼」を創造。スキル「魔王」に統合します―


 わたしの中で、そんな声が響いて。それをどう使えばいいかを、その瞬間に理解する。


「……ごめん、おじい。「視る」ね」

「ほ?」


 名前:設定不能(項目なし)

 種族:グランドスライム

 職業:なし

 レベル:65

 体力:8200

 力:278

 魔力:100

 素早さ:1

 物理防御:600

 魔法防御:30

 技術:5

 運:20

 

 スキル:衝撃耐性(大)【レベル3】、土属性耐性(大)【レベル1】、土魔法吸収(小)【レベル1】、グランドシェイカー【レベル1】


 わたしのステータスのふわふわっぷりとの違いに少し泣けてきそうになったけど、確かに「設定不能(項目なし)」になってる。でも、なんで? どうして? おじいだけ?

 わたしは横に居るスライムを見ると、そのステータスを視る。


 名前:設定不能(項目なし)

 種族:スライム

 職業:なし

 レベル:3

 体力:10

 力:4

 魔力:1

 素早さ:8

 物理防御:14

 魔法防御:2

 技術:1

 運:3

 

 スキル:衝撃耐性(極小)【レベル1】


 やっぱりだ。やっぱり、名前が「設定不能(項目なし)」になっている。なんなの? この設定不能って、何? 項目だってあるのに、なんで項目なしなの?


「ねえ、おじい」

「うむ?」

「おじい、みたいな愛称は大丈夫なんでしょ?」

「うむ」

「なら、おじいの「名前」もおじい、でいいんじゃないの?」


 その言葉に、おじいの身体が大きくブルルン、と震える。動揺したみたいな、その震えの後に。おじいは、静かに……しかし、何か深い感情を抱えたような声を出す。


「……それは、出来んのじゃよ」

「なんで?」

「言ったじゃろう? 名乗れんのじゃ。たとえば、お嬢さんの言ったとおりにしたとして。試しに名乗ってみよう」


 そう言うと、おじいは少し無言になって。


「ワシの【   】は【     】じゃ」

「……え?」


 今、何か。不思議な空白があったような。いや、まさか。今のは。


「分かったかの? 名乗ろうとする事すら許されん。人間が固有名を持っておるのは知っとるが、ワシ等には分からん何かがあるのかもしれんのう」


 憧れるように、おじいは言う。もし「分からん何か」があるのなら、それはきっと天の神のミスだ。それとも、違う何かが。そう、たとえば。神様の意地悪で名前を名乗れないとか。


―特殊知識:名前が解凍されました―


 名前、あるいは固有名。同じ種族の個人を識別する為の登録名であるが、天の神の認知しない生命である魔物は、「ステータスシステム」と上手く合致しない。テイマーと呼ばれる特殊な職業の人間の所有物となることで「物」としての名前設定が可能となることもある。


 補足:貴方がこの項目を見ているということは、「魔王」スキルが発動したということでしょう。もしこの項目を見ている時にまだ「魔王」スキルについての情報が解凍されていないならば、この後に解凍されるようになっています。どうか、貴方の望むままに。


―世界知識:スキルが解放されました!―

―能力知識:スキル「魔王」が解放されました!―


 スキル。個人の持つ才能、あるいは技能の事であり先天的なものをギフトと呼んで区別する事もある。


 スキル「魔王」。魔王にのみ許されたスキルである。人類の分類でいえば「ギフト」にあたるが、ステータス上での区別はない。

 この「魔王」を一言で説明する為の言葉があるとするならば「望むものを与える力」である。魔王が何かを望む時、スキル「魔王」はそれを成す為に必要な力を創り出すだろう。

 またスキル「魔王」は外部干渉による、あらゆる変化を拒絶する。あくまで魔王の中でのみ完結する力であり、世界にその能力が登録される事もない。


 ……なんとなく分かった。わたしのステータスが数値じゃなくて「ああ」なのは、わたしのステータスが「数値」に変換されることを拒絶してるんだ。ステータスが見えるのは、わたしがそう望んだせいかな? どうなんだろう。でも、やるべきことは分かった。


「ね、ねえ。どうしたの? 怒っちゃった?」

「つまらない事を言ってしまったかのう。すまないのう」


 スライムとおじいが、黙り込んでいたわたしに心配するように声をかけてくる。だから、わたしは「怒ってないよ」と答えて。スライムとおじいを順番に見て、こう聞いた。


「……あの、ね。もし、わたしが名前をつけられるって言ったら……どうする?」

「名前? 僕だけの? 出来るの?」

「ははは、夢のある話じゃのう。もしそうなら、嬉しいのう」


 それは、肯定の……けれど、おじいの方は信じてない……いや、子供の夢だと思ってるような、そんな返事。だから、わたしはわたしのスキルに願う。

 おねがい、「魔王」。わたしは、この二人に名前をあげたい。ううん、違う。わたしの会う魔物達に、名前をあげたい。だって、こんなの。酷すぎる。だから……わたしに、皆に名前をつける、力を。


―スキル「魔王」発動。スキル「名称設定」を創造。スキル「魔王」に統合します―


 そして、その力は生まれた。どう使えばいいかも、わたしにはもう分かっている。


「……おじい。君の名前は「おじい」だよ」


 わたしの宣言と同時に、おじいの身体が淡い光に包まれる。それは、おじいがおじいとして世界に認識された証。おじいも、その変化に気付いたんだろう。「ステータス」、と震える声で呟いて。わたしも、こっそりとおじいのステータスを視る。


名前:おじい

 種族:グランドスライム

 職業:なし

 レベル:65

 体力:8200

 力:278

 魔力:100

 素早さ:1

 物理防御:600

 魔法防御:30

 技術:5

 運:20

 

 スキル:衝撃耐性(大)【レベル3】、土属性耐性(大)【レベル1】、土魔法吸収(小)【レベル1】、グランドシェイカー【レベル1】


「おお……おおおおおおおおおお。おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 おじいの身体が、大きく震える。ぶるんぶるんと震える身体から落とされそうになって、慌てておじいの身体をぐにっと掴む。


「名前が……ワシの名前が、ある!」


 響くのは、感極まったような声。


「そうじゃ……ワシは! ワシの名前は、おじいじゃ! ハハハ、名乗れる。名乗れるぞ! ワシは今、名前を手に入れたのじゃ!」

「うわわ! おじい、落ち着いて! 女の子が落ちちゃう!」

「おお、すまんすまん! おじいも嬉しくてのう!」


 まだブルンブルンと震えるおじいの上にしがみついていたわたしとスライムは顔を見合わせる。スライムから漂ってくるのは、隠しきれない期待の気配。だから、わたしは微笑んで、その期待に応える。


「スライムさん。君の名前は……」


 わたしがこの世界に生まれて、一番目にあった魔物。だから、あなたの名前は。


「イチロー。君の名前は「イチロー」だよ」


 スライムさんの……ううん、イチローの身体が淡い光に包まれる。「ステータス」と叫ぶイチローのステータスは、わたしにも見える。


 名前:イチロー

 種族:スライム

 職業:なし

 レベル:3

 体力:10

 力:4

 魔力:1

 素早さ:8

 物理防御:14

 魔法防御:2

 技術:1

 運:3

 

 スキル:衝撃耐性(極小)【レベル1】


「イチロー……イチロー! 僕はイチロー!」


 ピョンピョンと跳ねるイチローに、おじいも嬉しそうな声をあげる。


「ねえ、ねえ! 君の名前は! 君の名前も教えて!」

「おお、そうじゃのう。お嬢さんの名前も聞いておらんかった」


 わたしは魔王。名前はまだない。

 でも、この空気に水を差したくないから、必死で考える。

 わたしは魔王。アルステスラ様に創られた、魔王。

 アルステスラ様の、子供。だから、私の名前は。


「テスラ。わたしの名前は、テスラ。種族は魔王。よろしくね、おじい。イチロー!」


 そう、わたしは魔王テスラ。

 わたしは、全ての魔物を愛する為に生まれてきた。


―名前が設定されました! 魔王テスラが世界に登録されます―

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