ぴょんっと。
そして、スライムは走る。わたしを乗せたまま、ぴょんっと跳んでぼむっと着地して。再びぴょんっと跳ぶ。跳ぶ瞬間の浮遊感と、着地の瞬間の沈み込むような、けれど押し返されるような不可思議な感触。もにゅっとしてぶにっとして、ぐにっと押し返される瞬間には浮遊感がやってくる。
黒い雲から逃げるようにスライムは走って、近くにあった大きな木の洞に飛び込んでいた。
わたしとスライムが入ってもまだ余裕のあるその場所にわたし達が入った少し後に、黒い雲が追い付いてくる。
どうどう、どうどう。地面を抉るような勢いで、雨が世界を目隠しする。さっきまであんなに遠くまで見えていた風景が、今は何も見えない。すごく不思議だ。それとも、目を凝らせば実は見えたりするんだろうか?
「どうしたの?」
「うん。雨って透明な水のはずなのに、どうして向こう側が見えないのかなって」
わたしのそんな疑問に、スライムはぷるりと揺れる。何やら考えている素振りだった彼は、しばらくぷるぷると震えた後に「うーん」と声をあげる。
「ひょっとしたら、何か凄いものが通っている最中なのかも」
「凄いもの?」
「うん。おじいが言ってたんだけど、人間って凄い何かを運ぶ時には、周りから見えないようにした入れ物に入れて運ぶんだって。だから、ひょっとすると水の精霊が何か凄いものをこの雨の先で運んでて、それが見えないように隠してるんじゃないかな」
「精霊?」
「うん。僕は見たことないけど、人間はそういうモノの力を借りることがあるんだって」
―世界知識:精霊が解凍されましたー
頭の中で不思議な言葉が聞こえて、わたしは小さな頭痛に襲われる。同時に怒涛のように流れ込んできたのは「精霊」についての知識。
精霊。分類:天。神が世界の魔力を効率よく分類し管理する為に生み出したもの。基本的に自然現象の調整を司っており、不可視の存在。しかし一部の才能ある人間との協力、対話、契約などは可能。管理とはいっても魔力本来の性質に引っ張られる傾向があり、たとえば気分屋で自由を好む風の精霊が嵐や暴風から積極的に人間を守ることはない。むしろ過激な火の精霊が火山活動を活発化させることもある為、その調整能力が発揮されているかについては疑問が残る。
補足。精霊と貴方は相反する存在です。くれぐれも「仲よくしよう」などと思わないように。見つけたら、いじわるされる前にプチッとやっちゃいなさい。
「どうしたの? 急にぼーっとして」
「……精霊って、どうやったらプチッて出来るのかな」
「えっ!? なんで!?」
「うん、なんとなく……」
たぶん、この情報からして魔物と精霊は相性が凄く悪そうだ。きっと力なんて貸してくれそうにはないだろうし、不可視の存在だっていうなら……ひょっとすると、魔物には「才能」自体が無いから見えてないのかもしれない。
……うーん。なんだか、この雨も精霊のいじわるな気がしてきたぞ。頑張ったら見えたりしないかな?
「君は、精霊嫌いなの?」
「ん、うーん。仲良くは出来そうにないかなって。スライムさんは、精霊好きなの?」
もしそうなら、精霊をプチッとする計画はちょっと見直しが必要かもしれない。
「会ったことないから、会ってみたいとは思うよ。ひょっとしたら、仲良く遊べるかもしれないし」
「精霊と?」
「うん。僕、友達居ないから。仲良くできたなら、きっと楽しいと思うな」
友達。他のスライムとか……他の魔物は居ないんだろうか? でも、そんな事聞いたら失礼だろうか?
その辺りを上手く聞いてみたいとは思うけど、いい言葉が思いつかない。
だから、わたしはストレートに聞いてみることにした。
「他の魔物と仲良くないの? 同じスライムとか」
「スライムは……他には見かけたことないかな。おじいはグランドスライムっていう種族だけど……おじいはおじいだから、友達じゃないし」
―魔物知識:グランドスライムが解凍されました!―
グランドスライム。分類:地。スライムが長い時間をかけて土の魔力を取り込み進化した巨大スライム。基本的にはアーススライム、あるいはマッドスライムなどから幾つかの過程を辿り進化していく。また、土の魔力に対する親和性が非常に高い。
―魔物知識:アーススライムが解凍されました!―
―魔物知識:マッドスライムが解凍されました!―
―世界知識:進化が解凍されました!―
アーススライム。分類:地。スライムが土の魔力を取り込み進化した個体。簡単な土魔法を使う事がある。
マッドスライム。分類:地。スライムが土と水の魔力を取り込み進化した個体。大きな特徴として、身体の半液状化があげられる。この為、物理的な衝撃に対する耐性が非常に高い。
進化。ある一定条件を満たしたモノに発生する現象。存在の変換であり、神の設計図から外れた証明でもある。基本的には魔物特有の現象。
ぐらっときた。確かこっちに来る時にアルステスラ様が「一度に大量に詰め込むと人格が老成しちゃうから」と封印してくれていた知識が、立て続けに解放されてしまっている。
頭痛が、酷い。頭の中がぐわんぐわんとして、スライムの声が遠くに聞こえる。
わたしを抱え込むもちっとした感触の彼が、わたしに何かを言っている。
たぶん大丈夫、とか。そういう心配してくれている言葉なんだと思う。
でも、今のわたしには聞こえなくて。そのまま、気が遠くなるような感覚に任せ意識を手放す。
……アルステスラ様。これ、結構きつい……です。