そして……
そして、翌日。たっぷりと寝て起きた後に、わたしはミケによる魔境講座を受ける事になった。
「では、始めますにゃ!」
「はーい!」
「はーい」
元気に叫ぶイチローにあわせて、わたしもそう答える。わたし達の後ろではおじいが見守っていて、ちょっとミケは緊張しているようにも見える。
「そもそも、この魔境……我々魔物が世界の果てとも呼んでいるこの場所は、三方を険しい山々、そして一方を海に囲まれているのですにゃ」
「海ってなにー?」
「塩辛い水がたくさんある場所ですにゃ、イチロー殿。水のくせに飲めない憎いヤツですにゃ」
海。知識はある。あるだけ、だけど。
「正直どのくらい広いかは吾輩も知りませんにゃ。でも正直、かーなーり、広いですにゃ。なので吾輩も聞いた話が相当入りますにゃ」
「うん」
まず、わたし達が今いるおじいの洞窟のある荒野。その先に草原。更に先は森。その先はまた草原が広がっている……のだという。
「ちなみに森から東に行くと、大きな泉があるそうですにゃ。そこから川が流れていて、吾輩はこの川の先から来たという魔物に話を聞いたことがありますにゃ」
その魔物曰く、川の先にはやっぱり魔物が暮らしているらしい、んだけど。そこからこっちに来るには川を渡るか、途中にあるドラゴンの暮らす山を通るしかない、らしい。
「ふーん……」
ドラゴン、かあ……。会ってみたいけど、上手く仲良くなれるかな?
「吾輩が知ってるのはこのくらいですが、正直知らない場所もたくさんありますにゃ。とまあ……これでおしまいですにゃ」
ぺこり、と頭を下げるミケにわたしとイチローは「ありがとう」とお礼を言う。
うーん。どうしよう……かな。
「しかしテスラ様、何故このような事をお聞きになりたかったのですかにゃ」
「うん。あのね、もっとたくさんの魔物に会わなきゃって思って」
「それは……何故ですかにゃ?」
何故。それを説明するには、どうすればいいんだろう。考えた末に……わたしは、今のわたしの考えを口にする。
「わたし、イチローとおじいと、ミケに会えて……とっても楽しいから。もっとたくさんの魔物に会って、仲良くして。もっともっと「楽しい」が広がればいいなって思うんだ」
愛だとか、天の神だとか、人間だとか。問題はいっぱいあるけど、そんな事は後回しでもいいって思う。
結局のところ、皆でいるのは楽しいから。もっとそういうのが広がればいいなって思ってるという、ただそれだけの話。
スライムでも、ドラゴンでも。皆で仲良くできたら、きっと楽しい。
「ふーむ……しかしそれは難しいかもしれませんにゃあ」
「え、どうして?」
「理由は簡単ですにゃ。強い魔物ほど縄張り意識が強いですにゃ。つまり離れたがりませんし、他の強い魔物が近くに居るとケンカになりますにゃ」
そ、そうなんだ。うーん……。
「でも、おじいはケンカしないよね?」
「どうかのう」
振り向いて聞いてみると、おじいからは意外な答えが返ってくる。
「ワシも年寄りじゃからのう、昔よりは大人しくなったつもりじゃが……」
うーん、これってケンカしちゃう人の答え方だよね……。
「じゃあ、仲良くなれる魔物っていうのは「強くない」魔物なの?」
「基本的にはそうなりますにゃあ。まあ、でも……テスラ様とであれば、あるいは……」
悩むように言うミケに、おじいは「ふむ」と頷く。
「ならば、引っ越すかのう?」
「えっ」
わたし達3人は、思わず全員でおじいを見上げる。
「確か、昔の話じゃがな。泉の近くに人間の暮らすような建物がたくさんあったことを思い出してのう」
「人間……? 人間が住んでるの?」
「いや、住んではおらんかったのう。というより、生きてるもの自体がおらんかったが……そうそう、あれじゃ。骨が動いとった」
「骨……骨の魔物?」
「それってスケルトンですにゃ……」
―魔物知識:スケルトンが解凍されました!―
スケルトン。動く骨の魔物。大地の記憶から適当な生物の骨格の情報を引き出し生まれる魔物。元となった個体の特徴や装備を模する事もあるが、本人ではない。なお戦場跡や墓地で生まれる可能性が高く闇属性を持っている事が多い為、人類領域では死体に何かが憑りついた化物であるとされている。
ふーん……そういう魔物なんだ。なんかちょっと面白いね。
「じゃあ、そこ行ってみようよ。わたし、スケルトンと仲良くしたいな」
「えっ。でもスケルトンですにゃ? 大丈夫ですかにゃ」
「凶暴なの?」
「人類領域では特に凶暴だと言われてましたにゃ」
「うーん……でも。きっと大丈夫だよ。同じ魔物だもん」
わたしがそう言って笑うと、ミケは何か言いたそうに口をパクパクとさせた後……「仰せのままに」と言ってくれる。
「しかしおじい殿。何故そこに?」
「ん? うむ。テスラは見た目は人間に似ているじゃろう? ならば、似たような形の魔物が住んでいる場所の方が暮らしやすかろうと思ってのう」
ワシ等は形が違うから色々と違うしのう、と言うおじいにミケは「あー……」と頷く。
「確かにそうですにゃあ。スケルトンであればテスラ様のお世話もはかどるかもしれませんにゃ」
「むー……わたし、そんなに手かからないもん」
「あ、いえ。そういうわけではありませんにゃ。吾輩はただ、形の似てる魔物の方が色々と通じ合うものもあるかと思っただけですにゃー」
ワタワタとするミケをぎゅーっと抱き寄せると、そのままイチローの上に寝そべる。
「うん。じゃあ、そのスケルトンのところに行こうよ!」
「うむ。では皆でワシに乗るかの?」
「んー……じゃあ、そうしよっか?」
わたしがそう聞くと、イチローがすぐに「僕走るよ!」と叫ぶ。
「え?」
「僕、走ってレベル上げるよ! ねえねえ、テスラも僕に乗ってよ!」
いつになく強く主張するイチローに、わたしは思わず「うん」と頷いてしまう。
「では、吾輩もイチロー殿に乗りますかにゃ」
わたしの腕の中でそうミケが言って、わたしはそのままミケにごそごそと乗る。
「何も持ってくものとか、なかったよね?」
「枯れ草くらいですにゃあ」
「あ、そうか。とってこないと」
わたしは慌てて洞窟の中に駆け込むと、枯れ草の束を抱えて……むにょんと伸びてきたおじいの一部がその枯れ草を掴み取る。
「これはワシの上に乗せておこう」
「ありがとう、おじい!」
「なんのなんの。ほれ、では出発しようかのう?」
「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」
「おー!」
わたしとミケを乗せてイチローはぼむんっと跳ねて。その後ろを、おじいがどむんっと跳ねる。
目指すは、スケルトンのいる場所。
そこを起点に、わたしはいつか色んなモンスターが集まれるような場所を作ろうと思う。
その為に何が必要かは、今は分からない。
でも、それでも。わたしは「いつか」の為に一歩ずつ進もうと思う。
全ての魔物を愛するために。
わたしは、その為に生まれてきたんだから。
このお話は、一端ここで終了とさせていただきます。
そのうち第2章を書き始めるかもですが……その時はよろしくお願いいたします。




