ゴブリンキングなんかこわくない
イチローに乗って、わたし達は走る。ぼむん、ぼむん。ぼむん、ぼむんっ。
跳ねて、登って、そしてその場所へと辿り着く。山の中にある、ゴブリン達の集落。
木を適当に積み重ねたみたいな家のたくさんあるその場所に辿り着くと、見張りらしいゴブリンがギイギイと騒ぎ立てる。
「人間!? 人間ガ来タゾ!」
「魔物ヲ連レテル! テイマーダ!」
む、失礼な。集まってくるゴブリン達は武器を構えて、わたし達を囲もうと動き始める。
わたしに刺さるのは、舐めるような気持ちの悪い視線の数々。
「バカナ女ダ。オマエタチ、殺スンジャネエゾ! 手足ヲ折ッテ捕マエルンダ!」
「……ほう?」
「テスラ、やっちゃおうよ」
殺気を滾らせるミケとイチローに、わたしは「待って」と小さく呟く。それは別に、戦う事を止めたわけじゃない。止めた理由は、ただ一つ。
「まとめて……吹き飛べえっ!」
放つのは、風の原初魔法。あの時の人間に使ったような風の爆発が、ゴブリン達を纏めて消し飛ばし吹き飛ばす。
悲鳴一つ残さず吹き飛んでいったゴブリン達の後ろから別のゴブリン達が飛び出してきて、けれどミケの剣がそれをあっという間に斬り裂いていく。
「では、あとは稼ぎ放題ということでよろしいですかにゃ?」
「うん、いいよ。イチロー、行こう!」
「うん!」
わたしをのせて、イチローも走る。わたしが原初魔法を放って、たまにイチローが跳んで押し潰す。ゴブリンが走るよりもイチローのほうが速くて、わたしとイチローの進んだ後にはゴブリン達の死体が折り重なっていく。レベルアップの音が何度か響いた気もするけど、とてもそれを気にしている余裕はない。
数が多い。とにかく、数がとっても多い。何処にこんなに隠れていたのかというくらいに襲ってきて。
「ふっ……飛べえ!」
何度めかの「吹っ飛ばす風」の原初魔法を放った後、わたしとイチローはひときわ大きい「家」の中から不機嫌そうに出てきた大柄なゴブリンの姿を見た。
おじい程は大きくないけど、あの草原で出会った金髪人間よりも更に大きい。巨大な金属製の剣を握るその姿は、他のゴブリンと比べると圧倒的に強そうで。
他のゴブリン達が「キング!」と叫ぶのを耳にする。
「キング……貴方、ゴブリンキングなの?」
「ソウダ。人間……オマエ、何シニ来タ? 仲間ヲ助ケニ来タカ?」
「仲間?」
仲間、仲間。魔物がゴブリンに捕まってる?
「前ニ来タ冒険者ノ仲間ダロウ? ダガ残念ダッタナ。モウ死ンダゾ?」
楽しそうに笑うゴブリンキングを見て、わたしはようやく何を言ってるかを理解した。
「あ、ひょっとして仲間って……人間?」
「ナニ?」
「人間はどうでもいいかなあ。ていうか、わたしがどっちの言葉を話してるかも分からないの?」
そう言うと、ゴブリンキングはしばらく呆けたような顔をした後……その顔を驚愕に歪める。
「魔物語ダト……! マサカ、人間ガ!? 何者ダ、貴様!」
「人間じゃないよ、私は魔物」
「魔物、ダト……!?」
そんな問答を余所にゴブリン達の悲鳴が響いて。怪我一つないミケが、にゃははと笑いながらやってくる。
「他は全て片付きましたにゃ、テスラ様」
「うん、ありがとミケ」
「で、あれはジェネラルですかにゃ?」
「ううん、キングだって」
「ほほう、吾輩初めて見ますにゃあ」
ほのぼのと笑うわたし達に、ゴブリンキングは大剣で地面を叩いて吠える。
「オノレ……オノレ! ヨクモ俺ノ配下共ヲ! 人間如キが……ゴブリン最強タル俺ノ力ヲ見セテヤロウ!」
「人間如きって。ゴブリンも人間じゃない」
呆れたように言うわたしに、ゴブリンキングは咆哮で答え走り寄る。その動きは予想よりもずっと速い……でも。
「イチロー! ミケ!」
「うん!」
「はいですにゃ!」
わたし達は下がるんじゃなくて、一気に前へと跳ぶ。
ばむんっ、と。勢いよく跳んだイチローに、ゴブリンキングは虚を突かれたように目を見開く。
振り下ろそうとした剣は勢いが強すぎて、もう戻せない。
イチローがゴブリンキングの頭を踏み台にして、更に跳んで。遥か下、ゴブリンキングの足元を潜り抜けたミケがゴブリンキングの足を切り裂いていく。
「グ、グアアアアア!?」
「燃え、ちゃえええええええ!」
そして、わたしが上空から大きな火を撃ち降ろす。
ゴウン、と。巨大な火の球がゴブリンキングにぶつかって燃え盛る。響く悲鳴と、漂ってくる何かが焼ける音。黒焦げになって地面に倒れたゴブリンキングの手から、少し溶けかけた剣が転がって。再びレベルアップの音が激しく響く。
―レベルアップ! レベル24になりました!―
―レベルアップ! レベル25になりました!―
―レベルアップ! レベル26になりました!―
レベルが上がったってことは、倒したということで間違いない。こういう時にはちょっと便利……かも。
「これで全部かなあ?」
「恐らくはそうですにゃ。ひょっとしたら別の場所に先遣隊が行っている可能性もありますが、追うのは少し手間ですにゃ」
大きい群れだったから、その可能性はあるかもしれない。出来れば全部やっつけておきたいけど……。
「それにしても、大きい群れでしたにゃ。こんなに大きな群れ、前の吾輩でしたら逃げてましたにゃ」
「ミケも強くなったってことだよね」
「そうですにゃあ。正直、これ程まで変わるとは思いませんでしたにゃ」
満足そうに言うミケの視線が、ふと一つの小屋へと向かう。
「そういえばアレは……ゴブリンキングの家ですかにゃ?」
「たぶん?」
正直、あんまり興味はない。
「一応中を見ておきますかにゃあ……」
言いながら歩いていくミケにイチローも興味をそそられたのか、わたしを乗せたままばむんっと跳ねていく。
そうして中を覗くミケの後ろからわたし達も一緒に覗くと……中からは、色んなものが混ざったような臭い匂いが漂ってくる。
「うっ! くっせえですにゃ! 吾輩の自慢の鼻があ!」
「そうなの?」
「うん……凄く臭い」
イチローは何も感じないみたいだけど、ミケは早々に遠くまで逃げてしまう。でも、無理もない。正直に言って、凄い臭い。
「イチロー、お願いだから中には入らないでね」
「うん」
頷いてくれるイチローに感謝しつつ、私はゴブリンキングの家の中を覗き込む。
汚い。土そのままの床と、転がしてある鎧とか武器とかが見える。ゴブリンキングの体のサイズには明らかに合ってないから、ゴブリンキングが捕まえたっていう人間のものだろうか?
ゴブリンの言ってた人間の姿は、家の中にはない。死んだって言ってたから、埋めたのかな?
「イチロー。あの武器とか鎧とか、欲しい?」
イチローが人間の持ってた剣を取り込んで進化した事を思い出して聞いてみると、イチローは「いらなーい」と答える。
「そう?」
「うん。なんかアレはいらないって気がする」
「ふーん?」
イチローがそう言うなら、いいかな。
これ以上見るものもなさそうだとテントから離れると、ミケが剣でゴブリンキングの剣を突いているのが見えた。
「あれ、ミケ。どうしたの?」
「いえ。このゴブリンキングの剣。あの炎の中でも燃え残ったから、何か怪しげなものではないかと思ったのですにゃ」
ツンツンと突くミケになるほどと頷いて、その剣を「視て」みることにする。
名称:損傷したゴブリンキングの剣。
効果:状態保存(極小)、ゴブリンが装備した場合に威力上昇(小)
詳細:ゴブリンキングが誕生した時に手に入れるといわれる剣。手入れせずとも中々劣化しないという。
「んー、状態保存の魔法の弱いのがかかってるみたい。そのせいかなあ」
「なるほど……しかしこれ、どうしますかにゃ」
「どうって……」
「いらなーい」
イチローはアッサリとしたものだし、ミケだって自分の剣があるし……そもそも大きすぎる。わたしだって、こんなもの使わない。
「おじいって、剣使うと思う?」
「使わないと思う」
「同じくですにゃ」
「だよねえ」
となると、誰も要らないからこの場に放置するしかないけど……。
「人間が拾って武器にしても困るかなあ」
「なら、埋めちゃいますにゃ」
「そうだね」
体の構造上穴を掘るのが難しいイチローの代わりに、わたしが原初魔法で穴を掘って、そこに皆でゴブリンキングの剣を引きずってきて放り込む。
「えいっ……埋まれ!」
ざむっ、と。穴の中に大量の土が入ったことを確認して、その上をイチローが跳んで踏み固める。うん、これでよし。
「このゴブリンの居た場所って、どうするの?」
「うーん、基本的には放置ですにゃあ。焼いても山火事になりかねないですし、放っておいても自然と崩れますにゃ」
「そっかあ」
となると、もうこの場所でするべき事は何も残っていない。
「じゃ、帰ろっか」
「うん!」
「凱旋ですにゃ!」
イチローにわたしが乗って、ミケが乗って。皆でおじいの待つ洞窟へと帰っていく。これで安心。おじいの洞窟にゴブリンが来ることもないし、わたし達はまた強くなった。
「ねえねえ、ゴブリンキングやっつけたって聞いたらおじい、びっくりするかな?」
「凄くビックリするよ!」
「ふふふ。吾輩、おじい殿を超えるのも時間の問題ですかにゃあ」
そんな事を話しながら、わたし達は笑い合う。こんな瞬間が、とても楽しくて……そして、愛おしいとも思う。
魔物を愛する。それってきっと、こんな感覚なんだろうか? だとしたら、わたしはもっと……たくさんの魔物に会わないといけないのかもしれない。
「ねえ、ミケ。ミケはこの魔境の事、たくさん知ってるよね?」
「まあ、それなりには……ですにゃあ」
「帰ったら教えて、魔境のこと。わたし、知りたいことがいっぱいあるんだ」
そんなわたしの言葉にミケは一瞬きょとんとしたけど。すぐに「お任せあれ」と言ってくれた。




