帰れ。
そんな事を考えながら上っていくと、洞窟の中に鎮座するおじいの背中が見えてくる。
「ん? おお、終わったかの?」
「うん。おじいってば、起きてたの?」
「ほっほっほ。年寄りは寝つきが悪くてのう。それ、もう遅い。早く寝なさい」
「うん。おやすみ、おじい」
「おやすみ、テスラ」
枯れ草の中に身を横たえるとイチローも「おやすみー」と言いながらわたしの近くに座り、ミケはヒョコヒョコと何処かに歩いていく。何処に行くんだろう……と感じながらも、思ったよりも疲れていたらしいわたしは目を閉じて。
……その瞬間。何かに見られているような気がして、ゾクリとした。
「……え!?」
跳ね起きる。気付く。目の前にいた、圧倒的な何か。
長い黄金の髪。青い瞳。わたしよりずっと大きな体の……人間でいえば大人の、女。その身体を包むのは強い光の魔力を放つ白い服で。
恐ろしい程に強い魔力を持つそれは、私を静かに見下ろしていた。
「……なるほど、魔王……ですか。この私にすら見通せないものを創るとは……アルステスラ、そこまで私を拒絶しますか」
「貴方、は……まさか」
イチローもおじいも、動かない。灰色みたいになった世界の中で、わたしとそれだけが動いている。
「ええ、初めまして魔王テスラ。わたしはルサリア。貴方達が天の神と呼ぶものです」
「それじゃあ、貴方が魔物の……敵」
人間を創って、魔物を迫害する……わたし達の、魔物の敵の。
「いいえ、違います。私は魔物の敵ではありません」
「え……」
「そもそも、私は人間達に魔物を積極的に殺せと命じたことはありません」
「嘘だ。なら、なんで人間は魔物を殺すの」
「それは人間が魔物を嫌うからです。理解できないもの、強いものを人間は本能的に恐れます。そして同時に、それを制する事に快楽を覚えます。その中には自己鍛錬も含まれますが……要は万能感ですね。それを味わう事に人間は喜びを見出すのです」
分からない。でも、分かる事もある。その理論だと、つまり。
「やっぱり、人間が魔物を殺しに来る理由が無い。だって魔物はもう、魔境に追い詰められてる。それ以外の所に蔓延ってるくせに、恐れる理由なんかないでしょ」
「いいえ。人間はそれを「強力な魔物が魔境を支配している」と見做します。故に、魔境解放を叫ぶ人間も常に一定数います」
「それじゃあ、わたし達が滅ぶまで終わらないでしょ!」
立ち上がって、天の神を……ルサリアを、わたしは睨む。
「その通りです。人間は魔物を滅ぼしたがっています。人間が居る限り魔物が滅ぶことはありませんが……」
「貴方が止めればいい。そうでしょ?」
「何故ですか?」
ルサリアは、本当に分からないといった顔で首を傾げる。
「何故って……人間と魔物の戦いに意味なんてないんでしょ!?」
「意味が無いわけではありませんよ。人間は魔物という敵を得て安定しています」
「え……?」
「魔物には感謝しています。予定外の命ではありますが、分かりやすい「敵」を得た事で人類の中にある種の結束が生まれました」
「結束……」
「魔族、許すまじ」
呆然とするわたしに、ルサリアは歌うようにそう告げる。
「まあ、魔族に分類されてしまった魔人の事は気にしているのですが……彼等自身、魔物の有効活用をしようと努力する動きもあります。その行く末を見守るのもまた、私の役目です」
敵。有効活用。分からない。何を言ってるのか、分からない。
こいつは、わたし達を何だと思っているのか。
わたし達だって、生きてるのに。それをまるで、物みたいに。
「……わたし達は、物じゃない」
「そうですね。魔物は生きています。まあ、人間の下ではありますが」
わたしの目が、赤く染まる。発動した威圧の魔眼を、目の前のルサリアという化物は軽く受け流す。
「何のつもりですか? そんなものが私に効くとでも?」
「……お前は敵だ」
「私は敵のつもりはありませんが?」
それはそうだろう。ルサリアは、わたし達をただの道具だと思ってる。そんなものが「敵」であるはずがない。本気でどうでもいいと思っている。生きようが死のうが、全く気にしていないのだ。人間に被害が出れば退治しようくらいの扱いの、そんなもの。だから、そんな態度でいられるんだ。
「人間がどういう生き物かは分かった。でも、この魔境で魔物を殺す事は許さない」
「……それで?」
「入ってきた人間は駆除する。人間が大事なら、入ってこないように徹底させて」
「いいえ、出来ません」
わたしの提案を、ルサリアはあっさりと拒絶する。
「私は人間には何処までも成長して貰いたいのです。その歩みを止めることなど出来ません」
「……それならそれでもいいよ。此処で暴れた人間はわたしが潰すから」
「それもまた人間が得るべき試練でしょう」
……話にならない。笑顔を浮かべるルサリアを、わたしは本気で睨みつける。魔力を込める。さっさと此処から……わたし達の家から出て行けと、威圧の魔眼に魔力を込める。
「……これは」
少しは効いたのか、ルサリアは驚いたように目を見開いて。そして……楽しそうに、その口元を歪める。
「なるほど。わたしの「禁」を破った時点でもしやとは思っていましたが。ふふふ……そういうことでしたら、尚更私は関わるべきではありませんね」
また訳の分からない事を言って、ルサリアはふわりと浮かぶ。
「天の定めへの反逆者……魔王テスラ。私は貴女に期待しましょう。はたして貴女の生誕が全ての破滅へと繋がるのか、それとも更なる繁栄を齎すのか……今は、見守る事に致しましょう」
その姿が、薄れるように消えていって。完全に消えた事を確認すると、わたしの威圧の魔眼もその役目を終えて解除される。それと同時に、灰色だった世界も色づき始めて……イチローやおじいの寝息が静かに聞こえ始める。
「……」
たぶん、あの灰色の世界も何かの魔法だったんだと思う。今のわたしには使えそうにないけど……。
「むー……? テスラ、どうしたの?」
起きちゃったらしいイチローを撫でると、わたしは枯れ草の上に座って……そのままイチローに寄り掛かる。
「……なんでもないよ、イチロー。ちょっと寝ぼけちゃっただけ」
「ふーん?」
考える。天の神ルサリアは、ああ言った以上はたぶん手を出しては来ない。でも、人間は今までと変わらず来るってことになる。その頻度は、どのくらいなんだろう? どうやれば、人間は来なくなるんだろう? 今のわたしには、何も分からない。でも……考えないと、いけない。だってわたしは魔王。天の神が愛さない魔物を、愛する為にいるんだから。




