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この悲しい世界に生まれ落ちて

 静かに、わたしは目を開いた。何処かも分からない場所。さわさわと何かが揺れる音の聞こえる、そんな場所。降り注ぐ光が、とても眩しい。

 知っている。これは太陽の光。色んなものに恩恵をもたらしたり、もたらさなかったりする強い力。

 わたしの頬を撫でるのは、風。世界を巡る止まらない力。これも知っている。

 わたしの周りで風に揺れているのは、草。名前もない草だけど、食べられる。

 ……そして、わたしの周りでプルプルと揺れながら覗き込んでいるのは。


「こんにちは、スライムさん」

「ひっ!? 喋った!?」


 わたしの挨拶に、脅えたようにプルプルと震えるスライム。さっきより揺れが激しいから分かりやすい。

 そう、この子はスライム。青くて透明な、ぷるぷるすべすべとした丸い魔物。あらゆる魔物の中で最弱と呼ばれる、そんな魔物だ。だから、この子がわたしに脅えるのも理解できる。

 だって、わたしの身体は「人間」に似ているはずだから。その中でも警戒心を抱かれにくい子供の形になっているはずだけど、それでも怖いのだろう。

 スライムの身体に映る私の姿は、実に可愛らしい……と自画自賛できる。

 日の光を照り返し輝く長い銀の髪。キラキラと輝く金の瞳と、白い肌。強気な悪戯っ子といった印象を与える顔は、アルステスラ様のこだわり。身に纏うのは、黒と白の混ざり合ったドレスのような服。たぶん、可愛いはずだ。

 とにかく、第一印象は問題ないはずだ。だって、アルステスラ様がこの形を決めたんだから。

 わたしに脅えつつも逃げようとはしないスライムが、その証拠だ。彼は、わたしに一縷の希望を抱いている。わたしが怯えていない事が、気になっている。

 いかに最弱のスライムといえど、小さな女の子とであればスライムが勝つ。だからこそ、脅えないわたしが気になるのだ。言葉が通じないはずなのに、通じているわたしが気になって仕方ないのだ。だから、わたしはゆっくりと起き上がってスライムを見る。うん、今のわたしと同じくらいの大きさだ。結構大きい。

 

「スライムさん、此処は何処?」

「え? 此処? えっと……草原だけど」


 うん、それは知ってる。


「魔境っていうのは、此処で合ってる?」

「えっと……よく分かんない」


 そっか。まあ、それも仕方ないかもしれない。彼等からしてみれば、自分達の住んでる場所が外からどう呼ばれているかなんて分かるはずもない。だって、言葉が通じないんだから。


「ね、ねえ。君、どうして僕達と話せるの?」

「ん?」

「だって人間は、僕達とお話なんて出来ないはずだよ? そういう風に聞いたもの!」


 それは正しい。魔物は天の神様が創った生き物じゃないから、世界共通の言葉が話せない。だから、人間と魔物は話が通じない。ちなみに獣は別の理由で話せないんだけど、そこは結構どうでもいい。


「わたしはね、人間じゃないから。だから君と話せるんだよ」

「え、でも……二本足で柔らかくて、目と鼻と口。服を着てる。聞いてた通りだよ?」


 うーん、その分類はどうだろう。かなりアバウトな気もする。でもまあ、違う種族に対する認識なんてその程度かな?

 わたしの「ステータス」を見せられれば話は早いんだけど、あれは他人には見えないってアルステスラ様は言ってたし。どうしようかな? そう考えたけど、何か特別な事なんかしなくても、わたしには立派な証拠がある。


「でも、君と話せる。そうでしょ? 人間は、魔物と話せないもの」

「……うん」


 わたしの言葉に、スライムはぷるりと震えてみせる。考えているのだろうか、しばらくの無言の後にスライムはわたしをじっと見据えてくる。


「でも、それなら君は誰? 人間じゃないなら、新しい魔物なの?」

「魔物だよ、って言ったら信じてくれる?」


 わたしがそう聞くと、スライムは悩むように小刻みにぷるぷると震える。


「んー……分かんない。君みたいな子と会ったことないし。でも、なんだろう。君の事は、なんだか信じられる気がするんだ」

「そう、なの?」

「うん。どうしてかな? 会ったばかりのはずなんだけど」


 たぶん、アルステスラ様の力だと思う。魔物は大地から生まれたもので、わたしも同じく大地からアルステスラ様に……「全ての魔物を愛する為」に生み出されたもの。愛するっていうのがどういうことなのかは分からないけど、たぶん友達とかそういうので合ってると思う。だから、会ってすぐに人間扱いとかされて避けられないのはアルステスラ様に感謝だね。でも、まさかそれを目の前のスライムに言うわけにもいかない。「貴方の友達になりなさいって言われて来ました」なんて、わたしだって言われたら嫌だ。あ、でもそうなると……友達って、どうすれば友達になったことになるんだろう?


「えーっと……」

「ま、そんな事もあるよね。それより、どうして此処で寝てたの? もうすぐ雨降るよ?」

「へ?」


 言われてわたしは空を見上げる。太陽が輝く空を見る限り、雨が降るなんて思えない。


「……晴れてるよ?」

「でも降るよ。僕、そういうのが分かるんだ」


 言われて空をじっと見てみるけど、何も……あ、いや。なんか遠くの山の方から黒い雲が凄い勢いで流れてくるのが見える。あれが雨を運んでくる。わたしにもそれが分かる。


「あの雲が、雨を運んでくるんだね」

「うん。僕はいいけど、あれは柔らかい身体の子には痛いから逃げた方がいいと思うな」


 スライムも柔らかいんじゃないか、というツッコミは無粋なのだろう。たぶん彼が言っているのは「柔らかいお肉の身体」なのだ。そして痛い雨というからには、結構激しい勢いの雨だと……あ、マズい。結構近づいてきた。ドドドドド、っていう物凄い音が聞こえてくる。

 わたしは慌てて走るけど、生まれたばかりのこの身体はあまり言う事を聞いてくれない。ステン、と転んでしまったわたしは「あ、間に合わないな」となんとなく悟る。でもまあ、いいか。雨に打たれたくらいで死んじゃったりはしないはずだ。


「ちょっとごめんね?」


 でも、そんな早々に諦めたわたしをひんやりとした何かが掴み上げる。それがスライムから伸びたものだと気付いた時には、わたしはもうスライムの上に乗せられていた。


「走るから、しっかり掴まっててね!」


 そう言って走るスライムの身体を、わたしは慌ててがっしりと掴む。意外ともちっとしているその感触に驚きながら……わたしは、「風が気持ちいいな」と……そんな事を考えていた。

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