水浴びする?
「水浴び?」
「はいですにゃ。人間はお湯を浴びて身体を磨くことで自分の身体を綺麗に保っておりましたにゃ。テスラ様はお綺麗ではありますが、吾輩と同じく動物ですにゃ。お湯とは言わずとも、水浴びは必要に思えますにゃー」
うーん、どうなんだろう。あんまり必要を感じたことはないけど……。
「ミケはしないの?」
「吾輩猫ですから、水浴びは嫌いですにゃ。でも騎士として水浴びは定期的にする覚悟ですにゃ」
そんなに嫌いならしなくてもいいと思うけど……。
「でも、人間は水浴びじゃなくてお湯浴びをするの?」
「水浴びすると風邪を引くからお湯を浴びるらしいですにゃあ」
「ふーん?」
とすると、わたしも外見は人間に似てるんだからお湯を浴びた方がいいのかな。
―生活知識:お風呂についてが解凍されました!―
お風呂について。基本的に入る必要はありません。エナジードレインが汚れを余計なものとして吸収する為、身体が汚れることはありません。ただ、お風呂に入るのは精神の安定などの効果もある為「完全に無駄」とは言えません。
「……んー、入る必要はないけど、入る意味がないわけではないっぽいかな」
「よく分かりませんが、それなら水浴びされますかにゃ?」
「でも、水なんて……あ、汲んでくるの?」
「いえ。それが……おじい殿と話したのですが、この洞窟……意外と広いのですにゃ」
「?」
わたしが首を傾げると、おじいが笑いながら教えてくれる。
「ワシも知らなかったのじゃがな。どうにもこの洞窟、地下に水がたまっとるらしい」
「水が湧いてて、それが溜まってるみたいですにゃ」
「え、それって大丈夫なの?」
「どっかに流れていってもいるみたいですにゃー。溢れてくることはありませんにゃ」
ふーん……ちょっと興味はあるかも。
「じゃあイチロー、行ってみようよ」
「えー、僕も? それ入ったら、水のスライムになっちゃったりしない?」
「ならないんじゃないかなあ……」
もう今更、そんなものになる余地もない気がするし……。
「え、吾輩は誘ってくれないのですにゃ?」
「水浴び嫌いなんじゃないの?」
「嫌いですけど入りますにゃ。騎士の嗜みですにゃ!」
「ふーん」
言いながら、わたしとイチロー、ミケは洞窟の奥へと歩いていく。進んでいくと、わたしの寝床である枯れ草を敷いた場所。その奥へと更にミケは進んでいき……そこで、くるっと左に曲がる。
「ん?」
「こっちですにゃ」
手招きするミケにわたし達がついていくと……あれれ、壁が二重に……っていうのも違うのかな。壁の裏に別の壁があって、その間に空間があるみたいな……うーん。
「こんなとこに道があったんだ……」
「僕もしらなーい」
「おじい殿もここには入れませんから、ご存知なかったようですにゃ」
確かに、おじいの身体じゃ入れないような狭い道だ。道はなだらかに下がるような形になっていて、どこか下に潜っていくような道だと分かる。
ミケに先導されるままわたし達は潜っていって……そうして、そこに辿り着く。
「うわあ……」
「すごい! 水だよ!」
「吾輩も見つけた時には驚きましたにゃあ」
ミケの言う通り、そこには確かに水があった。地底湖というには狭いけど、地底池、くらいには広い水溜まり。確かにこれなら水浴びも出来る……のかな?
「僕入ってみるね!」
「あ、イチロー殿。ちょっと」
言いながらイチローが跳ねて、池の中に飛び込んで。ドポン、ブクブク……と。そんな音を立てて沈んでいく……って、えええっ!?
「ミケ、イチローが沈んじゃったよ!?」
「え。そりゃあ沈みますにゃあ。この池、結構深いですにゃ」
「言ってよう!?」
「言う前に入ってしまいましたにゃあ。ていうか、飛び込むとは想定外ですにゃあ」
普通水浴びといえば水かけですにゃあ、と言うミケに私はうっと黙り込む。
「そ、それはそうかもだけど……それよりイチローは!?」
「平気ですにゃあ。溺れたスライムの話なんて聞いた事ないですにゃ」
「そ、うなの?」
「スライムは元々水との親和性が高いと言われてますにゃ。水底からスライムがゾロゾロ出てきたなんて話も、人間の町に潜伏してた頃にはよく聞きましたにゃ」
「あ、それは見たいかも……なんか可愛い」
スライムがいっぱい出てくるなんて、きっとプルプルして可愛いよね。わたしもスライムに囲まれてみたいなあ……。
「……あ、ほんとだ。イチロー楽しそう」
透明な池の底を覗いてみると、イチローが楽しそうにゆらゆらと動いてるのが見える。なんか、ちょっと羨ましい。
「イチローみたいなのがたくさん……いいなあ。見たいなあ」
「人間は気持ち悪がってましたけどにゃあ」
「え? なんで? 可愛いじゃない」
「人間にとってはそうではないということですにゃあ。テスラ様に分かりやすく言うなら……えーと……スライムを人間に置き換えればいいと思いますにゃ」
想像してみる。水底で蠢いているたっぷりの人間が、ぞろぞろと出てくる光景。
「……なんか分かった。すっごい気持ち悪い。その池とか近寄りたくない」
「つくづくテスラ様の思考は魔物寄りですにゃあ」
にゃはは、と笑うミケにわたしは首を傾げる。
「魔物寄りって……わたし魔物だよ?」
「知っておりますにゃ。ただ、テスラ様の姿を人間が見たら、人間と勘違いする奴もいると思いますにゃ」
……確かに、わたしの姿は人間に近い。実際に人間を見て、わたしも強くそう思った。わたしがイチローやミケみたいな姿じゃなくて、こんな人間みたいな姿になったのは何故か分からないけど……きっとアルステスラ様には何かの考えがあるんだとは思う。
「人間と勘違い、か……」
「人間と会ったとのことでしたが、反応はどうでしたかにゃ?」
「んー……」
言われて、思い返してみる。人間、人間。えーと……確か金髪と銀髪。
「銀髪はいきなり攻撃して来たけど、金髪の方はなんか笑ってたよ。ムカッとした」
「なんと言ってましたかにゃ?」
「んー? 人間の言葉はよく分かんない。ミケは分かるの?」
「多少は。人間の魔法を知る為に頑張りましたにゃ」
ミケは凄いなあ。ちょっと尊敬するわたしの前で、ミケは「ふーむ」と唸りながらヒゲをピクピクとさせる。
「その銀髪が攻撃してきた理由は分かりませんが、金髪の方はテスラ様をテイマーと勘違いした可能性がありますにゃ」
「テイマーって……魔物浚いだよね?」
確か、魔物を洗脳して仲間と戦わせる酷い奴。会ったらぶっ飛ばしたいナンバー1だ。
「そうですにゃ。テイマーは魔物を使役しますから、才能さえあれば人間の子供でも出来るのですにゃ。そういう類の人間と思われた可能性もありますにゃ」
「嬉しくない。もう1回あの2人吹っ飛ばしたい……」
「そ、そこまで嫌ですにゃ?」
わたしをテイマーと間違うなんて、失礼だと思う。
「ミケにゴブリンそっくりって言うようなものだと思う……」
「うわ、それは確かに嫌ですにゃあ……」
心の底から嫌そうな顔をしたミケは、気を取り直すように咳払いをする。
「まあ、嫌かそうではないかはさておいて。勘違いされる事自体は悪くな……利用できることではありますにゃあ」
悪くない、と言おうとした辺りでわたしが嫌がったのを察してくれたんだろう、ミケはそう言いかえる。
「そうなの?」
「はいですにゃ。戦術的に言えば先手をとれますし、人間の町への潜入もできますにゃ」
「そっか。わたしが人間に似てるからだね」
「テイマーと間違われれば、魔物を連れていても何も言われませんにゃ。やりたい放題ですにゃ」
「……いいかも」
人間ぶっ飛ばし放題。ちょっといい響き。まあ、それをやっちゃうと面倒そうだからやらないけど。
「でも人間の町なんかに用は無いよ。行くと気持ち悪くなりそうだし……」
「人間の町の食べ物は結構いい感じですにゃ」
「わたし、ご飯は魔力で大丈夫だし……あ、ミケが行きたいなら行くよ?」
ひょっとして行きたいのかな、と思ってそう聞くと、ミケは首を横に振る。
「いえいえ、ちよっと未練はありますが平気ですにゃ。こっちで畑を作れば全部解決ですにゃ」
「そう? 行きたかったら言ってね? わたしも頑張るから」
「大丈夫ですにゃ」
遠慮するようなミケとわたしがそんな事を言い合っていると、池の中からイチローがざばあっと音をたてて上がってくる。
「ねえねえ、2人は入らないの?」
あ、忘れてた。そういえば水浴びに来たんだったね。
「って言っても、水浴びってどうすればいいのかな。水かければいいの?」
知識はある。水浴びっていうのは水を身体にかけることで身体の汚れを落としたりする儀式の事だ。
「そうですにゃあ、人間は水浴びする時には服を脱いで身体全体に水をかけていたようですが……」
わたしとミケは、思わず自分の服をじっと見る。わたしのドレスと、ミケの騎士服。脱ぐのも着るのも、凄く面倒臭そう。
「……このまま浴びたらダメなのかな」
「たぶんダメだと思いますにゃあ……ていうか、脱ぐの手伝ってほしいですにゃ」
その後、わたしとミケは四苦八苦して服を脱ぐと、プルプルと水を飛ばして乾いていたイチローに服を乗せる。




