イチローの進化
「ねえねえおじい、おじいは最初の進化の時、自然に進化したの?」
「そうじゃのう。ワシの場合は強く大きく、とだけ考えておったからの。この道しかなかったぞい」
「ふーん……」
おじいとわたしがそんな会話をしていると、イチローがやがて何かを呟く。
「むー……スピードスライム、と……ソウルスライム……」
あ、なんかソウルリバースの影響っぽいの出てる……。
「ソウルスライム? おじい殿はご存知ですかにゃ?」
「知らんのう。スピードスライムというのも聞いたことは無いが……」
―魔物知識:スピードスライムが解凍されました!―
―魔物知識:ソウルスライムが解凍されました!―
スピードスライム。速さを求めたスライムが進化した姿。スピードに特化し、相手をその動きで幻惑する。
ソウルスライム。魂の深淵に触れたスライムが進化した姿。高い魔法能力を持っており、命に関連した魔法をも操る。
「うーん、なんか違う……」
どっちも何か凄いスライムっぽいけど、イチローは納得いかないみたい。ていうか、ソウルスライムはわたしのせいで確定だよね。魂の深淵って、絶対ソウルリバースだもの。
「うーん……」
イチローはズリズリと放り出された剣に近寄っていき、その一部をまたパクリと取り込む。
「んー……ホーリーメタルスライム……ファイタースライム……」
―魔物知識:ホーリーメタルスライムが解凍されました!―
―魔物知識:ファイタースライムが解凍されました!―
ホーリーメタルスライム。聖銀を取り込んだスライムが進化した姿。聖銀と同質の硬さと光魔法、回復魔法などの適性と引き換えにスライムとしての柔軟性を失っている。
ファイタースライム。使い込まれた戦士の使った道具を取り込んだスライムが進化した姿。物理的な戦闘力に恵まれるが、魔法的な能力は通常のスライムと比べても低い。
イチローはしばらく悩んでいた後、「よしっ」と呟くと同時に輝きだす。同じように剣も光ってイチローに取り込まれていくところを見ると……ホーリーメタルスライムかファイタースライムを選んだってことなのかな?
イチローを包む光は、更に強く輝いて……でも突然、その光が信じられないくらいに眩しくなる。
「えっ……!?」
「うにゃー、ま、眩しいですにゃー!」
「うおおお! な、なんじゃああ!?」
洞窟の前を埋め尽くした光が収束した先。そこには、青い体の……でも、ちょっと違うイチローが居た。
「イチロー……何それ?」
「兜ですにゃあ……」
いつも通りのイチローの前面についているのは、金属製の兜……いや、サークレット……も違うかな。額当てっぽいもの。
一回り大きくなっているような気もするけど、それ以外は変わりないようにも見える。
「んー……イチロー、ちょっと見るね?」
名前:イチロー
種族:ホーリーファイタースライム
職業:戦士
レベル:10
体力:100
力:40
魔力:10
素早さ:30
物理防御:90
魔法防御:10
技術:7
運:4
スキル:衝撃耐性(小)【レベル1】、聖属性耐性(小)【レベル1】、ホーリーエンチャント【レベル1】
「え、ホーリーファイタースライム……?」
「な、なんですかにゃ、それは?」
なんかホーリーメタルスライムとファイタースライムが混ざったみたいな……。
―魔物知識:ホーリーファイタースライムが解凍されました!―
ホーリーファイタースライム。理論上は存在するものの、存在が確認されていないスライム。ファイタースライムでありながら光属性、回復属性の魔法に対する適性のあるスライムであると思われる。
な、なんか凄いのに進化しちゃったっぽい?
「えっとー……なんか、居るはずなんだけど誰も見た事のない、光魔法とか回復魔法とか、そういうのに適性のあるスライム、みたいな?」
「おお……看破ではそのようなことまで分かるのですにゃ。しかし、これは期待できますにゃ!」
「僕、強くなったのかな?」
「バリバリですにゃ!」
「やったー!」
跳ねるイチローに、おじいも「おめでとう、イチロー」と優しげに笑う。
「進化の瞬間は驚いたが……どうじゃったかの、イチロー。望むものにはなれたかの?」
「うん!」
「そうかそうか、それは何よりじゃ」
「しかし回復魔法とは。吾輩も人間の教会で何度か見たことがあるくらいですにゃー」
あ、そっか。ミケは人間の教会に出入りしてたんだものね。
「どんなのがあるの?」
「んー、そうですにゃあ。代表的なのはヒールやキュアポイズン、キュアカースなどですにゃあ」
ヒールは傷を治す魔法。キュアポイズンは毒を治す魔法。キュアカースは呪いを解く魔法だとミケは教えてくれる。
「適性があるなら、イチロー殿も使えるはずですにゃ」
「へえー、なんか凄いね!」
「ええ、吾輩ちょっとうらやましいですにゃ!」
にゃっはっは、と笑うミケ。でもプルプル震えてるのは、ほんとにちょっと悔しいんだろうなあ。
なんかソウルリバースの事言いだす雰囲気じゃなくなっちゃったな……。
でも、言わなくてもいいのかもしれない。一度死んだとか、そんなこと。言ったって、きっと誰も幸せになれない。
それに……なんかあの魔法は、怖い気もする。
「あ、そういえば」
わたし、いっぱいレベルアップしたけど……今はどんな感じなのかな?
名前:テスラ
種族:魔王
職業:魔王
レベル:20
体力:かなりつかれた
力:そうだね
魔力:いんふぃにてぃー
素早さ:にゃんこのために
物理防御:ぷにっとな
魔法防御:きゅーきょくまおうさま
技術:あしたかがやけ
運:せかいにあいされてる
スキル:魔王
……レベル20なのに、あんまり変わった気がしないっていうか……わたしの「体力」って、皆の「体力」となんか違う気がする……。これって普通に体力の話じゃないの?
「どうかしたかの、テスラ」
話し込んでいるイチローとミケをそのままに、おじいがわたしに視線を向けてくる。
「ん、うん。わたしレベル20になったみたいだけど……あんまり変わらないなあって」
主に身体能力方面で。
「ふむ。ワシも魔王という種族は初めてじゃからのう。しかしミケから聞いた限りでは、かなり魔法的な能力は高そうじゃが」
「うん……そっちは高いと思う」
「となると、魔法的な能力が伸びやすい種族なのかもしれんのう、魔王というものは」
「むう。魔法的な能力が高いと、身体能力の方は伸びないの?」
「どうかのう。ドラゴンはどちらも高いと聞くがの」
……ドラゴン、ずるい。
「……わたしもドラゴンになりたい」
「めったな事を言わんでおくれ。テスラはドラゴンになんぞならんでええ」
「おじい、ドラゴン嫌いなの?」
おじいの大きな体にぼむんと埋もれると、おじいは「うーむ」と唸る。
「嫌いというか、苦手かのう。ドラゴンは主に北東の山に住んどるんじゃが……プライドが死ぬほど高くての。他のモンスターを下に見とるんじゃ。まあ、実際強いんじゃが……のう」
「そうなの?」
「うむ。ドラゴンが他のモンスターと仲良くしたという話は聞いたことがないのう。それに連中、トラブルも呼び込むしの」
おじい曰く、ドラゴンは光物が好きなのだという。
「カースクロウ共みたいにガラス玉集めてる分には構わんのじゃが……人間の宝物を集めたりするからのう。それがドラゴン全体の趣味みたいじゃから、人間がやってくるのを嫌ってコレクションごとこっちにやってきたドラゴンもいるらしいの」
ああ、なるほど。ドラゴンの貯め込んだ宝物を狙う人間が来るんだね。
「人間の宝物なんか捨てちゃえばいいのに。なんか汚そうだし」
「うーむ。ワシも見たことはあるが、意外とキラキラしとるぞ? まあ、殺し合って奪い合っておったが」
「人間同士で?」
「うむ」
「変なの。その宝物持ってたら経験値が手に入るのかなあ?」
「どうかのう。そんなことはないと思うが」
「じゃあ、カースクロウとかドラゴンと同じでキラキラしてるものが好きなんだ」
「うーむ。テスラはキラキラしたものは嫌いかのう?」
おじいの質問に、わたしは少し考えてからおじいに抱きつく。
「おじいの方が好きだよ。光に当たるとキラキラしてるし」
「そうかのう?」
「うん、それにぶにっとして気持ちいいし」
「うーむ」
困ったようにおじいは笑うと、身体を揺らす。
「わわっ」
ぼにゅんっと弾かれて尻餅をついたわたしに、おじいは「すまんすまん」と笑う。
「もー、ひどいよおじい」
「ははは、すまんのう」
「あ、なんか楽しそうなことやってる!」
再度わたしがおじいに抱き着いていると、イチローも跳ねてやってくる。
「あれ、イチロー、話はもういいの?」
「うん!」
「まあ、吾輩も見ただけですしにゃあ。そっち方面の適性はありませんにゃ」
要は教えられなかったってことかな? わたしなら教えられそうな気もするけど……うーん、どうかなあ。
「それよりテスラ様。テスラ様は水浴びはしませんのにゃ?」




