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「そういえばテスラ、僕も聞きたい事あったんだ!」
「え、なに?」
「ミケが二本足で歩いてたけど、なんでー?」
……え、今更なの? なんて言わない。きっとおじいもイチローもスライムだから、猫のことなんて分からなかったんだよね?
「えーとね、進化したみたいだよ。ナイトキャットとかいう種族だったかな?」
「ナイト? ナイトって何?」
「騎士って意味だよ!」
「騎士って何―?」
「え……っと」
難しい事聞くなあ。でも言われてみると確かに……騎士って何かな。うーん。
「守る人、かなあ?」
そんな感じの意味で合ってるよね? 確か、そのはずだけど。
「守る人、かあ。じゃあ僕とおじいも騎士なのかな?」
「え? えー……どう、なのかな」
なんか違う気もする。特におじいは凄く違う気がする。
「そっかあ。騎士かあ。騎士もいいなあ。速くて強い騎士のスライムになれるかなあ?」
「なれると思うよ」
「そう?」
「うん」
これは、本当にそう思う。イチローは、わたしなんかよりずっと優しい。
自分の事よりわたしの事を考えていてくれている。わたしなんか、ほんの少し前に会っただけの魔物だっていうのに。
「イチローならカッコいい騎士のスライムになれるよ」
「カッコいいんじゃなくて、速くて強いのがいいなあ」
「あ、そっか。うん、そういうのになれるよ!」
ぼむんっ、ぼむんっとイチローが跳ねる。
「あ、レベル上がったよ!」
「おめでとう、イチロー!」
これでレベル8。たぶん素早さが増えてるはずだけど……ステータスに踊らされないようにと思っても、やっぱり見ちゃう。
名前:イチロー
種族:スライム
職業:可能性の黒卵(魔王軍)
レベル:8
体力:19
力:8
魔力:3
素早さ:12
物理防御:20
魔法防御:2
技術:4
運:4
スキル:衝撃耐性(極小)【レベル1】
なんだか技術が上がってるのは、わたしを乗せてるせいなのかな?
「あと2だね、イチロー!」
「うん!」
ぼむん、ぼむん、とイチローが跳ねて。荒野を抜けて、草原が見えてくる。もう少し行けば森だけど、そこまで行くのは流石に危険。
「ねえ、イチロー。もう少ししたら戻る?」
「えー? まだまだ走り足りないよ?」
「でも、森まで行ったら危険だし……」
言いながら、わたしを乗せたイチローは草原へと辿り着いて。ぼむん、ぼむんと走る。
もう少しなら大丈夫。たとえばそう、わたしとイチローが雨宿りをした、あの木の洞くらいまでなら。
そんな目標をたてながら、ぼむん、ぼむんと跳ねて。
わたしとイチローは、それを見つけてしまった。
「……え? なに、これ」
草の中に倒れている、ゴブリンの死体。たくさんのゴブリンが、血塗れで草原の中に倒れている。
それだけじゃない。氷漬けのゴブリンとか、別の方向には焦げたような跡もある。
あれって、魔法……の跡、だよね?
「ねえ、テスラ。このゴブリン……変だよ」
ゴブリンの死体を見ていたイチローが、そんな事を言い出す。
「え? 変って……」
「耳が無いよ、片方だけ」
「耳?」
言われてイチローの上からゴブリンを見下ろしてみると、確かにゴブリンの尖った耳のうち……右耳だけがない。まるでそこだけ食べられたか何かしたみたいに。
「ねえ、イチロー。ゴブリンの耳食べる魔物なんて……いないよね?」
「僕、そんなの知らないよ」
「ほら、ドラゴンとか」
「ドラゴンだったら丸呑みすると思うな」
……だよね。だとすると、やっぱり考えたくない可能性を考えた方がいい。
「イチロー、今すぐ帰ろう!」
「■■■、■■■■■。■■■■■■■?」
わたしがイチローをぺしぺしと叩いて促したその瞬間。森の中から、何か声のようなものが聞こえてきた。
「■■■、■■■■■■■■■■■■■■!」
「■■■■■■? ■■、■■■■■■■」
そこに居たのは、二匹の二本足。
一匹は、金属製の鎧を纏った雄。背が高くて、筋肉が凄い。手に持ってるのは片手用の剣と、盾。ぼさぼさの金髪と青い目をしていて、たぶん結構若い。
もう一匹は、やっぱり雄。こっちは長い銀髪と青い目で、きつい印象。ゆったりとした服の上からマントを羽織っていて、手には長い木の杖。こっちも若く見える。
「ねえ、テスラ。あれってテスラの仲間……じゃないよね?」
「うん、違う。だって言葉分かんないし。たぶん人間」
じりじりと下がるイチローに、わたしも緊張しながらそう伝える。あの二匹の人間がこれをやったなら、それが出来るくらいに強いってことになる。
じりじりと下がるわたしとイチローに、金髪の方の人間が手を伸ばす。
「■■、■■! ■■■■■■■■!」
「魔法!?」
「たぶん違う! でもイチロー、走って!」
イチローがわたしを乗せたまま、身を翻して走る。人間、経験値を稼ぎに来た人間!
このままだとわたしもイチローも殺される!
速く、もっと速く。そんな想いが、形になりそうになって。
わたしとイチローを、爆風が吹き飛ばす。
「きゃ、あああああっ!」
「わああああっ!」
空高く、わたしとイチローが飛んで。二人とも、鈍い音を立てて地面に叩き付けられる。
「■■、■■■■! ■■、■■■■■■!」
「■■■■。■■■■■、■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■、■■■!」
人間二人が、揉めている。金髪の人間が銀髪の人間に掴みかかっている。
何を言っているかは分からないけど、今が逃げるチャンス。
「い、いちろー……」
わたしと一緒に吹き飛ばされたイチローを探して、わたしは這い蹲りながらイチローの姿を探す。
イチロー、イチロー。何処?
手を伸ばして、指先で草を掴んで、身体をずりずりと動かす。
イチロー、イチロー。早く逃げよう。
伸ばしたわたしの指先に、ぷにっとした感触が触れる。
「いちろ……!」
それは、青くてぷにぷにとした、イチローによく似た何か。
まるでイチローが小さく砕けたらこうなるんじゃないかっていう、そんな、感じの。
違う。違う。これはイチローじゃない。
否定しながらも、わたしの「看破」がそれの正体をわたしに伝えてくる。
名称:イチローの破片
詳細:魔王軍の一員、スライムのイチローの破片。通常のスライムの破片よりも高い性能を持っている。
「あ、ああ……ああああ……!」
違う、こんなの。こんなの違う!
名称:イチローの大きな破片
詳細:魔王軍の一員、スライムのイチローの大きな破片。通常のスライムの破片よりも高い性能を持っている。
「わたし、のせいだ」
もっと早くイチローに帰ろうって言っていたら。せめて、別の方向に行っていたら。
そうしたら、きっとこんな事にはならなかった。
イチローの欠片を抱いて、わたしは泣く。
ごめん、ごめんねイチロー。全部、わたしがバカだったせいで。
「■■■、■■■■?」
「■■、■■■! ■■■■■■■■■■■!」
「■■■■■■■! ■■■、■■■■■■■■■!」
人間が、何か言ってる。金髪の方の人間が、わたしに手を差し出してきてる。
笑顔。たぶんこれは、笑顔なんだろう。
なんなの? イチローを殺したくせに、何が嬉しいの?
珍しいわたしを見つけて、これから殺すのが嬉しいの?
「……許せない」
「■?」
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。わたしもこいつもあいつも、全部全部許せない!
天の神に愛されてるくせに、恵まれてるくせに! こんなところにまで来て!
「■■、■■■■■■■■!」
銀髪の人間が何か言ってる。金髪の人間が慌てたように下がる。銀髪の人間の杖の先に魔力が集まってる。魔法だ。分かる、あれは人間の使う魔法。
「■■、■■■■! ■■■……」
させない。詠唱なんてさせるものか。風の魔力を集めているみたいだけど、お前よりわたしのほうが早い。
イメージするのは、イチローにも見せたあの爆発。あれよりもっと、もっと、もっと。
あいつらが吹っ飛ぶくらいに大きく!
「■■、■■■……!」
「ふっと……べええええええええ!」
叫ぶ。風の原初魔法を解き放つ。
草原の草と、ゴブリンの死体と、地面と。二匹の人間を全部纏めて吹き飛ばす風が吹き荒れて。耳がおかしくなりそうなくらいの轟音と共に、わたしの前の全部が爆発するように吹き飛んでいく。
「■■■!」
「■■■■■■!」
何か叫んでいたのが聞こえた気もするけれど、何を言っているのかは分からない。でもせめて、イチローに詫びる言葉ならいいと思う。それで許す気は、全くないんだけれど。
―レベルアップ! レベル9になりました!―
―レベルアップ! レベル10になりました!―
―レベルアップ! レベル11になりました!―
―レベルアップ! レベル12になりました!―
―レベルアップ! レベル13になりました!―
―レベルアップ! レベル14になりました!―
目の前の全部が吹き飛んで。わたしの近くに、何かが突き刺さってビクっとする。
それは、さっきの人間が持ってた剣。「看破」が、それを勝手に調べてしまう。
名称:聖銀の大剣
分類:両手剣
効果:アンデッド、闇属性に対する威力が増加(中)
詳細:聖銀を鍛え造られた長剣。呪われし者を断つ力が篭められている。
……フン、だ。こんなもの。
剣を無視して、わたしはイチローの破片を搔き集める。
あんなゴミなんかより、イチローの方が大切だ。
イチロー、イチロー。わたしのせいで。
ぽろぽろと涙が零れて、イチローの破片に落ちる。
破片を集めてイチローが元に戻るわけじゃないけど、せめて。
でも、元に戻ってくれるなら……わたしは。
―魔法知識:リザレクションが解凍されました!―
―禁忌知識:■■■■■■■が解凍されました!―