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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
9/13

ばいばい、またね《1》

 おばちゃんは、いなくなった。

 おばちゃんの器は空っぽになった。


 おばちゃんは、どこかにいってしまった。


 おばちゃんは、よそ行きのおしゃれな服を着て、彩り鮮やかな花の束に埋もれて白くて長い箱の中で静かに横になっていた。


 おばちゃんは、どこかにある場所へ行く為に重い扉を潜る。閉められて、そしてーー。


 おばちゃんの器は白い破片の象になって、壺の中へと移された。



 ***



 おばちゃんを見送って、季節が何度も移ろいだ。


 日が暮れて、電信柱に備え付けある街灯が路を照らしていた。


 わたしは街灯で照らされている路を歩いていた。


 陽は沈んでも、空で星が瞬いていても蝉がまだ鳴いている。と、耳を澄ませて路を歩いていた。


 ーーひーちゃん、お家に帰ったら金魚さんをおもいっきり泳がせてあげようね。


 わたしはびっくりしてしまった。


 わたしに、わたしに声を掛けたのはと、うっすらと暗い辺り一面を見渡す為に歩くことを止めた。


「おかあさん、金魚さんじゃなくてびろちゃんよ。ね、びろちゃん」

「お名前もつけてもらったの。よかったね、びろちゃん。お母さんもびろちゃんをうんとかわいがってあげるね」


 顔をあげて、まっすぐと見つめる先に楽しそうに話しをしている女の人と女の子がいた。


 すぐに、親子とわかった。

 女の子も『ひーちゃん』だった。お母さんは娘に『ひーちゃん』と名前を呼んだ。


 嬉しかったけれど、しばらくしたらがっかりした。

 大人げない考えだと、わたしはわたしに言い聞かせをした。


 今日は、町内の夏祭り。

 偶々、帰り道ですれ違った親子にわたしの思い出をかぶせてしまった。

 あの時も、誰かとすれ違っていたならばわたしとおばちゃんはどんな関係かと思われたのだろう。

 想像をしても、今は今。

 おばちゃんはいない、とっくにいない。

 家路を、家へと帰る為に歩く路で渾渾と、わたしはわたしに言い聞かせをしたーー。



 ***



 家の中に入ると、真っ暗。

 慣れっこだったけれど、玄関の扉を開ける瞬間は、時々寂しいと思うこともあった。


 わたしは家族から独立をして暮らしていた。

 独りでも十分に暮らせる収入はあったので、特別なことに困ったはなかった。


 わたしはおばちゃんがいなくなった歳をとっくにこえていた。婚期は残念ながら逃したものの、それでも今の暮らしが落ち着くと、悠々としていた。


 自己満足という、ひと言だと思う。

 まわりは、特に母はわたしと顔を合わせる度に遠まわしに『縁』を持ち掛けても、わたしは頑として聞き入れなかった。


 わたしはずっと『ひーちゃん』で、いたい。

『ひーちゃん』でいないと、思い出があたためられない。強い思い込みであるとはわかっていたけれど、どうしようもなかった。


 ***


 おばちゃん、わたしは元気だよ。

 元気すぎて、まわりが困ってしまうほど元気だよ。


 寝室に備えるカラーボックスの上に飾る写真立ての中は、おばちゃんがまだいた頃の姿。

 夜に寝る前と朝になって起きたとき、おばちゃんに声を掛けるがわたしの毎日では当たり前だった。


 季節は桜の花びらが散ってしまっていた頃だった。

 会社から帰宅をして、夕食を軽く済ませたあとにお風呂を沸かした。


 テレビをつけっぱなしにしたまま、炬燵を置く部屋でうたた寝をしていたことに気付くと慌てて起き上がり、壁に掛ける時計を見たら9時を過ぎていた。


 沸かしたお風呂はぬるくなったかもしれない。しかし、今日に限って身体が怠くて堪らない。この時のわたしは、お風呂に入るのはどうしようと迷うほど、身体を動かすのが億劫だった。


 おばちゃんに声を掛けるは絶対にする。

 でも、やっぱりお風呂には入ろう。


 悶々と悩んで、やっと腰をあげた。

 頭がくらくらしている。と、その時は思った。

 身体が左右にふらふらと揺れている。

 ああ、わたしは身体のどこかが悪いのだ。と、思ったりもした。


 しかし、全部が違っていた。


 何が起きたの。と、いうのが1番目の思いだった。

 立つのはやっと。2番目の思いは、踏ん張るのはどうにかしなければならない。


 部屋の灯りは消えて、本当に何も見えない程真っ暗。しばらくして、部屋は明るくなったけれどスマートフォンから聴いたことがない鼓膜が破れてしまうと思える音の響き。天井を見上げると笠がずれて振り子のように揺れている蛍光灯。


『地震が発生しました。かなり、強い揺れでしたが落ち着いて行動をされてください』


 テレビが映った。

 観たのは、わたしがたった今見た情況を繰り返し伝える内容の番組だったーー。

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