雨鉄琴
ぽつ、ぽつ。ぱら、ぱら。
雨粒が葉っぱで弾く音がする。
ざん、ざん。ざあ、ざあ。
雨の音が大きく聞こえる。
ごう、ごう。びゅう、びゅう。
風が強く吹いていた。
どく、どく。どっく、どっく。
わたしの鼓動が激しく打っていた。
ぴっちゃん、ぴっちゃん。
溢れる涙は雨粒と一緒に流したーー。
***
お母さんはおばちゃんを看るために、おばちゃんの家に寝泊まりをする日が多くなった。
わたしはひとり、家にいることが多くなった。
おばちゃんは、悪性腫瘍に侵された。
痛いとか、辛いとか。
おばちゃんは言わないと、お母さんから話しを聞いた。
わたしは社会人になっていた。
高専学校を卒業して、地元の大企業でシシテムエンジニアの仕事をこなすが、わたしだった。
ーーひーちゃん、仕事を大切にしなさい。お母さんを想いなさい。大丈夫、おばちゃんにはひーちゃんから預かった蜜柑笛と、貰ったガラスの金魚がついている。だから、今を大切にしなさい。
おばちゃんは、頬を痩けさせてわたしに言ってくれた。
仕事中はおばちゃんのことを考えないのに、帰宅してひとりでいると決まって涙が溢れていた。
こっそり泣くことが、わたしの日課になっていた。当然、お母さんにはわたしの泣顔は見せなかった。
わたしもお母さんとかわりばんこで会社の指定休日をはさんでだったが、おばちゃんの家に寝泊まりをした。
「あらら、ひっくり返してしまってごめんね」
夕食でテーブルの上に置いていた醤油差しをつかみ損ねたおばちゃんは、泣きそうな顔だった。
「おばちゃん、大丈夫よ。だから、ご飯を食べる続きをして」
なんでもない動作が出来ない。
おばちゃんはその度に気落ちしていた。
おばちゃんはわたしに醤油差しを取ってあげるつもりだった。身体は抗がん剤治療で大変だった筈だ。
おばちゃんの、わたしに何かをしたいという気持ちは十分に伝わっていた。
加えて食事前は、インシュリン注射をして血糖値を安定させる。膵臓の機能が腫瘍の為にうまく働かないからだ。勿論、血糖値の数値を確認する為に血糖値を測るセンサーも使う。
指先からほんの少し血を取る。しかも、専用の医療機具で指先に針の先端を刺す。
そういう、一通りをおばちゃんは毎日していた。
癌治療の他に、身体の機能を保つ為の療法。
自分で精一杯の状態だっただろうに、それでもおばちゃんはわたしに優しくしてくれた。
何日も雨が降る、ある日のあの時だったーー。
***
受け入れる、やるべきことをする。
おだやかに、たおやかに、しなやかに。
朽ちる姿を見せるのは仕方ないですが、やはりしゃんと背筋を伸ばしたい、伸ばすをしなければならない。
1分。いえ、1秒先でも私は時間が欲しかった。心に気力という弦を張らせて、望んでいることをやり遂げるをしたかったのです。
はっきりと悪性腫瘍に侵されていると告げられてからは、足を止めてみるをしなかったことが沢山あったと、こっそりおもうが増えたものです。
でも、実際に考えることといえば、陽菜里についてばかりでした。
陽菜里の先を見ることは出来ないけれど、思い出をあたためることは出来る。
私のすべてはいずれ空にとける、雲になる。雨に混じって大地に降りる。
記憶は何処に行くのかはわかりません。
ただ、私の破片で自然が息吹くを考えると何故か安心をしたものです。
ごめんなさい、今日は早めに就寝します。
それでは、おやすみなさい。
***
おばちゃんは、身体のあちこちに湿布薬を貼っていた。お母さんが、おばちゃんに貼ったと教えてくれた。
おばちゃんは抗がん剤投与の治療を二週間に一度の通院でしていた。
腫瘍を小さくする、そして取り除く。
わたしが思い描いていたのは、元気になったおばちゃんの姿。
癌治療の副作用は様々だ。
おばちゃんの場合は、血液成分のひとつである白血球の数を減らしていた。当然、抗がん剤投与はその度に止まる。
白血球は身体の抵抗力を維持させる役目がある。白血球が少ないと感染症を引き起こすがかなりあるということだ。
おばちゃんの癌治療は、その繰返しだった。
それでも、おばちゃんは不平不満を口にしなかったーー。
***
痛みが辛いときに飲んでくださいと、お医者様からお薬を処方されましたが必要以上に飲むはよくないと思い、身体の外から痛みを和らげるで補いました。
陽菜里の声を聴きたい、陽菜里の姿を見たい。
ちゃんとした自分でいたかった。
日に日に、自分ではどうすることも出来ない何かがやってくる。やって来ては、振り払うをしたものです。
ひーちゃん。
おばちゃん、ちょっとだけ寝るから。ちゃんと起きるから、だから、だから……。
ーーおばちゃんのかわりに、思い出をあたためてーーーー。