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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
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蜜柑笛

 ぷぅ、ぷぅ。


 わたしは小学四年生だった、図画工作の時間で作った笛を吹いていた。


 ぷぅ、ぷぅ。ぷ、ぷ。


 作ったと言っても、最初から笛の形をしている型に紙粘土をくっ付けた。紙粘土が乾いて固くなったところで好きな色を塗っただけの笛だった。


 ぷぅ。


 わたしが作った笛の形は蜜柑。橙色は蜜柑の皮、緑色は蜜柑のへた。絵の具が乾いたら仕上げにニスを塗ったを思い出した。


 ぴぃ、ぴぃ。


 楽器としてはお粗末な音色だった。でも、作った形が学校と違うところで誉められていた。知ったときは嬉しさより『どうして』と、いう困った想いで頭をいっぱいにした。

 蜜柑笛は、わたしが暮らしている市の造型コンクール学童部門で佳作を授賞したからだ。

 表彰状は小学校の体育館で行われた集会で受け取った。わたしの他にも絵画コンクールで賞に撰ばれた六年生のお姉さんがいた。

 校長先生が賞の内容が記されている賞状を読み上げて、わたしは受け取った。


 マイク越しで名前を呼ばれた、みんなが体育座りをしている間を潜ってステージ下へと歩いて、階段をあがってーー。


 校長先生の『おめでとう』の声とみんなからの拍手の音。

 蜜柑笛を見つけていなかったら、ずっと忘れていたままの思い出だった。



 ***



「ひーちゃん、おばちゃんに預けて」


 わたしの家に来たおばちゃんは、わたしが忘れていた思い出の蜜柑笛を見て言った。


「『貸して』じゃなくて」

「『借りる』より、重荷がない言い方だと思うから」


 おばちゃんが不意を突くの言うことは、滅多になかった。でも、今日のおばちゃんはなんとなくだが、様子が違っていた。

 おばちゃんの目が、瞳がやたらとギラギラとしていた。まるで何かを一点にと、集中して見ているような顔つき。声は普通なのに、なのにーー。


 怖い、とても怖い。


 よくわからない、わからないけれど恐いというおもいが、わたしの頭の中をいっぱいにさせた。


 あの時、わたしが蜜柑笛をおばちゃんに『預ける』を拒んでいたらおばちゃんはどうなっていたのだろう。今更考えても仕方がないけれど、どっちみち避けることが出来ない現実を、結果的には見ることになった。


 わたしにはどうすることもできない、止めることができないが、おばちゃんに起きた。

 わかった時は『どうして』を、心の中で何度も叫んだ。それでもおさまりきれないおもいは、涙にして溢した。


 おばちゃんがいなくなる、消えてしまう。


 今のうちに受けとめようと、私は涙を溢したーー。



 ***



 あの日私はあることを姉に、陽菜里の母親に告げました。


 私は勤務先の健康診断で、ある項目に異常が診られました。

 掛かり付けの診療所で相談をすると、紹介状を渡されました。そして、紹介先の医療機関で詳しい検査を受けることになりました。


 因みに私が要精密検査となったのは、血糖値が異常に高かった。私が思い描いたのは毎日インシュリン注射をして血糖値を安定させることでした。


 でも、違いました。

 受診したのは、内科でも循環器科でもなく消化器科。問診、診察を経て日をあらためてより詳しい検査を受けた結果、主治医から告げられました。


 膵臓に悪性腫瘍がある。


 血糖値が高いのは、膵臓が腫瘍に侵されている為に、ということでした。

 手術で取り除くにも難しい箇所に腫瘍がある。だから、抗がん剤で腫瘍を小さくしてから手術をしましょうと、先生はおっしゃってくれました。


 運命と、いったらそれまででしょう。かといって、自暴自棄になることは私の持ち前ではないと、振り払いました。


 自分はいつか消える。

 遠くとも、近くとも訪れる現実を知るのは、正直にいえば恐いです。


 でも、思いました。

 思い出をあたためるは、当たり前の日々を過ごしていたらすることはないと、思いました。


 ひーちゃん、おばちゃんはまだいるよ。

 いるから、ひーちゃんと一緒に見た思い出をあたためさせてねーー。

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