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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
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つきあかり、ふんわり

 ふかふか、としているような月を見上げた。

 さわることができたらいいのにと、おもえるようなまるいかたちの月だった。


「ひーちゃん、そろそろ寝ようね」


 わたしはおばちゃんの家で、窓をあけて月を見ていた。

 窓からはいってくる夜の風はちょっとだけ冷たかった。わたしはやさしく言ってくれるおばちゃんを困らせたらいけないと、窓を閉めた。


「カーテンは閉めなくてもいいよ」

 おばちゃんは、わたしがカーテンの端を持っているところを見て声を掛けた。

 部屋には、布団が二組敷かれていた。わたしは自分の家から持ってきた青色のパジャマ上下を、おばちゃんは橙色のトレーナーと紫色のジャージ下を着ていた。

 わたしが先に布団の中へ入ると、おばちゃんは部屋の灯りを消してくれた。

 最初は真っ暗だったけれど、部屋の中がうっすらとした蒼いあかりで照らされていた。

 わたしは布団の中で仰向けになった。すると、さっきまで窓をあけて見ていた月が、窓越しで見えたーー。



 ***



 わたしは、夢をみていた。

 わたしは日本古城を遺産としている何処かの街の石畳を歩いていた。


 空模様は、曇り。


 緑が空に届きそうな街路樹が植わっていた路を歩いていた。

 国道と市電の線路がまじりあう中心街、若者層を取り入れるがコンセプトのショッピングビルディング。わたしは、其所の近くを歩いていた。


 路の向こう側に堀があって、流れる川もあった。歩行者専用の道は、人々が行き交いをしていた。


 わたしは、見た。


 たくさんの人が川の流れのように道を歩いている中におばちゃんがいた。

 わたしはおばちゃんの姿を見るのが精一杯だった。おばちゃんはわたしに気づいていないことにもわかっていた。


 おばちゃん、わからなかったよ。

 おばちゃんが何処に行こうとしていたのかわかっていれば、何としてでも止めにいった。


 絶対に、止めていたーー。



 ***



 次の日、わたしはおばちゃんとお出掛けをした。

 朝は持っていくお弁当をおばちゃんと一緒に作った。

 お弁当箱に詰めるおかずはどれもおばちゃんが前の日の夜に下ごしらえをしていたので、準備はととのっていた。

 手間ひまはかからないけれど、おにぎりと卵焼きは違っていた。

 おばちゃんがつくるおにぎりは、鮭は切り身を焼いてほぐす、おかかはかつおぶしに醤油とみりんを加えて混ぜ合わす。

 わたしはおばちゃんが用意してくれた具材でおにぎりをにぎった。おばちゃんは昆布とかつおぶしからとっただし汁を入れて、厚くてふわふわの卵焼きを作った。


「厚めのものを一枚多く羽織っていた方がいいよ」

 わたしは出掛ける為に長そでベージュ色のTシャツと紺のジーンズに着替えて、水色のソックスを履いていた。


「山に行くから」

「その通りよ。春になってあたたかいけれど、吹く風は冷たいの。ひーちゃんが風邪をひいたら大変だもの」

「パーカーは、駄目なの」

「そうね、ひーちゃんが着てきた上着は薄い生地でできているね。よしよし、ちょっと待っててね」

 おばちゃんは右の腕にグレー色の丸襟セーターを抱えていてた。

 ハイネックで赤いボーダー柄のシャツ、わたしと同じ紺のジーンズ姿だった。

 そして、おばちゃんは「ひーちゃんにあげる」と、言ってわたしにクローゼットから取り出した紫色でVの襟セーターを見せた。


 袖は長くて、丈も長い。

 つまり、わたしが着たら、だぶだぶのセーター。

「ひーちゃんが大きくなったらちゃんとぴったりになるわよ」

「うん、大切にする。大きくなっても絶対に着る。ありがとう、おばちゃん」


 わたしの髪をふたつに結ってくれるおばちゃん。

 出掛ける前の、おばちゃんとの出来事だった。



 おばちゃんの家から歩いて5分のところに駅があった。駅の近くに大型スーパーマーケット、美容院と音楽教室はもちろん、ペットショップやレンタルビデオ店だってあった。

 駅の外観は木のぬくもりが感じるような黒い壁と茶色の柱。中に入ると白い壁に駅周辺の地図のパネルが掲げられていて、自動販売機が設置されていた。

 ちょっと違うのは、駅員さんがいないこと。切符を買ったら切符を見せるはなくて、改札口を通れる。ちょっと詳しく言えば、駅に着いた列車から降りたお客さんは、切符を改札口にある箱の中に投入するだけで駅から出られた。

 そこからひとつ先の駅まで列車に乗った。

 列車の車窓から見えた風景は、いつもだったら走っていく列車をみる場所。

 歩く路、建物、公園と、次から次へと流れるように見えていた。


 おばちゃんも、見ていた。


「おばちゃん、あのね」

「一駅だけだから、あっという間に着いちゃうよ。でも、あとから乗る列車はうんと乗る時間があるから、ひーちゃんはたいくつになってしまうかもね」

 わたしはおばちゃんに声を掛けたけれど、お話ししたいことがあったけれど、おばちゃんがいうことに『違う』とは、いえなかった。


 河の上に架かる鉄橋を走る列車。

 ゆるやかにながれる河の水面に列車の影がゆらめいてうつっていた。



 おばちゃんは、お弁当が入ってる猫の足跡が柄のトートーバックの持ち手を左肩にかけていた。わたしはおやつと保温性がある水筒、そして折り畳んでいるレジャーシートを詰めこんだセキセイインコのキーホルダーをぶら下げた緑色のリュックサックをせおっていた。


 お出掛けをする目的の場所まで行くには、列車の乗り換えが必要だった。

 おばちゃんは、目的地へ行くために列車の切符を半年前に二人ぶん予約していた。そして、今日の日に乗ることになった。


 〔森のせせらぎ号〕


 六両編成の観光列車、運行期間は毎年3月から11月までの土日、祝日。そして、大型連休と決まっていた。


「乗せたかったの、ひーちゃんと乗りたかったの」

 おばちゃんは乗り換えるために列車を待っていたプラットホームで嬉しそうに言ってくれた。


 予約がいっぱいでいつ乗れるのかわからない。それでもおばちゃんはわたしを列車に乗せたい気持ちをいっぱいにさせて切符の予約をしてくれた。


 だから、夕べみた夢の話をおばちゃんにしなかった。

 話をしたら、おばちゃんが本当に夢と同じようになってしまうのではないのかと、思ったからだ。


『まもなく、森のせせらぎ号がまいります。危険ですから、白線の内側でお待ちください』


「ひーちゃん、もうすぐ列車が来るって」

 駅構内のアナウンスが聴こえた。

 おばちゃんが、わたしの手を握ってくれた。



 ***



 大型連休に合わせて列車の切符を予約したのは半年前。そうでもしなければいつ乗れるのかわからないほど大人気の観光列車。片道だけでもよかったのですが、往復ぶんを駅の窓口で申し込みました。


 私は決めていました。

 陽菜里とふたりっきりでの遠出は、お弁当を持っていく。陽菜里を前日から私の家に泊めるも決めていました。


 当時の陽菜里は小学三年生。親元を離れての外泊は、本人とってどんな気持ちだったのかはさておきです。

 陽菜里は就寝をせずに窓をあけて外を見ていました。何を見ていたのかは、私はわかりました。

 私が見ても綺麗な満月。

 私もずっと見ていたいとおもえるほど、まるくて大きな月のかたちでした。

 だから、カーテンを閉めようとした陽菜里をやさしく止めました。

 私も、つきあかりに包まれながら陽菜里の隣で寝ました。陽菜里の寝息に耳を澄ましながら寝ることができました。


 朝になって陽菜里と一緒にお弁当をつくる、身仕度をする。陽菜里にしてみれば慌ただしい時間だったかもしれませんが、私にとっては穏やかに時間が過ぎました。


 私が陽菜里にあげたセーターは、私の今までの時が刻まれている象。陽菜里の時にとけ込むことができるのならば幸いです。


 もう少し、まだ少し。


 私に陽菜里とのあたたかい思い出を見せてほしい。


 私は、まだ眠りにつきたくないからーー。

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