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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
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顔面キャンバス

 おめめはあおくてぱっちり、色白の肌。ひらひらの真っ赤な服を着ているあなたは誰ーー。


 ***



 クリスマス、クリスマス、クリスマス。


 わたしは家のリビングルームできらきらひかるクリスマスツリーを見ていた。


「陽菜里、テーブルにお皿を並べて」


 対面式キッチンのカウンター越しでお母さんがわたしを呼んだ。

 わたしは「うん」と、返事をしてお母さんが用意した積み重なる白くて小さなお皿5枚をリビングルームの中央に置かれているテーブルに運んで並べた。


 お母さんは、キッチンで料理を作っていた。

 ひとつは、手でちぎったレタスに輪切りにした胡瓜と薄く短冊切りにした人参、砕いたゆで卵のほかに玉葱のスライスとツナが山盛りのサラダ。もうひとつは、人参と玉葱のみじん切りにベーコンを加えて仕上げに粗びき胡椒をまぶしたコンソメスープ。


 ワゴンの台に乗っている炊飯器の吹き出し口からもくもくと、水蒸気が昇っていた。


「まてまて、しばらく蒸らしてから盛りつけをするの」

 炊飯器から出来上がりの合図として音が鳴ったので、蓋を開こうとしていたわたしにお母さんが止めにはいった。


「何分待つの」

 わたしはお母さんに訊いた。

「おばちゃんたちが来たときでいいよ」

「やっぱり、来るんだ」

「何か不満そうね」

 お母さんが苦笑いをした。


 おばちゃんだけ、だったらよかった。

 クリスマス会は楽しみにしていた。

 来るのがおばちゃんだけだったら、もっと楽しみにすることができた。


「陽菜里にとっては天敵だけどね、お母さんとおばちゃんだって大変なおもいをたくさんしていたの」

 お母さんも本当は嫌だったかもしれない。だから、すこしだけ本当の気持ちをわたしにいってくれたとおもった。


 わたしからおはなしが出来ない、深い深いおとなの事情。


 きょうは、クリスマスイブ。

 頭が痛くなることを、わたしは言いたくないーー。



 ***



 きよしこの夜は何処。と、しかいいようがなかった。


「ゴリ、めんこをするぞ」


 お母さんが炊飯器で炊いたピラフを大皿に盛りつけるところだった。


『ゴリ』とは、わたしのことだ。

 何故、そんな呼び方をするのかわからない。

 みたまんま悪ごろで、会う度に決まって何かと悪さをしてはわたしのお母さんから怒られていた。


 だけど、おばちゃんは連れてきた。


「ひーちゃん。おばちゃんが盛りつけをするから、そっちの相手をお願いね」

 市販のフライドチキンが入っている容器をテーブルの上に置いたおばちゃんが、もうしわけなさそうな顔でわたしに言った。


嘉治郎かじろう、クリスマスツリーの飾り付けにちょうどいいめんこの柄ね」

 わたしの右隣にいたお母さんの声がこわかった。


「お姉ちゃん」と、おばちゃんは心配そうに言った。


「ついでにいうけど誰がゴリなの、嘉治郎」

 お母さんは本当に怒っていた。顔つきは目が細く眉毛を吊り上げる、ついでに掌を固く拳にして右の踵を小刻みでおしたりあげたりをしていた。


「お姉ちゃん、嘉治郎はふざけただけよ」

 おばちゃんが言ったことは、お母さんの怒っている様子をとめるためにだったと思う。でも『相手』をかばっている言い方だと、わたしはおもった。


「あのね、嘉治郎は陽菜里より2才年上だけど、一応伯父さんだから余計に甘やかしは駄目だって、私が前にも言っていたの忘れたの」


 お母さんもわたしと同じ気持ちだったかもしれない。お母さんは、おばちゃんにきつく言い返した。


「私たちにとっては、弟よ。お姉ちゃん」


 わたしがみたおばちゃんの顔は、とてもかなしそうだった。


 お母さんはおばちゃんから視線をそらして「まずは、食事をしよう」と、鼻を膨らませていいながら、冷蔵庫の扉を開いて炭酸のジュースが入っている1.5リットルのペットボトルを2本取り出した。


「メリークリスマス」


 ジュースを注いだガラスのコップは、持ち手の形がトナカイの角。みんなで乾杯をすると、みんなは用意された食事を食べ始めた。


 楽しく、楽しく。

 わたしは、自分にそう言い聞かせた。


「嘉治郎、座って食べない」

「嘉治郎、手を洗いなさい」


 ーー嘉治郎、嘉治郎、嘉治郎。


 部屋をうろうろ。


 切り分けたクリスマスケーキを手掴みした。


 次から次へと『相手』を叱り飛ばすお母さんは、大変そうだった。


 騒々しい最中に「ひーちゃん」と、おばちゃんはわたしに声を掛けた。そして、赤と緑の色をした包装紙に包まれて、桃色のリボンが括られている長方形をした箱を渡してくれた。


 おばちゃんからのクリスマスプレゼントだった。


「開けていいよ」

 おばちゃんがいってくれた。


 リボンの結び目を解いて、包装紙に張り付いてるセロハンテープを丁寧に剥がした。出てきた箱を開けたら、わたしが大好きなテレビアニメーションに出てくる女の子の人形が入っていた。


 ピンク色の髪を左耳下で縛って瞳は蒼く、着ている服は真っ赤。履いている靴はブーツ。


「『アルマ』て、強いよね」

「うん。いつも『ルーク=バース』を叱っている」


 おばちゃんもアニメーションを観ているのかはわからないけれど『人形』についてのお話しをおばちゃんとすることができた。


「おれにもみせろ」


 わたしは長椅子に座って人形を抱えていた。左隣にいたおばちゃんは、わたしのお母さんと一緒にキッチンで洗い物をすると言って、わたしのそばから離れた。


『相手』がわたしの右横に立っていた。


『相手』は、さっきまで新聞チラシの真っ白な裏面に特撮戦隊ヒーローの落書きをしていた。だから、右手で黒のマジックペンを握りしめていた。


「いや」

 わたしはすぐに言い返して、おばちゃんとお母さんがいるキッチンにいこうとして長椅子から腰をあげた。


 一歩前へと、右足でフローリングを踏みしめるところだった。

 わたしは『相手』から突き飛ばされてしまい、はずみで抱き締めていた人形を離してしまった。


 人形は『相手』の足下に落ちてすぐにひろわれてしまい『相手』の左脇下に挟まれた。


『相手』は持っていたマジックペンのキャップを外し、人形を左手で持ちかえる。


 わたしが止めにはいる。は、間に合わなかった。


 人形の顔いっぱいに、黒いうずまき。蒼い瞳も真っ黒に塗り潰されてしまったーー。



 ***



 あんな嫌な仕打ちをされて、どうやってゆるせるのだろう。


 今でも、思い出す度に頭にくる。


 あれから何年もたっているけれど『相手』とは会うことはなかった。


「自分が『そっち』がいいと、さんざん甘やかしていたじゃない」


 お母さんとリビングルームで剥いた林檎を食べていた時だった。

 お母さんは、携帯電話で誰かと言い合いをしていた。


「あ、切った」

 お母さんは下顎を突き出して、携帯電話の通話終了スイッチを押した。


「おばあちゃんからなの」

「いつものことよ、愚痴るだけ愚痴って『もう、いい』で済ませる」


 お母さんは今でも大変な思いをしている。

 深く訊ねることはしないけれど、思い当たりはあった。


『相手』が今何をしているのか。

 私が知る必要はないし、興味さえない。


「陽菜里、仕事はいつから」

「明後日から行く。明日も大丈夫だから、私にしてほしいことをなんなりと申し出て」

「明日はおばあちゃん家に行くけれど、ついてくるはどうする」

「遠慮する」

「そう言うとおもったよ。悪いけれど、家の掃除と食料品の買い出しを頼むね」


 私は「いいよ」と、ひとつ返事をした。



 ***



 おもいでは、あたたかいものばかりではありませんね。

 もしも、あのとき私だけだったら。と、いまさらながら後悔をしてしまう始末でした。


 いろいろな事情をお話ししたいところですが陽菜里のことを考えると、とても言えません。

 陽菜里は、今でも傷ついている。だから、かたくに自分から名前さえも呼ばない、呼びたくないのです。


 時がもっと流れたら。いえ、時が流れきっても陽菜里の気持ちは変わらないでしょう。


 そうそう、あのときお顔をキャンバスにされてしまった『アルマ』さん人形がどうなったかといえばですが、陽菜里はちゃんと大切にしていると姉が教えてくれました。


 毎日髪をといて、お洋服を着替えさせる。姉が裁縫で使った生地の余り布で服を縫うもしていたそうですよ。


 姉は、陽菜里が『アルマ』さん人形に縫ってあげた服の型まで教えてくれました。


 ふんわりとした白いレース生地にぴっちりとした赤い絹の生地を縫い合わせたドレス。


 陽菜里はきっと、金魚をイメージして服をつくった。


 私は、そう思いましたーー。

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