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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
2/13

おはじきこんぺいとう

 赤、白、黄、緑。小さくて、とげとげの砂糖のお菓子を一粒ずつ口の中に入れてこりこりと、噛み砕く。



 ***



「お姉ちゃん、叱りすぎだよ」

「甘やかしたら、駄目だからね」


 わたしはおばちゃんの前でテーブルに金平糖を置いて弾き飛ばしていた。

 買い物から帰ってきたお母さんは、そんなわたしを見て凄く怒った。

 わたしは、わんわん泣いた。お母さんがきんきんとした声で、わたしのことにかんかんとしていたことが恐かった。


「おばちゃん、おばちゃん」

 わたしはおばちゃんのうしろにかくれた。


「お姉ちゃん、今日はお姉ちゃんが陽菜里のお世話を私にお願いしたのよ。陽菜里はお姉ちゃんの帰りをじっと、待っていてくれた。ちょっとした遊びを陽菜里に教えたのは私。お姉ちゃんが怒る相手は、私。責任は私にあるから、陽菜里に可哀想なおもいをさせないで」


 いまおもえば、おばちゃんはわたしのことをかばってくれた。わたしはお母さんが恐くておばちゃんに逃げた。


 おばちゃん、ごめんなさい。

 わたしは、今でも金平糖が食べられない。

 おばちゃんも、金平糖を食べなくなったよね。

 でも、これからはおもいっきり食べてよね。


 もう、目を覚まさないおばちゃんは狭い箱の中にいた。

 カーネーション、ガーベラの花びらの色はピンク。青紫色の花房の竜胆りんどう、そして綿毛のようにふかふかとした霞草におばちゃんは埋もれていた。


 わたしは、金平糖の一粒をおばちゃんの口の中に含ませて、袋いっぱいにつまる金平糖をおばちゃんの両手に持たせたーー。



 ***



 わたしはお母さんが運転する軽乗用車の助手席でいつのまにか寝ていた。目を覚まして、持っていたはずのガラス細工の金魚がないことに気づいた。


「ライト、ライト」

「もう少しで家に着くからがまんして」


 すぐにでも見つけたいと、わたしは乗用車の中を照らすランプのスイッチを押した。しかし、夜間の運転中に車内を明るくするのはあまりよくないらしく、お母さんの機嫌は悪かった。

 わたしといえば、車内のあちこちに手を伸ばして身体をよじらせているうちに具合が悪くなってしまった。


「もう、寝なさい」

 自宅の車庫に軽乗用車を停めたお母さんは、わたしを車内からおろして、身体をささえてくれながら玄関まで連れていってくれた。


 お母さんは、ガラス細工の金魚をさがしてくれたーー。



 ***



 陽菜里には可哀想なおもいをさせてしまった。と、思います。あの一件以来、陽菜里は金平糖が嫌いになってしまいました。


 私の姉。つまり、陽菜里の母親の帰りを待つ。どんなにこちらが可愛がっても当の本人は母親が良いと、いうのは普通のことです。


 あの日も、陽菜里は見た目ははきはきと明るくしていましたが、陽が沈む頃にはどことなく不安げな様子でした。

 私には、焦りがあったかもしれません。だって、姉が帰宅して見つめる先に泣き顔の陽菜里。そう、想像をしたら何とかして何事もなかったような状況を見せたいと、思いつくのでした。


「ひーちゃん、ほら」と、私は姉が陽菜里のおやつにと、用意して余っていた金平糖をテーブルに6粒並べました。

 そして、一粒を右のひとさし指でちょこんと、弾きました。横滑りをしてる金平糖を陽菜里は嬉しそうにして見ていました。


 陽菜里は「ひーちゃんも」と、小さい指さきで金平糖を突いては滑らせるをしては、はしゃいでいました。

 陽菜里は楽しかったのですね。

 もっともっとと、金平糖の粒をテーブルの上にのせてほしいとせがみました。その度に金平糖は陽菜里の指さきによって弾かれました。何粒も、テーブルからぽんぽんと、溢れては床上に落ちていきました。


「陽菜里っ」

 叫ぶ声は、私の姉。つまり、陽菜里の母親です。

 陽菜里は、びっくりしたのでしょう。座ったまま背筋をぴんと、伸ばして金平糖を弾く指さきさえ止めました。

 声色もそうですが、姉の陽菜里を見る顔つきは、私が見ても身震いしました。


 子育て。と、いうのは飴と鞭の繰り返し。姉は、厳しくもやさしくを心掛けて陽菜里を育てていた。それは、私だって解っていました。

 でも、あまりにも厳しすぎるのでは。と、思いもしていました。

 陽菜里の腕を掴んで顔を見ながらきつく叱る、金平糖を玩具にしてしまった理由を問い詰める。陽菜里はとうとう、大泣きをしました。それでも姉は容赦なしの態度として、陽菜里に手を揚げようとしていました。

 陽菜里は震えながら私のうしろに隠れました。私は、姉の手首を掴んで陽菜里を護りました。


 ーーおばちゃん、おばちゃん。


 本当だったら『おかあさん』と、母親に飛びつくをしたかった筈です。


 なのに、なのにーー。


 確かに、陽菜里は可愛くて堪りません。愛くるしい姿、発想ゆたかな言葉。私は、陽菜里のひとつひとつをやさしく、あたたかく受け止めていました。


 私は、姉から陽菜里を奪っていた。かもしれません。だから、自分への懲罰として金平糖を食べないと、かたくに今の今まで誓って生きました。


 ひーちゃん。


 私のことは気にしなくていいから、お母さんを大切にしなさい。

 お母さんを、うんと長生きさせなさい。


 私は、ひーちゃんのおばちゃん。


 おばちゃんだから、ひーちゃんのことを遠くで見つめるしかできない。


 見つめることを持って、遠くに行ってくるね……。




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