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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
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ばいばい、またね《4》

 わたしはぐっすりと眠っていた。ぐっすりと眠っていたけれど、枕元に置いていたスマートフォンからの災害時緊急警報音で目を覚まして、布団から起きる。


 耳を澄ますと家の外が、車のエンジンを掛ける音が、車のドアを閉める音が、ご近所さんのざわざわとしている声が、耳を澄ますと聞こえていた。


『陽菜里、今何処にいるの』

 わたしはスマートフォンを握って、母から着信した通話をした。


「家にいる」

『早く、避難しなさい。お母さんの家の玄関の天井は抜け落ちたよ』


 まだ、半ば寝ている状態のわたしには、母が言うことにさえ頭の中にまるっきり入るが出来ていなかった。


 通話を終わらせて、寝室の蛍光灯を灯す。


 壁にくっつけるように置いていたカラーボックスが、隙間をつくってずれてると気付いた。おばちゃんの写真立ては落下をしていなかったが、写真の表面をふせるようにして倒れていた。


 うっすらと暗い、隣の四畳半に目を凝らす。さらに移動をして蛍光灯を灯した。


 何故、こんなところに。と、置いたことに覚えがないオーブントースターが畳の上にあった。

 テレビのディスプレイが、いつもの位置になかった。


 頭の中で霧が晴れるように、徐々に、今見ている光景の理由を考え始める。

 テレビのディスプレイを元の位置に置いて、電源をいれる。


 漸く、地震が発生したことに気付いたのであったーー。



 ***



 会社は指定休日だった。偶然とはいえ、また、まさかの出来事を経験してしまった。


 家の中を片付ける。を、考えるが、おとといから何かと落ち着かなく、手をつけるのさえ億劫だった。


 外の様子を見ることにした。


 すっかり夜は明けていたから、回りの景色がよく見えていた。

 道路に面してご近所の家の敷地を囲っているブロック塀は地面から2段目までを残し、垂直の状態で道路に倒壊している、電柱は今にも倒れそうな位置に止まって、電線を弛ませていた。


 いつもだったら通勤するときにバス停まで走ってる路を、わたしは歩いた。


 ふと、道路を、足元に視線を向けた。


 砂が、いつの間にか撒かれてる。と、思った。

 歩く度に、見た状況があった。


 此処にも、其処にも、彼処にも。


 液状化現象。


 この時、わたしはそんな現象があるとは知らなかった。

 知ったのは、もっとあとだった。


 さらに歩こうと思っていたが、家に戻ることにした。

 いつも見ていた、3階建ての、ビルの1階部分が半分潰れている状態を見たら、家に帰ろうという気持ちになったーー。



 ***



 幸いに、わたしが住んでいる自宅では、ライフラインが寸断される事態はなかった。お風呂や手洗いなどの生活用水は共同井戸だから、井戸のポンプを動かす電気が通っている限りは大丈夫だった。

 しかし、ご飯を炊く、料理を作るなど、直接口に含む飲料水は別だった。

 水を買う、或いは共同の水道水を汲むをしなければならなかった。


 水道水は、断水して利用することが出来なかった。

 前もって2リットル容器に汲んで貯めていた水が3本あったが、さすがに使うことは躊躇った。


 テレビの画面に映るのは、地震関連の番組。

 映像も、おとといの放送された映像よりもっと大変な様子が映っていた。


 家は倒れなかった、わたしは怪我もせずにいられた。

 でも、素直に喜ぶはとても出来なかった。


 わたしは、テレビの画面に映る“現実”に『驚く』をするだけだった。

『驚く』のあとから『悲しい』がじわり、じわりと、頭の中に刷り込まれる。


 おばちゃんと見たことがある景色が、思い出のかたちが、消えた。消えてしまう様子が、テレビの画面に1日に何度も映っていたーー。



 ***



 陽菜里は少しずつですが“現実”を知ったのですね。

 感情を膨らますまではないものの、見るのがやっとだったのでしょう。


 私も、少しばかり陽菜里との思い出を語りますが、消えた思い出のかたちは幼かった陽菜里とよく見ていました。


 街の中にあるお城。天守閣を昇ってお城の天辺から街を見渡す。お天気が素晴らしく良い日は、遠くで連なる山から見える火山の噴煙も、はっきりと見えました。


 園遊会でしょうか。

 時々、お城のまわりで宴も催されていたことを覚えています。


 夜桜も観ました。

 幻灯、幻想、淡い景色の虜になったものです。


 四季折々を、お城は見守っていた。

 お城がある街、お城はずっとある、かたちを変えずにずっと街にある。


 ひーちゃん、あなたはやさしい。

 やさしいから、消えることをかなしいとおもえる。


 あなたとあたためた思い出は、今でもあたたかいーー。




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