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金魚風船  作者: 鈴藤美咲
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ぷかぷか、ゆらゆら

 わたしのおばちゃん家からほんの15歩のところに公園がある。けして広くはないけれど毎年町内会の夏祭りが催されていて、人が沢山集まって賑やかだ。

 公園は、いつもはひっそりとした場所。遊戯具はブランコとすべり台、砂場もあるけれど遊ぶ子どもの姿はめったに見られなかった。

 手入れもされていなく、地面は雑草だらけ。せっかくの花壇でさえ、花一輪も咲いていなかった。


 おばちゃんは、毎年夏祭りに誘ってくれた。小さい頃からずっと、誘ってくれた。

 屋台は5件。出店する件数は、公園の場所ではこれが限界だったらしい。でも、特設ステージはちゃんと置かれていた。

 カラオケ大会では流行りの歌だったり懐かしい歌だったりが聴こえて、屋台の側を通れば鉄板で炒めてる焼きそばのソースの薫りを鼻から吸い込むだけでお腹いっぱいになりそうだった。


 金魚すくいだってあった。

 だけど、わたしは泳ぐ金魚を見ているだけで満足していた。


「ひーちゃん、すくっていいよ。大丈夫、おばちゃんがお世話をするよ」

 おばちゃんがわたしに金魚すくいをすすめた。

 満足していたなんて、本当は違っていたかもしれない。おばちゃんがわたしのことをわかってくれていたかもしれない。

 わたしは、お母さんからもらっていたおこずかいの百円玉をお店のおじさんの手のひらのうえに乗せた。おばちゃんからおごってもらうはしなかった。

 もなかのポイを水槽のなかですばやく泳ぐ小さな赤い金魚の一匹に近づけて誘い込むまではできたが、水をはっている器に移す寸前に金魚は尾びれ背びれをひらひらとさせながら跳び跳ねて、水槽へと逃げてしまった。

 がっかりして泣きそうになっていた。すると、すくえなくても金魚は一匹もらえる。と、店のおじさんはわたしにさっき逃がした金魚をビニールの巾着袋に水ごと入れて、わたしにくれた。


「今日はこの中で泳いでもらうね」

 おばちゃんの家に帰っておばちゃんは、空のコーヒー瓶を台所の棚で見つけて、金魚が泳ぐ場所を移しかえた。


 夏祭りは、毎年楽しみだった。

 わたしが大きくなってもおばちゃんから夏祭りに誘われるが、いちばんうれしいことだった。


 でも、それももう、おしまいになってしまった。

 おばちゃんの家にはもう、いけなくなってしまう。そう思ったことを、思う度にこんなことってあるの。と、おもうことをしたくなかったーー。



 ***



陽菜里ひなり、これはあなたが持ってなさい」

 お母さんが、わたしにガラス細工の金魚を見せた。

「うん、そうする」

 わたしは、お母さんが持っていたガラス細工の金魚を手のひらで受けとめた。


 わたしは、覚えている。

 小学六年生の時に、修学旅行でお土産を買った。おばちゃんは、嬉しそうにうけとってくれた。


 わたしは今、そのときのおばちゃんと同じ歳。おばちゃんは、ずっとあのときの金魚を大切にしていてくれた。


「もう、此所には来ることないから、あとの品物は処分にまわすよ」

 お母さんの言い方が冷たく聞こえて、わたしはがっかりした。


「妹が今までお世話になりました。はい、明日契約解除の手続きをよろしくお願いします」

 お母さんは、おばちゃんが持っていた携帯電話で誰かと話しをした。


「はい、家財道具類も含めてです」

 何処かの業者がやって来て、お母さんは指示をした。

 次から次へと段ボールに詰められる道具と衣類。玄関から出せない家具は縁側の扉よりトラックの荷台に運ばれて、家のなかはがらんとなってなにも残っていなかった。


 なにも、残らない。こんなことってあるのだ。


「陽菜里、帰るよ」

 外は、すっかり真っ暗だった。

 わたしはお母さんが運転する軽乗用車の助手席で、景色をみるはせずにずっと手のひらのなかの金魚を見ていた。


 赤くて透き通る、丸い金魚。風船みたいな金魚は、泳がない。


 わたしは、覚えている。

 水槽で泳いでいた金魚がぷかりと、浮かんでいたことを覚えている。

 おばちゃんが飼っていた金魚が、浮かんでいた。


 おばちゃんは今きっと、泳いでいる。泳いでも疲れない、何処かで泳いでいる。


 金魚風船は、わたしの手のひらのなかで泳いでも疲れないーー。



 ***


「おばちゃん、金魚は風船みたいだね」

 姪の陽菜里がいうことに、私は目を丸くしてしまいました。

 陽菜里は、五歳になったばかりでした。住まいの近くにある公園の夏祭りに連れていったのですが、催しものとして金魚すくいもありました。陽菜里は水槽でたくさん泳ぐ金魚をじっと、見るだけでした。

 他の子ども達は、こぞってもなかのポイをもって金魚すくいをするのですが、陽菜里はしませんでした。


 せっかくのお祭りなのに。と、思いますよね。

 でも、陽菜里ならではの理由があった。それを知ったのは、あとからでした。


「お姉ちゃん、陽菜里は絶対信じているわよ」

「くれぐれも、陽菜里には内緒にしていてよ」


 私の姉は、陽菜里の母親です。何があったのかはわかりませんが、姉は陽菜里に金魚すくいをさせない為に、言い聞かせをしていたようでした。


 聞いたときは、おかしくてたまりませんでした。


 狭いところで泳ぐのは、金魚さんがかわいそう。と、うそ泣きをしてみせた。ちょっと、ずるいですよね。

 姉は金魚の世話が苦手のようで、そんなお芝居を陽菜里にしてみせた。と、いうところです。


 家で飼えないのであれば、私の家で飼うことにしよう。だから、次の年の夏祭りでは、陽菜里に金魚すくいをさせました。


 でも、生き物。私も飼い方が下手でした。


「やっぱり、金魚は風船みたいだね」

 落ち着いた言い方の陽菜里に、私は言い訳さえ思いつきませんでした。


 それから月日は流れました。

 陽菜里は、私にガラス細工の金魚を贈ってくれました。小学校の修学旅行で、私へのお土産としてでした。


 金魚風船。丸くて赤く透き通る形を、陽菜里と一緒に呼んだ。


 とても、楽しい思い出でしたーー。




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― 新着の感想 ―
[一言] 優しくて 可愛いくて 泣けてしまうお話 ありがとうございました<m(__)m>
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