二年分の想い
それから、ひとしきり泣いて、お姉ちゃんのハンカチを貸してもらって涙をふいてから、イスから立ち上がった。
「玲美?」
「私、家に帰るね。二人はデートしてきてよ」
私はまだ涙目で言った後に、無理に笑顔を作った。
「結婚のこと、ちゃんと考えるんだよ」
「玲美…」
「二人が結婚したいって思ってるんなら結婚してもいいよ。さっき言ったのは私の本音だけど、別に気にしてないし…」
「ありがとう。嬉しいよ」
「うん、じゃあね」
私は二人に手を振ると、店を後にした。
今日、先生に私の気持ちを伝えることだった。でも、先生は私なんかいなくてもお姉ちゃんがいるから大丈夫。先生は私を必要としてはいない。お姉ちゃんを必要としてるんだ。私は先生の“力”にはなれないんだ。だから、私の気持ちを伝えなかった。
「ただいま」
私が落ち込みながらも元気よく家の中に入る。
「あ、おかえり」
ママはいつもよりオシャレしてる。
「どっか行くの?」
「パパが仕事終わったら、映画観て食事してくるわ。お姉ちゃんとカレーでも食べててよ」
「うん、わかった」
返事すると、自分の部屋に戻る。
ママはいいよね。パパがいて…。お姉ちゃんには先生がいる。家族の中で私だけが一人。やがて、先生も私の家族の一員となる日がくる。
もし、二人が結婚しないならどうなるんだろ? 別れてしまうの? ううん、そんなこと考えちゃダメだよ、玲美。二人は自分達の未来を夢見てるんだから…。きっと二人は大丈夫だよ。ちゃんと結婚出来るから…。
部屋の中、ベッドに入り二人の結婚のことを考えてた。
お姉ちゃんのウェディング姿に、先生の背広姿。そして、甘い結婚生活。その前に新婚旅行だね。次々に浮かんでは消える二人の結婚生活。色んなことが頭に浮かんできて、チクリと胸が痛んでしまう。
「玲美、さっきの話なんだけど…」
お姉ちゃんが真剣な表情で私に何かを言いかける。
今日は二人共バイトが休みだから、お姉ちゃんは先生を連れて家に来たんだ。
「結婚のこと、もう少し考えてみることにしたんだ。昇と決めて…」
「玲美の言うとおり、あと少し待ってみることにした。別に急ぐわけじゃないってわかったしな」
「そうなんだ。私のこと気にしなくてもいいのに…」
「玲美のためだけじゃない。パパとママのこともあるから…」
「そう。オレらの考えが甘かったんだな」
先生は照れ笑いをしながら言った。
もしかして…私、自分の気持ちを伝えていいの? 今は自分の気持ちを伝えるチャンスだよ? そろじゃあ、お姉ちゃんが迷惑するんじゃないの? そんなこと、迷ってる暇はない。言わなきゃ、玲美。
「玲美、どうした?」
急に先生がポカンとした表情をした。
「……」
「玲美?」
「あのさ…」
「なんだよ?」
「一つ言わなきゃいけないことがあるんだよね」
「なんだ?」
先生に自分の気持ち、言うのよ。早く言うのよ、玲美。
「先生…」
「ん? なんだ?」
「えっと…あのね…」
「玲美、どうしたのよ? さっきから変だよ?」
お姉ちゃんも私が何が言いたいのか、わからないでいる。
しっかりしなきゃ、という思いが、私の鼓動を早くする。
「先生のこと…好きなの…。お姉ちゃんと先生が付き合う前からずっと…。二年前からずっと…好きなの…」
やっと言えた二年前分の想い。ずっと秘めていた想いが言えた。
私の告白で気まずい空気になる。
「玲美…」
私の名前を呟くお姉ちゃん。
先生はただただ悲しい表情で、私の顔を見つめてるだけだった。ほんの少し困った表情をして黙ったままだった。
今、自分にはお姉ちゃんと付き合っていて、結婚も考えている。だから、私と付き合えない。私の気持ちに応えてあげられない。私に傷つけるようなことは出来ない。優しい先生は、それが出来ないから何も言えない。そう思った。
お姉ちゃんも私の名前を呟いた後、うつむいたまま顔をあげないでいる。妹と同じ人を好きになるなんて…。きっとそう思っている。それはわかった。
「玲美、ありがとう。玲美の気持ちは嬉しい」
先生は笑顔で言ってくれた。
「先生…」
「玲美の気持ち、伝えてくれてありがとう。二年間、オレらのことを見ながらずっと我慢してたんだな。グッとこらえてたんだな」
「いいの。気持ち伝えたかったから…」
私は泣きたいのをこらえて、お姉ちゃんと先生を見た。
玲美、失恋してしまったね。この失恋をバネにして頑張らなきゃ。強くならなきゃ。先生に失恋したくらいでクヨクヨしてたらダメだよね。この失恋でもっともっと綺麗にならなきゃ。綺麗になって、次の恋が出来るようにしなくちゃ。今の恋は失ったけど、失ったぶん綺麗になれる。
初めての私の恋。この想いにサヨナラしなきゃ。この先も傷ついて傷つけあっていくんだね。二年分の想いを伝えて、先生をどうにかしようって考えてたわけでもない。心のどこかで、先生に振り向いて欲しい。そう考えてたのかもしれない。でも、先生の気持ちは動かすことは出来ない。先生の気持ちはお姉ちゃんに傾いてる。人の気持ちはどうすることも出来ない。今日、そのことがわかったよ。
明日からダイエットでもしてみようかな。とりあえず、実行してみよう。失恋してもダイエットくらいは成功したい。私なら出来るよね…。
先生が帰って、再び、私一人でいる。
失恋したくらいでクヨクヨしてたらダメって思ってても、一人になると好きだったことを思い出してしまうよね。せっかく決意したのに、その決意が揺らいでしまう。
先生が帰る時、寂しそうな表情をしながら、
「玲美、ごめん。でも、玲美の気持ちはよくわかったよ」
って言ってくれた。そして、最後に、
「オレのことで辛いのに、結婚を説得してくれなんて言って悪かった」
そう付け加えてくれた。
私は思わず涙を流しそうになったけど、こらえてコクンとうなずいた。
自分の気持ちを伝えて、失恋して、傷ついて、綺麗になれるように考えて、ほんの少し大人になった気がするよ。