二人の気持ち
お姉ちゃんは先生を連れて帰ってきて、居間でパパとママと私の前で、長い沈黙が続いた。
先生が「みどりさんが大学卒業したら結婚させて下さい」ってはっきりと告げたの。
パパとママは困惑してた。動揺してた。当の私は心の中で結婚を承諾しないでって叫んでた。でも、先生の目はとても真剣で、私には先生の心を動かすことは出来ないな、そう思った。
「無理だ。みどりを結婚させるわけいはいかない」
パパがやっと口にした言葉は、これだった。
一瞬、先生が唇を噛んだのがわかった。
「そこをなんとか…」
必死にパパを説得する先生。
「パパ、お願い」
お姉ちゃんも必死。
「みどりはまだ社会のことをしらなすぎる。結婚は早すぎる」キツく言い放すとパパは立ち上がって部屋に戻ったの。
「パパ!!」
お姉ちゃんが叫ぶけど、パパは振り向かない。
正直言うと、私はホッとした。
二人の気持ちはわからないでもない。だけど、ほんの少し結婚が早すぎる。お姉ちゃんが大学卒業するのは二年も先。卒業した後は少しは働いたほうがいい。最低でもお姉ちゃんが二十代半ばになるまでは待ったほうがいい。心の中で何度も思った。
「玲美、明日は学校、何時に終わるの?」
お姉ちゃんは私の部屋に来て聞いてきた。
あれから、先生は悔しそうな表情をしながら帰っていって、お姉ちゃんも悲しそうな表情をしてた。
「三時に授業が終わるよ」
「三時半には駅前の喫茶店に来れるかな?」
「来れるけど…なんで?」
「うん、ちょっとね…」
様子がおかしいお姉ちゃん。
さっきのこと気にしてんのかな?
「わかった。学校終わったら行くよ」
「ありがとう」
なんとなく元気がないお姉ちゃん。
「お姉ちゃん、結婚のこと一回で諦めちゃダメだよ。何度もパパとママに説得しなきゃ」
「そだね」
まだ悲しそうな表情をしながらうなずくお姉ちゃん。
私、何言ってんだろ? こんなはずじゃないのに…。ホントはお姉ちゃんに先生のこと取られたくないのに…。私だって必死なのに…。何してんだろ? ダメじゃない。お姉ちゃんに自分の気持ちを伝えなきゃ。そう思うけど、私の口が言うことを聞かない。
このまま、お姉ちゃんが大学を卒業しなければ、結婚なんてないのに…。
…「みどりさんが大学を卒業したら、結婚させて下さい」…
今、一番、私の中でそれは怖い。先生がお姉ちゃんと結婚することが怖い。それだけは嫌だ。二人を引き離すのはよくないけど、結婚だけはして欲しくない。先生が結婚したら、私の気持ちが伝えられない。私は先生への想いを重荷にしながら生きなきゃいけない。伝えるなら今のうち。早いほうがいい。そう思うけど、二人を見てると自分の気持ちを口に出来ない。結婚を夢に見ている二人には言えそうにない。
幸せになりたい、と心底思っている二人。ホントに幸せそうで楽しそうで、私の気持ちを伝えたら壊れてしまいそうな二人の気持ち。もう少し待ってから、私の気持ちを伝えよう。
駅前の喫茶店、私は三時半少し前に着いた。約束の時間まで二、三分はある。
お姉ちゃんの様子が気になる私は、喫茶店の中に入る。
「玲美っ!」
店内で響くお姉ちゃんの声。
私はお姉ちゃんの声のするほうを向く。
「来てくれてありがとうね、玲美」
「ううん、いいの。先生もいたんだね」
私は先生のほうにも顔を向けた。
私が席についたのを確認した後に、先生がゆっくりと口を開いた。
「あのさ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。玲美からお父さんとお母さんにオレらの結婚を説得して欲しいんだ」
「…え?」
「一緒になりたいんだ。この気持ちはみどりも同じなんだ」
「お願い。もう玲美にしか頼めなくて…」
お姉ちゃんが言う。
私からパパとママに結婚の説得をする…? そんなの…嫌だよ…。昨日のパパとママの困った顔見たくないもん。私、こんなことを聞くためにここに来たんじゃないよ。
「玲美…?」
先生が私の顔をのぞきこむ。
「…結婚するの…もう少し待ったほうがいいんじゃない…?」
やっとの思いで声を出して言ったけど、これには二人はビックリしてる。
「結婚資金とかもあるし…」
「それはオレがなんとかするよ」
「だって、先生が大学卒業するのって来年でしょ? お姉ちゃんは再来年だもん」
「別に式はお金が貯まった時に出来るって…」
「生活費はどうするの? 結婚したって今すぐに生活なんて出来ない。就職してからでも遅くないよ。最低でも二十代半ばになるまでは待ったほうがいいよ!」
昨日、心の中で何度も思ったことが言葉になって出た。
「大丈夫よ。私もバイトしてるし、お金はなんとかなるわよ」
「バイトしてでも無理だよ」
「玲美はオレらの結婚に反対してるのか?」
先生の口から出た言葉。
結婚に反対――。ずっとずっと、二人の結婚に反対してた私、ついにバレたんだよね。
「玲美、結婚に反対してるの…?」
お姉ちゃんの声が震えてる。
「…してるよ…。はっきり言って、お姉ちゃんと先生…結婚して欲しくないよ」
「玲美…」
「二人は幸せでいいかもしれない。ちゃんと将来のことを考えているのもよくわかる。だけど、周りのこともよく考えてよ。二人のこと、全てが全部に応援なんて出来ないよ…。なんか、ちょっと違ってるような気がするんだもん」
私は今にも泣きそうになりながらも、涙が出てくるのをこらえながら言った。
「仕方ないわよ。二人で決めたことなんだから…」
「仕方なくなんてない!」
「オレらが結婚を決めたのは、ホントに一緒になりたいからなんだ。決して、玲美が考えてるものなんかじゃない」
先生が私を説得するけど、私の考えと気持ちは、そう簡単には動かない。私の気持ちと二人の気持ちが対立しあって、どっちも譲らない。
「そんなことわかってるよ。わかってるけど考え直したほうがいいよ」
「だから言っただろ?! オレらは何度も考えて考えて決断したことなんだ!」
先生の言い方がキツくなる。
「昇、やめて。もういいわよ。玲美の気持ちはわかったから…」
「みどり!」
「もう一度、考え直したほうがいいわよ。今の状況じゃ、パパとママは反対するのはわかってたけど、玲美に言われたらキツいわよ」
お姉ちゃんが私の隣に座りながら言った。
「昇、玲美の気持ちも考えてあげようよ。ねっ?」
「そうだな。少し言い過ぎた」
先生は冷静になるとため息をついた。
そして、私の頬に涙が溢れた。
「玲美…」
「二人が嫌いでこんなこと言ったんじゃない。二人のこと好きだから…」
涙で目の前がボンヤリして見える。
お姉ちゃんは泣いてる私を優しく抱き締めてくれた――。