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第九章

「ギャアアア――――――ッッ!!」

耳をつんざくような絶叫がこだました。

男が苦痛にまみれ、地面にのたうちまわっている。


「どいて、どいて、ブライ!!」

呆然と立ちすくでいる野盗を次々とつきとばし、セシリアは奔る。

その狼狽ぶりはふつうではない。周囲のようすも殆ど目に入っていない。

顔面は蒼白で、思考もなにもかも吹き飛んでいるようであった。

野盗から身を隠していたことも忘れ、セシリアは倒れた男に駆け寄った。

「―――アッ!」

セシリアは息をのんだ。


「グウオオォォォッ!!!!」

おびただしい血を流し、のたうちまわっているのは、ルゴルスだった。

そして、抑えている腕の先がない。

手首は、柄をかたく握りしめたまま、両刃斧とともに大地に突きたっている。



「―――炎を使え。出血で死ぬぞ」

ブライが叫ぶ。

肉の焦げる異様な臭気がただよった。

ルゴルスが切断された傷口に、火炎を放射したのだ。


「グウウウウウッッ!!」

あまりの激痛に、爬虫類の顔をゆがめるルゴルス。

焼灼止血法が功を奏し、それで出血はおさまった。


「いったいなにが・・・」

呆然とつぶやいた矢先―――


「どうしたセシリア、なにか急用か」

いつもの調子で、その傍らに立っていたのはブライだった。

彼はばたばたと、盛大に燃えたマントの火を消そうとしている。

それが無駄な努力とわかると、舌打ちとともに投げ捨てた。もはや使い物にはなるまい。


「さらばだ、マント。おまえとは長い付き合いだったが・・・・・」

ぶつぶつと、大まじめな顔で別れを惜しんでいる。


「――――馬鹿!!」

セシリアは叫んだ。

これにはあきらかにブライもむっとしたようすで、

「なんだ、だれが馬鹿だ。馬鹿というやつが馬鹿だ」


「ばか、ばか、ばか!!」

聞いていない。

セシリアはブライの胸元を、どんどんと叩きつつ、くりかえす。

かよわい力だった。きっと見上げた瞳から、大粒の涙がこぼれている。


「むう・・・」

ブライはめずらしく、狼狽の色を浮かべている。

どう扱っていいのか困惑しているのだ。

ぎゅっと抱きしめると壊れそうなぐらい、細い。

おそるおそる、といった感じで彼女の頭をぽんぽん、と叩き、


「泣くな、俺は平気だ」


「・・・・・・うん」


「一体全体、なにが起こったってんだ、一瞬の出来事すぎて、脳がおいつかねえ」

野盗のリーダーが、頭をかかえている。


「最初から、この男は狙っていたのさ」

灼いた傷口に布切れを巻きつけながら、ふらふらとルゴルスは立ち上がった。


「そうかもな」


「いや、そうだろう。おまえは最初から、俺を殺すつもりがなかった。でなければ、あの動きは納得ができぬ。この武器だけをねらうがために抜かなかった」


ブライが跳躍した瞬間―――ルゴルスが好機と見て、炎を放射したとき―――すべては既に決していた。

ルゴルスの立てた推測は、間違っていた。

彼の付与された能力は飛翔(ジャンプ)だったのだ。

―――盲点だった。

とルゴルスも認めざるを得ない。

高速をかわすには、高速をもって対するしかない、という先入観こそが、すべてを曇らせていた。

旋回する竜巻の頭上ごと超えれば、ダメージなど生じるはずもなかったのだ。


そして、あの刹那――――

たしかに狙い通り、ブライは跳躍した。いや、飛翔した。

だが彼の飛翔は、追いつめられ、尻尾から宙へ逃れるためのものではなかった。

ある目的のもとに、指向性を持って跳んだのだ。

大刀ごと、独楽のごとく縦回転しつつ翔んだ。

すなわち、速度増加(ブースト)の源である斧へと。

抜け目のないことに、跳んだ余勢を駆って、回転しつつ背の大太刀を抜いている。

空中で、戦斧と大刀が交差した。

横回転と縦回転。

刀と斧。

―――断ち切られたのは、斧だった。


火炎を噴く可能性も万が一の可能性として、念頭においていたのだろう。

でなければ、外したマントが偶然、ルゴルスの顔の前に来るという事態はありえない。

すべての攻撃を見透かされていた。

腕の痛みよりも、あらゆる戦術で上回られたというショックの方が大きいのだろう。

ルゴルスは俯いたまま、

「これほど強い人間に逢ったことはない・・・・俺の完敗だ」

いさぎよく敗北を受け入れた。


「引いてくれるか」


「無論だ。勝敗は決した。斧の加護も断ち切られているし、おまけにこの腕だ」


「・・・これからどうするつもりだ」


「いい治癒師(ヒーラー)に会うころには、手は腐りはてているだろう。接合はあきらめている」

戦士として、利き腕を失うのは致命的だ。

大怪我がもとで職を失う傭兵はごろごろいる。


「やめるのか、戦士を」


「―――まさか。俺にはこれしか能がない」

心なしか、晴れやかな顔つきだった。覚悟が決まったのだろう。


「闘いは終わらぬ。利き腕ではない方を鍛錬してでなおすさ」

ルゴルスの瞳は不屈にかがやいている。


「―――そうか、どこかでまた逢うかもな」


「ブライ、おまえは虎と最初に名のったな」


「いや、気のせいだ」


「まさか、おまえは七獣の・・・・・・」


「気のせいだ」

執拗にくりかえした。

かたくなな態度にルゴルスは苦笑し、


「わかった。そういうことにしておこう」

ルゴルスは懐から貨幣の詰まった革袋をとりだし、そっと地面に置いた。


「仕事は果たせなかった。これは返す」

ルゴルスはちらりとブライに惜別(わかれ)の眼差しをおくると、静かに去っていった。

痛みをみじんも感じさせない、颯爽たる背中を残して。

今回は難産でした。次章で最後の予定です。

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