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第四章

 帰路は特に何事もなく、三人はフフォーレ村へと帰ってきた。


何事もない、というのは虎だけの感想だったかもしれない。

 ノギトだけは、やけに憔悴した顔つきをしていた。

 それというのも道中、セシリアがやたら狼に噛みつき、虎は飄々とした態でさらに彼女の怒りに火を注ぎ、それを彼がなだめるという展開を何度もくりかえしてきたのだ。

ふだんはこのような態度をとる娘ではないのだが、なにか生理的に合わないものがあるのか、やたら虎に対しては攻撃的である。

 さすがに精神的な疲労がたまっていた。


「ところで虎、この村にも宿はあるが、誰か知り合いはいるのか?」


「俺は傭兵だよ。風の流れるまま、気の向くままさ」


「要するに宿無しの甲斐性なしってことね」


「まあ、そうとも言うな」


「とりあえず、村長に会ってくれ。悪いようにはしない」


 ノギトのすすめで、虎は村長に会うことになった。

村長は六十過ぎの白髪白髭の男だった。

この殺伐とした時代、この年齢まで無事に生き抜くことは奇跡にちかい。

おだやかな人柄に加え、村の生き字引として村人からの尊敬を受けている。

ノギトから、野盗を撃退しふたりを助けたはなしを聞くと、彼は大いによろこんでくれた。


「そんな凄腕がこの村にきてもらえるとは助かる。ここのところ、モンスターや『夕焼けの窃盗団』が活発化して、村人たちはおちおち薪も拾いに外出できないのだ」


「あいつら、そんな恥かしい名の盗賊団だったのか」


「名前はともかく、脅威にはちがいない。この村はレンクツド男爵の領土なのだが」


「―――治安維持のための派兵はない、と」


村長はしぶい顔つきで頷いた。


「この村は見捨てられたのだろう。小さい村ゆえ税収も大して期待できない。それより貴重な兵士を戦いで損傷させたくない。そんなところだろう」


村には領主から派遣された徴税官がいるが、頑丈そうな執務室にこもりきりで、ひたすら羽根ペンを動かしているだけだ。めったに村人の前にも姿を見せないという。

村人がたびたび陳情に向うため、村の状況も把握しているはずだが、治安が回復しそうな気配はない。


「よくあることらしい」と村長はいう。

どこの領主も、経営は決して安泰ではない。

領土の治安もろくに保てないほど、貧弱な財政基盤の領主もすくなくはないのだ。

おそらくその徴税官も、なけなしの税を受け取ると、すぐに都市へ帰っていくのだろう。


「そう悲観することはない、そのうち何とかなるだろう」


「―――だといいがね」

村長は肩をすくめ、

「それはさておき、村人を助けてくれた礼として、ささやかな宴を催したいが―――」


「ふむ、ことわる」


「なぜだ」

これは村長も意外だったらしく、目をまるくする。


「それよりも、しばしこの村に滞在する許可をもらいたい」


「それは別にかまわんが、なにか具体的な要求でもあるのか」


「どこか空き家でもあれば、そこの軒下を貸してほしいのさ。なに、一週間もあれば勝手に出ていく。どうだろう」


「村には宿屋もあるが」


「――――迷惑がかかるやもしれん」


「ふむ・・・・・」

村長は虎を見た。

ふてぶてしいまでの飄然とした態度、しかし、底に揺るぎない芯らしきものがある。

素性も知れぬ男だが、なにか惹きこまれるものを感じたようだ。


「わかった、そのように取り計らおう。他になにかあるかね」


「外に用事があれば言うといい。用心棒のまねごとぐらいはする」


「それは助かる、よろしく頼む」

交渉はこうして終わった。


虎は村の外壁、東門の近くの家を提供された。

二年ほど前、町へ移住した男がいたそうで、それ以来、空き家になっているという。

住むひとが絶えると、家は荒れる。門構えこそ立派なものだったが、中の様子は壊滅的だった。

壁板が何者かに剥がされ、外から家の内部はほぼ丸見えの状態になっていた。

が、虎は気に入ったのか不平ひとつ漏らさず、ノギトからもらった藁を床に敷いて、そこでごろごろとしている。

せまい村のなかだ。ノギトたちの話もあっという間に伝わった。

野盗を撃退してくれた、へんな傭兵がきたというので、よく村人が訪ねてきた。

虎は寝そべったままの、だらしない格好で応じたが、不思議とだれもが不快感をもたなかったようだった。

 むしろ、剣の達人でありながら、飾らないおもしろい男、と好意的に受け取られたようだ。


 それから五日ほど、虎は村に逗留した。


村人から頼まれると「やれやれ」とぼやきながら、護衛としてついていった。

猟師のアランが狩りに出かけたときは、大型モンスターに遭遇したらしい。

ゴズマという名の、大型の熊に似た怪物だ。体毛と筋肉が鎧のように硬く、矢や剣がほとんど通らない。火で焼き殺すのが上策とされているが、森での火矢は危険が伴う。猟師の天敵といってもよかった。

腕のいい猟師であるアランは、セシリアの弓の師でもあるが、これにはとてもかなわない。


「あいつだけは手に負えない。逃げるが勝ちだ。―――だが、あの男は」


護衛についていった虎は、猟師めがけ突進するゴズマの前に立った。

そして、刀光一閃。

上段からの一刀で頭蓋を両断したそうだ。


「とにかくすごい男だ。抜き手が見えない。並の傭兵ではないな」


猟からもどったアランは、珍しく多弁だった。

ひと仕事終えると、酒場で安酒をあおるのがアランの習慣だったが、アルコールが回っても、寡黙なのがいつもの彼だった。

しかし、この日は異様だった。

エールを一杯あおるなり、興奮冷めやらぬ、という態で、虎の話を語りだしたのだ。

ここでノギトは、アランからおどろくべき話を聞いた。

報酬のはなしとなると虎は、「獲物を分けてくれればいい」と無頓着だったそうだ。

剣の腕前よりも、ノギトにはこちらの方が意外な話だった。


「なんだって?」

「なんだって?」

と、思わず二度聞きしてしまったぐらいだ。


がめつい男というのが、ノギトの虎に対する評価だったが、どうやら違うようだ。

傭兵にもランクがある。虎ほどの腕前の傭兵をギルドに派遣依頼すれば、金貨数枚が必要になるだろう。

それは村人全員があつまっても払えるかどうかわからない。


「あってはならぬことだ」とアランはいう。

彼は冒険者をなりわいとしていた時代があったのだ。


「傭兵は受ける仕事の難易度によってランクが決まる。成功すればランクもあがるし収入も増えるが、おのれの力量を測り損ねれば死だ」


「つまり、傭兵は生きて戻らねば報酬を手にできない、というわけじゃな」


「そうだ。A級の仕事ならばC級の数倍の報酬を受け取ることができる。ただし、それだけ死の危険が高い仕事ということでもある。傭兵は文字どおり、血のにじむような努力をしてランクを上げていくのだ」


「あってはならぬこと、というのは」


「そこだ。下手におのれの相場を下げてしまえば、こう言い出すものが出てくる。『あいつにはあの金額でよかったのに、こちらはなぜ駄目なのだ』と。最悪、今後その下げた価格で仕事を請け続ける羽目になってしまう」


「命を張って報酬を増やしてきたのに、それを下げる馬鹿はいない、か」

なのに虎は、金を受け取らなかったという。


ノギトは初対面のときを思い返していた。

金をひと一倍欲しがっていた虎、そしてタブーを犯してまで自身の値を下げた虎。


―――いったい、どちらが彼の本当の姿なのだろう。

と、彼はひとり思い悩んだ。


更新は3日後を予定しています。

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