アルティメス
クロウの登場が世界を変える!
ルーヴェは愛機であるアルティメス・クロウと共に仲間の女性オペレーターから指定された座標に向けて滑空を続けていた頃、クロウのコクピット内で異変の兆候を知らせるアラートが鳴り始める。
ルーヴェはそれに気づくと正面のパネルにあるレーダーに何かが動いていることを発見する。
「!」
そのレーダーに映る反応とは、一つが大きく動いているものと五つの反応が固まって動いているものであった。ルーヴェはすぐさまその地点まで趣くと、そこには廃墟の中を走るトラックが確認できる。
そのトラックとは、当然レジスタンスである。そしてそれを追いかけていた反応の正体をルーヴェはすぐに察することができた。
ルーヴェはクロウの右手に持っている黒いライフル"ゼクトロンライフル"をその五つの反応を向け、右手でレバーにあるスイッチを入れる。するとライフルの銃口から青い光が放たれた。これが彼、いや彼らの始まりを告げる合図だ。
その五つの反応の正体はもちろんレジスタンスが敵対するべき存在、ガルヴァス帝国の主力兵器であるディルオスであった。彼らは自分たちに何が起きたのかは知らない。彼らの目には天からの裁きを受けたように思えたのだろう。だが、その正体を知ることもなく意識を深い闇に落とした。
彼らの行く末は上から見下ろすルーヴェしか知らなかった。なぜなら、その裁きを実行したのは彼しかいなかったからだ。
それが終わると今度は別の地点で停止している反応をレーダーが補足した。その反応がいくつか存在すること、補足した場所が自身の向かう先にあることを確認するとルーヴェは視線をその方角へ向けつつ、左のレバーを前に押し出すとクロウは背中のスラスターを噴射させ、その地点まで趣いた。
その地点に到着し、上空で停止したままモニターのカメラ視点を切り替えると、地上には一体の灰色のディルオスを中心に、五体の緑のディルオスが囲んでいた。
「これは……」
ルーヴェは思わず目を丸くする。すぐに六体のディルオスをすべて照合するが、どれも同じ系列のものだと確認する。ただし、カメラ視点では一機だけ色が異なっている。明らかにガルヴァスとは異なるものであり、ルーヴェはその正体を朧げに探った。
(灰色のは……まさかレジスタンスか?)
自分が見下ろす地上で今起きていることに疑問を抱くルーヴェだったが、大当たりである。それは片桐春馬がガルヴァス軍のシュナイダー部隊に追い詰められている様子であり、その命が散らされようとしていたのだ。
その緑のディルオスが灰色のディルオスにマシンガンを向けているのを見ると、ルーヴェは絶体絶命の事態だと理解する。
ルーヴェは危機を回避させるために【ゼクトロンライフル】の銃口を、マシンガンを構えている緑のディルオスに向けて照準を合わせる。そして、ライフルの銃口からまた青い閃光が放たれた。
ガルヴァス軍の偵察機が上から廃墟を見渡せるように大空を旋回していた時、廃墟の上に立つあるものを見かける。それは得体の知れない黒いシュナイダー、アルティメス・クロウであった。その佇まいはどこか、圧倒的な威圧感がにじみ出ていた。
『な、何だ、あれは? すぐに別働隊に連絡しなければ……!』
偵察機に乗るパイロットはガルディーニとは異なるシュナイダー部隊に連絡しようとするが、どこか異変が起きていた。それは二人に衝撃を受けることになるのは、そう時間はかからなかった。
反対に地上では、ディルオスを操縦していたガルディーニとメリアが、廃ビルの上でそびえ立つクロウを見上げつつ、分析を始める。
「黒い……シュナイダー?」
「テロリストめ、あんなものまで隠していたのか?」
ガルディーニはレジスタンスがまだシュナイダーを隠し持っていたことに疑問を抱える。全高だけでもディルオスと特に変わりはしない。シュナイダーであることは間違いないのだが、拭い切れない不安が常に体にまとわりついており、冷たい汗がいつ流れてもおかしくなかった。
だがその疑問は彼との通信を開いていたメリアの言葉によって一瞬で吹き飛ばされた。
「お待ちください! テロリストに……いや、この国にあそこまでの技術があるとは思えません! それに……あれは空からやって来ていました!」
「な、何だと!?」
「シュナイダーの単独飛行など、我々でも未だに完成させてもいない技術です!」
メリアは自分でも錯乱しているのかと自覚する程、目の前の光景に対して信じられない様子でガルディーニと通信を交わす。
彼女の言葉はいかにも現実を否定するものではあるが、実際は嘘をついているわけではなく確実に的を射ていた。彼女の隣にいたガルディーニも、それを聞いていく内に困惑し始めた。
元々、ディルオスは地上戦を想定した設計となっている。倒そうにも相手も同じシュナイダーを操縦しない限り、実現することはないのが現状だ。
もっとも、単独による空中浮遊といった机上の理論というべき技術は未だに完成させてもおらず、何年かかかることは予想できないわけではないし、そう簡単に敗北することなど有り得はしなかった。
だが、技術も時代も唐突に変化が起きる。今彼らの視線の先にいるものは、まさしく自分達にとって未知の産物であった。形状をよく見ても自分達が所有するシュナイダーとは大きく外観が異なり、完全に"異物"と呼べる印象を持つ上、何故か良くない予感を常に醸し出していた。
メリアの言う通り、シュナイダーを製造する技術はほとんど彼らの故郷であるガルヴァス帝国が独占しており、他国にもほとんど渡ってはいない。無論、シュナイダーを新造させるにはガルヴァスから技術を盗むか、彼らが所有する既存のシュナイダーを、独自のルートで手に入れるしか方法は残されていないのだ。
おそらく、レジスタンスが保有する灰色のディルオスも独自のルートで手に入れたものらしいのだが、確証はない。だが、同じ色というのが気に入らなかったことと、自分達の所有物であることを示すためか灰色に塗装させていた。
しかし、彼らの目の前にあるのは紛れもなく帝国でも知られていない、新造されたシュナイダーであることに間違いはなかった。もちろん、その事情を知っている片桐もガルディーニたちと同様に心を奪われ、目の先にいるクロウに驚くしかなかった。
だが、その構想を吹き飛ばす、さらなる衝撃がガルディーニたちに襲いかかった。
「ガルヴァーニ卿! 先程からですが、別働隊との連絡が来ません!」
「何!?」
「テロリストの車輌を発見しようと思ったらいきなり通信が切れたと偵察機から連絡が……!」
別働隊との連絡が来なくなった原因は当然、ルーヴェが乗るアルティメス・クロウである。ガルヴァーニ達に現れる頃には、既に始末した後だったのだ。
自動的にガルディーニたちは、自分たちがいるこの部隊だけでクロウを相手にすることとなってしまったのだ。
ガルディーニは苦虫を潰すように歯ぎしりしつつ、その元凶であるクロウに相手を貫くような視線を向ける。
一方、片桐はクロウが現れたことに対してガルディーニとは異なり、冷静に頭を整理させていた。
(敵の新型か? ……しかし、奴らを攻撃したのは紛れのない事実だが、あいつらの味方ではなさそうだけど……)
片桐は不思議そうにクロウを見つめる。すると何かを見つけ、目を細めた。
「……?」
何か気になったのかと片桐はパネルを操作してモニターのズームを拡大し、クロウの左肩を映し出すとそこに刻印として刻まれていたカラスのマークを発見した。それを見た片桐は思わず顔をしかめる。
「何だ、あれは? ……カラス? 訳がわからん……」
何の冗談なのか、よく分からず疑問を抱いたままの片桐だったが、それを挟むようにコクピット内にアラートが鳴る。その音を聞いて我に返った片桐はそのまま通信を開くとスピーカーから仲間のの声が響いた。
「片桐、お前無事か!? 返事をしろ!!」
「聞こえている! 今どのあたりだ!?」
「今東京の郊外の近くにまで来た! もう少しで抜けられそうだから一旦そこで落ち合おう!」
「わかった! すぐ行く!」
日下部との通信を終えた片桐はこの状況を打破するためのチャンスと思い、ディルオスのキャタピラを起動し、包囲網を抜け出した。
「しまった!」
メリアはいつの間にか視線を逸らしていた片桐が乗る灰色のディルオスが逃げ出したことに気づく。クロウが現れたことにすっかり頭から存在を消していたようである。
(誰だが知らないが、この状況で逃げられるならばありがたい!)
片桐はそれに構うことなく一足先に廃墟の中を突き進んでいった。
メリアは、自分らが目を離している隙に逃げ出したディルオスに向かってマシンガンを向けようとするが、それを見ていたルーヴェはゼクトロンライフルをメリアが乗るディルオスに向けると銃口から先程と同じ青い閃光が放たれる。ビームはそのままマシンガンを貫き、爆散させた。
「クッ!」
「ビーム兵器だと!?」
ガルディーニはクロウが所持するゼクトロンライフルから放たれた閃光がビーム兵器だと知る。ビーム兵器は彼らにとっても知識の範疇にあったのだが、生で見るのは初めてであった。
それはガルヴァス帝国もギャリア鉱石から生み出されるギャリアニウムを利用することでビームを発生させることが可能であることを掴んでいた。
もちろんその技術は存在しているのだが、帝国はそれを基にした兵器を製造できてなどいなかった。その理由は、ビーム兵器の使用がシュナイダーの稼働時間をさらに消費することがあり、あまり推奨されていないので実弾を代用することで稼働時間を延長させているのだ。
そもそもシュナイダーは、ギャリアエンジンに貯蔵しているギャリアニウムを消費させることで稼働させている。当然稼働時間も存在し、シュナイダーを新たに動かすには外部からギャリア鉱石にあるギャリアニウムをエンジン内部に供給、すなわち補給を受ける必要があるのだ。
メリアが乗るディルオスはダメージを受けたことで一歩下がるとガルディーニはメリアがいる方角へ思わず振り向く。その後、悔しそうに口元の歯がギリっと歯ぎしりさせながら、改めてクロウに視線を戻しつつ、マシンガンをクロウに向ける。
「おのれ、ジャマをするか!」
「…………」
それを見たルーヴェは左のレバーを前に出し、クロウが飛び上がらせる。背中のスラスターを噴射させながら、片桐が逃げた方向に立ちふさがるように降り立つ。
「ほう……貴殿が我々の相手をする、ということでいいのかな?」
クロウがガルディーニ達の行動を妨げようとする動きを見て、挑発だと勘違いしたと思っている。いや、半分正解だと言えるだろう。ガルヴァーニは静かではあるが、怒りを露わにしていた。
ガルディーニはマシンガンをディルオスの臀部にしまい、そのまま背中に手を回して背中から突き出した武器である"バトルアックス"の柄を握る。ガルディーニはバトルアックスを取り出すとアックスの先端部にある刃を横に展開させ、斧を形成させる。
「では、いくぞ!」
ガルディーニはバトルアックスを持った右腕を後ろに回して左腕にあるシールドを突き出し、そのまま左半身を前に向けた状態でクロウに向けて突撃をかける。
「ハアアアッ!」
突っ込んでくるガルディーニに対し、ルーヴェは冷ややかな視線を向けたまま、表情をまったく変えて
はいなかった。
突撃をかけたガルディーニはその勢いのままクロウに近づき、バトルアックスを上から振り下ろす。だが、ルーヴェはレバーを後ろに動かして背部にあるスラスターを噴射させ、空中へバックステップの要領でジャンプして躱した。
バトルアックスは標的に当たらず空を切り、そのまま地面に叩きつけられる。轟音と共に刃が地面に埋まり、その威力を物語るように亀裂を入れていた。もしこれが直撃すれば、クロウとてただでは済まない。
一方、クロウは空中で飛び上がったまま、ガルディーニと距離を置くように後ろに下がりつつ、スラスターを噴射させながら地面に着地した。
「ホウ……これを避けたか。……少しは骨があるという訳か」
「…………」
ガルディーニは口をニヤリと笑いながらもバトルアックスを地面から抜いて機体に引き戻す。ルーヴェはディルオスから視線を逸らさず、依然として表情を変えていなかった。
「ガルディーニ卿!」
「お前達は手を出すな! これは私の戦いだ!」
メリアはガルディーニを心配するが、杞憂と言わんばかりにガルヴァーニは一人で戦うと宣言する。その宣言にメリアは何も言えなかった。だが、彼の頭は安全に血が昇った様子であることを見抜いていた。
「1対1か。なら……!」
決闘という雰囲気を感じ取ったのか、ルーヴェはゼクトロンライフルをクロウの右腰に固定させ、左手で左腰にある鋼太刀"鴉羽"の鞘を掴みつつ、空いた右手も鍔から突き出ている鴉羽の柄を掴んだ。
武士が刀を鞘から抜き出す要領で、クロウがゆっくり右手を前に出すと鍔から黒い刀身が出てきて、鋒が現れる。さらに鴉羽を一度横に振り、その鋒が上になるよう胸の前に構える。
クロウの瞳が見える状態で刀身をガルディーニが乗るディルオスに向けると刀身が光り、目の先にあるディルオスを映し出す。その姿はまさしく武士が刀を構えるような出で立ちである。
「……面白い」
ガルディーニは口元に笑みを浮かべたまま、バトルアックスを後ろに振りつつキャタピラを起動させ、もう一度クロウに突撃をかける。だがルーヴェは逃げようせず、今度は左腕と左足を下がらせ、太刀を後ろに回した居合いの構えで迎え撃とうとする。
クロウの独特の構えを見ていたガルディーニはそんなの知ったことかとキャタピラを動かし、ルーヴェとの距離を詰める。
「もらったぁああ!」
ディルオスがバトルアックスを左斜め上から振り下ろそうとしたその瞬間、それに合わせるようにルーヴェは鴉羽を下から振り上げる。
ガキィッ!
刃物がぶつかったかのような鈍い音がしたのと同時に二機は交錯し、ディルオスは何事もなかったように通り抜ける。
ディルオスは右腕を突き出し、クロウは右腕を横に上げ、互いの背中を見せるように静止したまま、短い間の沈黙が続くと空から何かが降ってきて、地面に埋まるように突き刺さる。
降ってきたそれはバトルアックスを持っていたディルオスの右腕であった。よく見ると肘の近くに当たるところに刃物で斬られたような跡があり、アックスの刀身が真下になるように地面に突き刺さっていた。その腕の持ち主はもちろん……、
「え……?」
ガルディーニは思わず声を漏らす。それは自身のディルオスの右腕が肘の先から無くなっていて、傷口からは火花が散っているのがモニターに映っていることに気づいてしまったからだ。ガルヴァーニはすぐさま体ごと後ろに回す。
彼の目の前にあったのは先程降ってきたディルオスの右腕であり、それが自身の右腕であることを知る。一方、クロウはカスリ傷が一つもなく、機体が揺らぐことも感じさせないまま立っており、太刀は刀身から鋒まで光り輝いていた。
「バ、バカな!」
「シュナイダーの装甲をフレームごと……!? ありえない……!」
その顛末を見ていたメリアもこの光景にはさすがに驚き、目を大きく開かせながら狼狽していた。あの女にとっては、信じられないものを見た気分ではあるが、ここにいる者達も同様に驚くのは間違いないだろう。それにはある理由に秘められていたのだ。
理由に関しては次に続きます。