その名は
ここもメカ描写が激しいです。
ガルディーニの前に姿を現したのは灰色のディルオスだった。それに乗っているのはもちろん、レジスタンスの一人である片桐である。
そのディルオスが片桐の手にあるのは、なぜなら彼らが昨日までに用意し、灰色に塗装されたシュナイダーだったからだ。臀部には通常のディルオスと同型のマシンガンが積まれており、左腕には同様のシールドが設けられていた。
「ディルオスだと!? ……いつ奪われたのかは知らんが、このまま見過ごすわけにはいかんな!」
シュナイダーの出現にガルディーニは一瞬驚いた。なぜならシュナイダーはガルヴァス帝国しか製造されていないからだ。
もちろん、その製造工程も彼らが独占しており、他国でも新たに造るなど難儀な問題である。
シュナイダーを手に入れる手段は、設計図を盗むか、裏の取引で手に入れるか、もしくはシュナイダーごと盗むかのどれかであり、指の数しか限られていなかったのである。
だがその選択肢はどれも実行するのも難しく、リスクも高かった。もしかしたら他国に流出された可能性も否定できない。
おそらく目の前にいるディルオスも強奪されたか、自分達でも知らない取引によるものだろう。しかしそれを確かめる術など今の彼らにはない。これは整備班の仕事だ。
だが、これを見逃すのは彼らにとって由々しき問題であり、彼らの名誉にも関わるものでもあった。知らずのうちに自分達の技術が他国に知れ渡ったからだ。
憤るガルディーニは一応、目の前にいるそのディルオスの照合を行う。その答えは言うまでもなく、祖国が製造したものだと正面のモニターに表示され、確信に至った。
そして、ガルディーニはマシンガンを構える。すると危機を察した片桐はディルオスのキャタピラを展開し、すぐさまビルから遠ざかるように後退する。
「ここで後退する? フン、この後に及んでまだ逃げ回るつもりか。逃げ回るのだけは得意のようだな。……オイ、何をしている、早く追いかけるぞ!」
ガルヴァーニは平然としているが、内心ではピキピキと青筋を立てていることは間違いなかった。すぐさま隣で倒れているディルオスに向けて命令し、先に片桐を追いかける。
先程の攻撃で倒れていたもう一体のディルオスもすぐに起き上がり、ガルヴァーニについていくように後を追った。
廃ビルの周りが誰もいなくなった後、中からディルオスを載せていたトレーラーが姿を現し、仲間たちを乗せたトラックがいる左方向に走り出す。
「死ぬなよ……」
トレーラーを運転している男はただただ片桐が戻ってくることを願っているだけであった。その後、日下部達がいるトラックと無事に合流できた。
ディルオスを操縦しつつ廃墟の周りを滑走していた片桐は、今自分が置かれている状況をレーダーで確認していた。
「よし、ついて来ているな。何分か稼げれば……!」
片桐は一度視線を後ろに回した後、前に戻すとアラートがコクピット内に鳴り響き、レーダーに右方向から敵のディルオスが先回りで駆けつけるのを確認した。
「!」
正面にそのディルオスが来て、片桐が乗るディルオスに向けてマシンガンを構える。
「ジャマだぁああ!」
片桐も臀部にあるマシンガンを取り出し、ディルオスに向けて発砲する。相手はシールドを構えて銃弾を防ぐが、片桐はそのまま直進し、左腕のシールドを前に出してタックルを仕掛けた。
「!」
その様子を敵側のアドヴェンダーは驚き、ディルオスのタックルを避けることができず自分もシールドを構え、防御体制で迎え撃つ。その後、鈍い音と共にシュナイダー同士による衝突が起き、両機は弾け飛ぶ。
片桐は衝突の影響で機体にスパークが走り、後ずさる一方、敵のディルオスも大きな鉄球を間近に受けたような衝突を抑えられず、後ろに引きずられる形で倒れ込んだ。コクピット内でもモニターに今でもノイズが混じり、映像を乱れさせる。
「ハァッ、ハァッ、……まあ、いつまでも逃げ回ってばっかじゃいられねえんだよ、俺達は。よし、このまま……、!」
先程の衝突で倒れている敵を見下ろす片桐は、息を粗立たせながらも前に進もうとしていたその時、アラームが鳴り響く。
「新手……!?」
一発の砲弾が片桐に向かってきて、片桐は咄嗟に左腕のシールドでガードする。砲弾はシールドに直撃して爆発し、煙を上がらせる。ガードを下げるとそこには、メリアが操縦するディルオスが銃口を向け、もう一機が先程砲弾を撃ち込んだ【ロケットバズーカ】を構えたまま立っていた。
「そこまでだ!」
片桐はマシンガンを向けるが、周りをよく見ると三方向からディルオスの部隊が片桐を囲んでいた。それだけではなく後ろからもガルディーニが乗るディルオスが到着する。
「ようやく捕まえたぞ」
「ですが、こちらのディルオスが一機やられています。侮ってはいけないかと」
「だが、このまま恥を晒すよりはましだ。それに、手見上げは持って帰らなければならないのだからな」
ガルディーニはマシンガンを向けたまま合流したメリアと会話する。メリアも油断がないようにと釘を差し込むが、ガルディーニは目の前にある獲物を見逃すなどありえなかった。
「各機、このまま陣形を維持し、ディルオスを鹵獲せよ! もし抵抗するならば、――その場で破壊しても構わん!」
「イエス サー!」
ガルディーニ率いるディルオス部隊はキャタピラを収納し、少しずつ片桐が乗るディルオスに近づくように歩を進める。一方、片桐の方は先程のことでダメージが残っており、手負いの状態だ。
四面楚歌の状況で片桐はきょろきょろと目線を動かした後、顔を下に向いたまま溜息をついた。
「どうやら、俺はここで終わりか。分かってはいたが、儚い抵抗だったな……。だが、お前はここで終わるわけにはいかない。そうだろ――日下部」
片桐は燻っていた闘志を燃やし、右手のレバーのグリップを握り締める。無駄だと分かっているがいてもいられない。彼の頭にはそれしかなかった。
そして、玉砕覚悟で自分の敵である一機のディルオスに向けてマシンガンを構える。
「うおおお!」
それに相対するかのように、ディルオスがマシンガンの引き金を引こうとする。さらに片桐を囲んでいたガルディーニ達もマシンガンを向ける。このままでは片桐は犬死である。まさに儚い抵抗だ。
片桐の運命が決まったその時、それを阻む一筋の青い閃光が緑のディルオスのマシンガンを持つ右腕を貫いた。
一拍おいて右腕は爆発、マシンガンは地面に落とし、ディルオスは一歩下がって無くなった右腕を繋いでいた右肘を押さえる。
「「「!」」」
目の前に起きた出来事にその場にいる者達は驚愕に包まれる。ディルオスの右腕がいきなり爆発したのを確認した片桐は慌てて周囲を見渡す。
「え……!?」
同時にガルディーニとメリアもマシンガンを一旦下ろし、両目を周囲に向けて見渡す。
「一体、どこから……!?」
ガルディーニは呟く。だが彼の周囲にはここにいる者達しか見当たらない。長距離狙撃かと頭によぎる中、メリアは視線を上に向けると太陽が目に入り、条件反射で思わず右手で太陽の光を隠す。
「クッ……!」
しかし、指と指の隙間から隠れた右目で太陽を見ようとすると、何かが見えたのだ。見間違いではないかとメリアは疑いながら、目を凝らして改めて太陽を見るとそれは見間違いではなかったと自覚する。
彼女の目には太陽の中に大きな翼がある人のようなものが映り込み、二つの目が赤く光らせていたことにメリアは驚愕する。その鋭い眼光に思わず体が震え上がり、背中が一瞬で凍りついたからだ。
「な……なんだ、あれは……!?」
一方、太陽を背に佇んでいた翼を生やした人(?)は一切も動くことのないまま地上にいるディルオスらを見下ろしていた。その中に座っている一人の人間もそれに合わせて見下ろす。
遠くからは確認できないが、翼からは青白い光が空気に混ざるように放たれていた。なかなか幻想的な輝きであり、一言で言えば"美しい"という表現が正しいだろう。
また、翼だけでなく背中とふくらはぎからも光が放出されている。翼を生やしたその姿は一瞬天使にも見えるかもしれない。だが大きな間違いであることを下から見上げる巨人達は自覚する。なぜならその天使は、彼らに対する行動でわかったのだからだ。
天使は低い音を出しながらいきなり高度を下げ、頭を下に向けたまま落下する要領で降りていく。そして、そのまま一固まりに集まるディルオスらの左方向に位置する、大きく傷ついた建物の上に降り立ち、その姿が露わとなる。
それに感づくように電柱に止まっていたカラスたちが一斉に翼を広げ、大空に飛び立った。舞い降りたのが自分らとは異なる存在であるからか、危険を感じ取ったのかもしれない。
片桐だけでなく敵対しているガルヴァーニ達も心を奪われた様子であり、それに向けて視線を送っていた。誰もが背筋を凍る中で聞こえないはずの心臓の音もドクン、ドクンと脈を打ち、今にも聞こえそうだった。
しかも、誰もがいつの間にか手を止め、抵抗も何もせずただ立っており、それに気付くことすらしなかった。
露わとなったその姿は人の形を似せているものの、背中には翼が生えており、体の色がほとんど黒に染められていた。ここまでなら天使ではなく、黒い羽を持った堕天使でもあっただろう。
だが額にはカラスの頭部、耳は羽を広げた翼、足には三本爪が付いているなど、カラスを連想するものが多い。その考えが一番妥当だろう。
降り立ったそれは天使でも堕天使でもなく、どこか不吉な予感を漂わせたカラスであった。未だにその鋭い眼光を片桐達に向けている。誰に向けられてなのかはまだわからない。
先程まで翼から放出された美しさを持つ青白い光と不吉を纏う黒い体。もはや天使の欠片すら見当たらなかった。もしかしたら舞い降りたのは悪魔だろうか……片桐達は認識を改める必要があった。
そして、右手には先程ディルオスの右腕を貫いたと思われる、ディルオスのマシンガンとは異なる形状のライフル、左腕には先端部にカラスの足の形を模した爪が付いた異形のシールド、さらには左腰に太刀が納められた鞘を所持するなど、一つ一つの装備が明らかに見たことも、聞いたこともなかった。
ただ分かること、それは……これらが兵器であることを証明させていた。
空に佇む黒いシュナイダー、アルティメス・クロウを操るルーヴェは、無機質な瞳を自分が現れたことに困惑している片桐たちに向けて静かに見下ろしていた。
それが彼らとの、ファーストコンタクトであった。
大国ガルヴァス帝国の宣戦布告、および侵攻から数年後、未だに収まらない紛争と、目に見えない侵略に終止符を討つ為に、彼らが現れることを誰も知る由はなかった。
人間と同じ世界に生きながらも人間から嫌われ続けた存在。
ある時は"不吉"という意味を込められながらも、生きるために腐敗を喰らい続けた象徴。
そして、どんな状況でも生きるために人間にはない"飛び立つ"力を得たモノ。
腐敗を狩りとる嫌われ者として、飛び立つ時が来た。
そして、彼の登場が後に、この死と支配に侵された世界に大きなうねりを生み出すこととなる。
これは、死にまみれた世界で生きる"カラス"達の、破壊による再生の物語である。
クロウの力をようやく見せつけることができました。ここからも続々と新たな機体を出しますのでよろしく!