黒の象徴
ようやく主人公が出ます。長かった……。
日下部たちレジスタンスが東京の脱出を進めていた同時刻、駐屯基地の格納庫内でアラートが鳴り響き、士官が持ち場に着くために足を動かしていた。
格納庫内は数々の兵器がズラリと並んでいた。その中でも今や軍隊の中心であるシュナイダー、ディルオスがその中心を埋めるように立ち並ぶ。数は十を満たないほどだ。侵攻から時が過ぎ、ガルヴァス軍は量産体制を整えていたのである。
「整備班、シュナイダー各機の出撃準備を急がせろ! これよりレジスタンスの殲滅作戦を実行する! 繰り返す、シュナイダー各機の出撃準備を急がせろ!」
アナウンスが場内に流れる中、いつもの軍服とは異なる紫色のパイロットスーツに身を包んだ男、ガルディーニ・ヴァルトがそこにいた。
「ようやくネズミ共を始末できるな……」
ガルディーニは同じくパイロットスーツをに身を包んだメリアと共に自分が操縦するディルオスがある場所に向かっていく。その時、場内にアナウンスとは異なる声がその空間を支配するように響いた。
『聞こえるか! 我が同志たちよ!』
アナウンスから男の声が格納庫内に響くと足を進めていたガルディーニやメリアを含む軍人や整備士、士官が一斉に姿勢を正す。その声はやけに若く、青年のそれであった。
『我が名は、ルヴィス・ラウディ・ガルヴァス! 同志たちよ、これまで我々から無様に逃れていたテロリスト共を叩きのめす時が来た! 今、ここに我らの力を示し、正義の鉄槌を下せ!』
「「「「「「イエス ハイネス!」」」」」」」
その場で青年の言葉を聞いていた者たちは皆、右腕を上げつつ右手を握りしめたまま胸にあわせて敬礼を行い、士気を高める。
「どうやら……殿下の期待に答えなければなるまいな」
敬礼を解いたガルディーニは彼が仕える主に半端なことはできないと内心決意する。そのまま多くのディルオスが陳列してある場所に向かい、自分が操縦する機体へ近づく。
ガルディーニはカバーが開いてある胸部から垂れ流している、重機などで使われているウィンチにも似た鋼鉄製のロープの先端部に足をかけ、自動で胴体部にまで体ごと引き上げさせる。
その近くまで辿り着くと目の前にはシュナイダーを操縦するコクピットがあり、ガルディーニはその中に収められたシートに座り込んだ。次に右の親指で右方向にあるスイッチを左から順番に上げると正面にパネルが起き上がる。
彼が正面のパネルにあるスイッチを入れると駆動音が鳴り、その中央に位置する画面にパパッと明かりが付き始める。その独特の駆動音は騎士に似つかわしくもない、まさに獣の鳴き声だ。
パネルには機体の称号を示すためのガルヴァス帝国の国旗が映像として映し出され、最後は「GES-03 DIRUOS」の文字が映った。
アドヴェンダーを迎え入れた騎士はようやく目覚めたのであった。
「では、行くぞ!」
「イエス サー!」
ガルディーニが出撃の合図を出すと同じくディルオスに乗り込んでいるメリアやアドヴェンダーたちも返事する。
ディルオスは駆動音を立てながら動き出し、その際にズシンと地面が鳴り響くように大きな音を立てた。
整備のために走り回っていた整備班の一人は慌ててディルオスが邪魔されないように歩む道から遠ざかる。
動き出したディルオスは武器が置かれている場所まで歩みよるとアドヴェンダーにとって扱いやすいシュナイダーの武器が置かれていた。
基本武装であるマシンガンの他にも、威力の高い実弾を放つ【ロケットバズーカ】に加え、四発もの弾頭を発射できる【ミサイルランチャー】といった武装も存在する。
さらに防御用の【シールド】、近接用の【バトルアックス】、【バトルブレード】も用意されていた。これらはかつて中世の騎士が持つ武器を再現させたものである。
アドヴェンダーはその数々の中から使いやすい武器を手に取り、次々と格納庫の外まで歩を進めた。
その周囲にはシュナイダーから遠ざかっていたはずの整備班らが先程と同じ姿勢の敬礼をし、見送っていた。端から見ても彼らには信頼があることが分かる。
十機のディルオスが群れを為すように格納庫の外に出てくる様子をモニターで確認していた金髪の青年、ルヴィス・ラウディ・ガルヴァスとその左に立つ、彼の配下である壮年のケヴィルは椅子に座るルヴィスに現在の様子を伝える。
「殿下、全機配置につきました」
「シュナイダー部隊、全機出撃せよ!」
「イエス ハイネス!」
ルヴィスの命令を聞いたガルヴァーニが率いるシュナイダー部隊はディルオスの脚部に装着されてあるキャタピラを展開、滑走を始める。そして、先に出動していた偵察機によってレジスタンスの存在が確認された地点まで走り出した。
その姿はまさに粛清の時間だと言うべきか、鋼鉄の騎士たちは自分たちを煩わせる外敵を葬るため、幾度にも障害がそびえ立つ大地へと駆け抜けていった。騎士に目をつけられた者は誰一人として逃れる術など残されるはずがないのだ。
レジスタンスのメンバーを乗せた二台の大型車は現在も廃墟の中を激走していた。廃墟を見渡しても人一人もおらず、地面は大量の石ころがゴロゴロと転がっている。トラックとトレーラーから発せられる駆動音だけが周囲に響いているだけであった。
その最後尾のトレーラーで助手席に座る片桐が窓に取り付けてあるカーブミラーを確認する。するとミラーに何かが映り込んでいた。
「ん?」
そのミラーに何かが映り込んでいたのを見た片桐は気になったのか一度顔を外に出し、空を確認してみる。その視線の先には飛行機のようなものが見えた。いや、それは飛行機ではなくガルヴァスの偵察機が飛んでいたのだ。それを見た片桐は慌てて、隣で運転している男に顔を向ける。
「おい、日下部に繋げ!」
「え?」
「いいから! マズイぞ……!」
ハンドルを握りながらトレーラーを運転していた男は、突然の片桐の言葉に戸惑いを隠せなかった。だが、片桐の切羽詰まった様子を見て、男は何かを感じ取ったのか先頭を走っているトラックに向けて通信を開く。その内容がただ事ではないことは明白だ。
「ガルヴァスに見つかった!?」
「ああ、今も尾けられている! このままじゃ……」
「わかっている! だが、今は逃げるしかない!」
片桐との通信を受け取った日下部は一旦、通信を中断させると心の中で悪態をついた。
(予想よりも早すぎる!)
ガルヴァス軍に見つけられることを日下部は想定していた。だが振り切れば問題はないだけであるが、そう簡単なものではなかった。だがそうしなければ次に進むことなどできず、ただ朽ちるのを待つしかなかった。だからこそ、東京を離れる決意をしたのだ。
仮にその確率が低くとも日下部は平静を装いつつ、運転席にあるアクセルを踏むとトラックは加速し、砂 埃を巻き上げながら廃墟の中を走り続けた。だが彼の心中は、その葛藤と今も戦い続けていた。
東京の都市部から離れた場所に自然の名残と言える大きな山がいくつか立ち並び、都市部から見た風景の一部となっていた。
その森の中からも東京の都市を一望できる場所も存在し、その一つである崖の上に立つ、黒のジャケットを着た一人の少年、ルーヴェ・アッシュは目の先にある街並みを眺めていた。
その少年は体つきが良く、顔も整っているため周囲からは美少年に見えなくもない。ところが、傍からよく見ると顔よりも不自然な部分がくっきりと目立っていた。
ところどころ色を失い、真っ白にも見える銀髪が元である黒髪に混ざり込んだメッシュのように生えている。さらに右目が赤、左目が青と左右の色彩も異なっている。一見、何か不気味と感じてもおかしくない。
しかし、ルーヴェはそんなことを気にすることもなく街並みを見続ける。彼が観る風景はその両目のように異なる色で彩られているように見えているのかもしれない。傍から見れば、そう思いたくなるのだろう。
「…………」
ドクンッ!
未だに街並みを眺め続けているルーヴェに心臓の鼓動のような音が響くが、その鼓動は彼にしか聞こえない。しかし、それを直に聞いていたルーヴェはピクリと反応し、やや眉を吊り上げる。その鼓動は何かが反応した合図だろうか。
ルーヴェはその澄んだ瞳で、その街並みに興味が無くしたかのように踵を返す。その後、姿を隠すように森の中をしばらく歩いていく。ルーヴェが何かを視界に捉え、一度足を止めるとその前にあったのは一体の黒い巨人が主を待ち望むかのように右の膝をついていた。
その巨人は背中に翼が生えていて、胸部には人一人が入れる程の大きさを持ったカバーが前に開いているなど、明らかに人の手で造られた機械の巨人であった。
その黒の巨人はどう見てもシュナイダーには間違いないだろう。しかし、その外観はガルヴァス帝国が開発したディルオスとは大きく異なり、どうやら帝国とは異なる技術で造られている。
形状は誰もが一目見ても天使に見える。だが実際は、天使とはかけ離れており、悪魔にも見えるためか、恐ろしく感じた。
一度顔を上げたルーヴェはそのシュナイダーに視線を向けた後、再び前を歩き出す。彼が歩むのは契約を果たそうとする悪魔との対面だろうか。
それを祝福するように一匹のカラスが、青が広がる大空へ羽ばたいたのであった。
ジャケットを着替え、灰色の下地に黒の装甲を纏ったスーツに身を包んだルーヴェは、そのシュナイダーの胸部に収められているコクピットに入り、その中に設置されてあるシートに座ると今度は安全を確保するためのベルトを付けていく。
次に左手で目の前にある機器を操作すると、ディルオスと同じ独特の駆動音と共に中央にあるパネルの画面が点き、最初にカラスが羽を広げたような姿が紋章として映し出され、次に「RYS-01 ULTIMES CROW」という見慣れない文字が映し出される。
ドクン!
鼓動がまたルーヴェの中に響く。さらにキィーーン! と低い音が彼の頭に響いた。それは直接頭に響き、脳にダメージを与えるものではない。ルーヴェの頭はコンピュータのスキャンのように鮮明に、クリアになっていく。
その証拠に黒い空間に何やら青白い線がいくつか枝分かれするように流れた。まるで人間と機械の一体化を図るような儀式にも思える。
それを終え、画面の周りにある機器の照明が次々と点いていくと、正面と左右のモニターには外の風景が映し出され、胸部に設けられたカバーがコクピットを包むように閉じる。
そして、ルーヴェは左手をレバーにかけ、右手で機器をチェックしていく。すると電源が行き届き、黒いシュナイダーの顔面にある赤い瞳が光り出した。
「ゼクトロンドライヴ、出力安定。各系統、問題なし」
ルーヴェが右手で通信を開くと横のモニターから「SOUND ONLY」の文字が入った黒色の画面が映り込む。通信が入った合図だ。
「こちら、ルーヴェ。現在の状況は?」
『今、ガルヴァス軍の動きを察知しました。どうやらレジスタンスの掃討に動いているようです。指定の座標を送りますので、ご確認ください』
先にルーヴェが問いかけると、コクピット内のスピーカーから若い女性の声が聞こえた。オペレーターから転送された座標をルーヴェは確認する。続けて彼が行動する目的を復唱する。
「座標を確認。ただちに目標地点に向かい、ガルヴァス軍とレジスタンスの紛争への介入を実行する。他のみんなは?」
『それぞれ指示したエリアに向かい、現在待機しています』
オペレーターはルーヴェからの問いをしっかりと答える。
「また、先程の定時連絡では三人共、いつでも動けるとのことです」
その通信の先は明かりがなく、大きなモニターが複数並べられた広い空間であった。
そこには椅子に座りながらそれぞれ、自分の持ち場のキーボードのテーブルに向かい合う若者が何人かいた。その中で若い女性はオペレーターを務め、左耳に通信用のインカムを付けて椅子に座りながらモニターに向かい合い、通信を行っていた。
「了解。ではこちらもすぐに行動を開始する」
「各機、準備完了いたしました」
彼女の返答にルーヴェもすぐに動くように答える。女性オペレーターはルーヴェが出撃することを肩越しで顔を向けて報告する。
彼女の視線の先には広い空間の中心部に位置する椅子に座る制服を着た上に帽子を被った女性がいた。よく見るとなにやら彼らも彼女と同じ制服を着ている。どうやら、彼らは一つの組織として成立させているようだった。
その報告を聞いた女性は、ルーヴェ達を含む若者達に向けて口を開こうとする。その際に、周りにいた若者は自然と彼女に視線を送っていた。
「時は来たわ! さあ、あなた達――いえ、私達のデビュー戦よ。存分に、ど派手に行きなさい!」
女性は高らかな声で聞く者たち全員に向けて宣言を行う。その際に彼女が被っている帽子の鍔の奥から黄緑の瞳を持つ、喜びに満ち溢れた顔が見えた。
「「「「了解!」」」」
彼女の宣言に通信を通して聞いていたルーヴェを含む四人は静かな声で答える。
通信を終わらせたルーヴェは右手をレバーにかけ、そのまま反対の左手にあるレバーを前に動かすと巨人はゆっくりと立ち上がり始める。そのシュナイダーが立ち上がると右手には銃を、左腕はシールドを所持しているのが見えた。今、黒い異形の巨人が目覚めたのだ。
ルーヴェはゆっくりとまぶたを開き、眉をしかめた表情で前を向く。
「『アルティメス・クロウ』、ルーヴェ・アッシュ出撃する!」
ルーヴェはその掛け声とともに左足にあるペダルを押すと機体は前のめりするように腕と膝を曲げる。さらに低い音と共に背中に搭載されているスラスターから青白い熱気が噴出され、勢いよくジャンプするように空に向かって飛び立った。
同時に森の中に隠れていた鳥たちは驚き、一斉に羽ばたいた。その中に紛れていたであろう、カラスの黒い羽がヒラヒラと舞いながら地面に落ちていった。
黒いシュナイダーは背中にある翼の形状をしたスラスターを開くように展開させる。一枚一枚の羽の間からは青い光が蝶の鱗粉のように舞い散る。
そして、ルーヴェは改めて背中のスラスターを噴射させ、そのまま東京へ向かっていった。
主人公を出すことができましたが、まだ全貌を出せません。おそらく、まだ先となるかもしれません。
ですが実は、主人公はこの話の前に出ているのです! どこにいるのかはあなたが探してみてください。