戦争
プロローグに近い内容が続いた……。
夜と共に多くの星が空に白く光り輝く中で光を隠し、闇に溶けるように大空を横切るものがいた。それは大きな人の形をした巨人にも見えるが、夜に紛れているためか、その姿を目にすることがなく、誰も気づくことはなかった。
巨人が低い駆動音を立てながら夜空を飛び続けていると、目の先には暗くてわかりにくいが、大きくそびえ立つ山がいくつか並んでいた。その山の中の一つに隠れるように巨人は静かに降り立った。
誰にも見られることもないように降り立ったのだが、その際に大きな音を立ててしまう。物体には重量が存在するように巨人もかなりの重量があるため、どうしても音を立てることは仕方のないことであり、誰かに聞かれることもあるのだ。
幸い、こんな山奥に誰かが住むなんてことは有り得ず、ましてやこんな時間に起きている人はいないため、気づかれることはなかった。
それに驚いたのか、巨人の周りにある林の中から隠れていた鳥達が一斉に羽ばたく。降り立った巨人はそれに構わず、前を見ると明かりが灯った街並みが見えた。それはまるで蛍が光る幻想的な風景そのものであった。
「ここが、日本……」
巨人は二つの赤い瞳を光らせ、その中に収められたシートに座っていた少年は低い声でこの地に足を踏み入れた国の名前を呟く。
少年の片側の瞳に宿る光は、彼自身が乗り込む巨人と同じように紅く爛々と光らせていた。
かつて日本は世界中でもガルヴァスに負けないほどの防衛力を有し、ガルヴァスの侵攻にも対抗してきたのだが、帝国が開発した機動兵器『シュナイダー』の性能には勝てず、為す術のないまま敗北を喫することとなった。
その戦闘は激しいものだと予想されたのだが、帝国の一方的な蹂躙により都市の一部が破壊され、ガルヴァス側よりも日本側の方が甚大な被害を受け、犠牲者も多く出てしまった。
ガルヴァス帝国と同様の勢力を保有する戦争に勝利したガルヴァス側の圧力と取引により帝国主導の下で復興が行われ、東京の姿は変わらず立て直すことはできた。もっとも、立場はどちらが上なのかは理解するのには難しくなかった。
東京には、国のトップである総理大臣など大勢の政治家を抱えている国会が存在していたが、ガルヴァスによる侵攻があってからは国会そのものが建て替えられることとなり、入れ替わるようにガルヴァス軍の駐屯基地が建てられてしまった。
そこはガルヴァス帝国が国を支配した証であり、その象徴としても利用されていた。
ガルヴァス帝国の駐屯基地は、大きなブロックで分けられており、後方には帝国の皇族が立ち入る建物、【聖寮】が建てられている。皇族はそこから通じて、各国の政府との政治を行っているのだ。
しかもそれを守るように前方や側面にはシュナイダーや戦闘機などの軍用兵器を保有する格納庫も存在する。その格納庫内では整備班やメカニックが日夜、手を動かしていた。
現在、聖寮の内部では紫色の軍服を身に包んだ大勢のガルヴァス軍の士官が行き交っていた。彼らは市民を守るために軍人として所属していた。
そこに貴族と思われる顔つきを持った男女が廊下の中をカツカツと歩き、目の前にいた士官の一人に尋ねてきた。二人は彼らと同じ軍服を身に纏った軍人ではあるが階級は異なり、士官よりもかなりの位を持っていた。
「テロリストの居場所がわかったのか!?」
「まだ特定はできませんが、ほぼ間違いないかと……」
男の言葉に過敏に反応した士官は情報を伝えようとするが、煮え切らない言葉が出てしまう。明らかに言葉を濁した発言を男は咎め、確認を改めるように釘を刺す。
「ほぼ!? ふざけるな! もう一度確認しろ、急げっ!」
「イエス サー!」
釘を刺された士官は姿勢を正し、手を握り締めたまま胸に当てながら返事をし、その場を後にする。そして二人は再びそのまま基地の中を歩いていく。
「フッ……。これで奴らもおしまいだな」
「今まで我々の手を煩わせてきましたからね」
「ここで奴らを潰せば、我々に抵抗する者もいなくなる。そして、殿下もお喜びになるだろう」
「ええ」
深い緑色の髪をした男であるガルディーニ・ヴァルトと灰色の髪をした女のメリア・アーネイは追いかけていた目標が見つかることを知ると歓喜に震え、口を歪める。
「……だが、まだ終わったわけではない。まずは奴らを見つけることが先だ。そうすれば我々の出番が……!」
「ハッ……!」
ガルディー二は表情を引き締め、自分達の出番が来ることを願う。メリアは前に顔を向け、彼の言葉に頷くとそのまま彼と共に前に進んだ。
大きく空を覆い隠した灰色の雲が太陽の光を遮る中、地上はそれに連動するように不穏な空気が今も流れている。
地面の上には先の戦いで壊れた建物や廃墟が並び、道路には花を隠すかのようにガレキなどが散乱していた。そこには誰一人いない。
そこに一台の大型トラックと後ろにも一台の大型のトレーラーが車体を揺らしながら直列で走行していた。そのトラックの後部にある荷台は布が大きな長方形となっている。
その中には、布に隠れているレジスタンスに所属するメンバーが全員乗り込んでいて、不意に音を立てないように息を殺している。走行で揺れを感じているものの、トラックには衝撃を緩和するサスペンションが搭載されているため、大きな揺れを感じることはなかった。
また、トレーラーには何やら大きな荷物のようなものが積んである。荷物の上にはその正体を隠すように灰色のカバーが掛けられており、それを大量の縄で外れないようにフックで固定させていた。
「…………」
そのトラックの運転席に座っていたのは、レジスタンスのリーダーを務める日下部直人であった。その彼は思いつめた表情でトラックを運転しながら、昨夜に行われた、あるやり取りを思い出していた。
「東京を脱出する!?」
「いつまでもここに留まっては、全滅するのも時間の問題だ。さっさと東京を離れたほうがいい」
「ちょっと待って、まさか東京を見捨てるっていうの?」
レジスタンスのメンバーが集結している隠れ家にて日下部はある意見を出す。彼の言葉に、レジスタンスに参加している女性が反論する。
だが、その反論を予想していた日下部は自身の意見に理由を述べた。
「そういうわけじゃない。だが、今のままじゃ何も変えられないと判断したんだ。ただでさえ、戦力も人手も足りない。と言っても、今からかき集めることは難しいし、望みも薄い。ならば、他から取り寄せるしかないだろ?」
「でも、ここにはまだたくさんの日本人が……」
「いやいや、搜索の手も広がっているわけだし、見つかったらアウトだって」
「下手には動けないけど、このまま干からびるわけにはいかないぞ?」
日下部は戦力を補充するために別の地域に移動しようと発案する。だが、片桐をはじめとする一部のメンバーは、その案に対して少々渋る。ただ、それに賛同する者もおり、反発を抑えようとそのメリットについて議論を始めた。
一方、トーガは両腕を組みつつ、佳奈と一緒に背を壁に預けながらその様子を見ていたが、議論が一向に進まないことに業を煮やしていた。刀牙は白熱する場を切り上げようと声をかける。
「皆さんの言いたいことはわかりました。俺と佳奈も日下部さんの意見に賛成です。おそらく、いずれここもガルヴァスに気づかれると思います。そのためにもまず、一刻もここを出る必要があります」
「でもよ……」
「他に何かいい案があるんですか?」
「うっ!」
「そ、それは……」
日下部を庇うようにトーガは意見を出し、彼の言葉に耳を傾けていたレジスタンスのメンバーも即座に反論したが、トーガの返答に口が噤んでしまう。その結果、次第に刀牙から目を背けるように顔を下に向けていた。
「みなさん、今はあなた方だけで言い争っている場合ではないですし……」
「そ、それもそうだな……」
「じゃあ、決まりということで……」
トーガの言葉に追い打ちをかけるように佳奈も説得に応じた。その甲斐あってか、大人たちを納得させることができた。
ようやく議論がまとまったことにトーガは疲れた様子で溜息をつく。組んでいた両手を解き、履いていたズボンの左右両方のポケットにそれぞれ突っ込む。
このまま議論が続くとどうなるのかと思わずにいた日下部はトーガと佳奈がいる場所へ赴き、感謝の言葉を述べる。
「すまない、トーガ君。また、君に助けられるなんて……」
「しっかりしてください、日下部さん。あなたはここのリーダーなんですから」
「あ、ああ……。なにせ、ここの前のリーダーが死んで、どうすればいいのか分からなかったから……」
「…………」
トーガは右手を日下部の肩をポン、と優しく叩く。しかし、その心の中は今の気持ちとは裏腹に日下部を心配していた。
日下部はどう見てもリーダーとしての器が小さく、実は成り行きで務めていたのである。そのプレッシャーは凄まじく、彼の気持ちを沈ませてしることをトーガは理解していた。
しかし、状況はそれを許すはずがないのだ。否応なく彼らを現実に進ませていたのだ。
ちなみに彼の前のリーダーは先の戦闘にてシュナイダーの攻撃に巻き込まれ、死亡している。それが日下部をさらに苦しませた。
(無理もないか……。でも、今は……)
刀牙は逡巡し、レジスタンスのメンバーに聞こえるように言葉をかける。
「しばらく会うことはできませんが、皆さんのご武運をお祈りしています」
「ああ!」
日下部はそれに応じた。
「仕方ねえか……。おい、やるぞ!」
一方、片桐は諦めた様子でため息をつき、メンバー全員に準備を進めさせるために立ち上がる。メンバー達も片桐に便乗して立ち上がった。
彼らの目的はただ一つ。明日を生きるために。
朝を迎え、準備を終えたレジスタンスは唯一日本で戦力を保有している日本軍に合流するために移動を開始し、二台の車を走らせていた。
本来ならば東京の街中で走らせても別に問題はない。外装を見てもガルヴァス軍が用意する物であることには変わらないし、軍もさすがに街を壊すわけにいかないと躊躇うだろう。
その思いをすがるように日下部たちは願っていたのだが、道路の渋滞や検問に引っ掛かることはさすがに面倒だったからか、なるべく危険が少ない廃墟の中を突き進むことに至った。
さすがに軍も立ち寄ることもないのだろうと踏み、失うべきではない命を荷台に乗せてトラックを走らせていた。
侵攻が起きた当時のまま、時が止まった街中で日下部の隣の助手席に座っていた男がずっと頭の中にあった疑問を日下部に投げかける。
「なあ……アイツ等を連れてこなくて良かったのか?」
「あの二人を巻き込むのはさすがに嫌だと思っているさ。まだ学生だぞ?」
「だけどな……あの赤峰って野郎……あの男の息子だぞ? たとえ素性でも交渉の相手には丁度いいと思うんだがな」
あの二人とはレジスタンスに協力しているトーガと佳奈である。男は日本軍と合流するなら彼らも一緒にいたほうが良いと進言するなど、トーガはそれだけの価値があるのだと語った。
「絶対にダメだ。彼を親父さんのようにはさせたくない。あくまで名前を使う方がまだマシだ」
「そうか……。まあ、お前がそう言うなら、とやかく言うことはねえよ」
しかし、日下部は巻き込ませるわけにはいかないと猛反対を貫く。それは単純に優しさからくるものであり、彼を父親のようにはさせたくなかったからというのが本音であった。
もっとも、政治にも関わることもあるのだが……とにかく利用したくはなかった。
日下部の意地を貫くようなその言葉に男は溜息をつくように納得した。その後、男は外を見ていると景色に異変を感じたのか、さっきとは別の疑問を口にした。
「なあ、なんか今日、カラスの数がやけに多くねえか?」
「え? そういえば……」
男の言葉に答えるように日下部が外の景色を見ていると電柱や電線、廃墟などの上に多くのカラスが並び立ち、その中の数匹がカアッ、カアッと鳴き声を発しながらトラックを見ていた。地面を見下ろすそのたくさんの眼は日下部たちを震え上がらせるには十分であった。
「何か、嫌な気がするんだが……」
「まさか」
「だってよ……カラスって確か不吉を呼ぶ、って昔から言われているんだが……」
男が何やら不安そうな様子で日下部に伝える。だが、その疑問を避けるように日下部は乾いた笑みを浮かびながら答える。ただ、あまり余裕はなさそうに見え、このまま敵に見つからないでいることか、運転に集中していることなのか、彼の傍らにいる男でも分からない。
自分たちを見つめているカラスにビビったことにも関わっているかもしれないが、気のせいだろう。もっとも、カラスに伝わる逸話は真実かどうかは分からず、伝承に過ぎないと思われても仕方なかった。
「いくらカラスが不吉を呼ぶと言ったとしても、そんなの迷信に決まってるだろ」
「それもそうだな。もし、なにかあったとしても、あれがあるんだから……」
男は左側にあるカーブミラーを見て、一番後ろにあるトレーラーに目を向ける。視線の先のトレーラーには、彼らが準備していたものが積んでいた。
そして、トラックは廃墟に挟まれた道路を真っ直ぐに突き進んでいった。その様子を上空に佇み、偵察に出ていたガルヴァス軍の戦闘機に映っていたことも知らずにいた。
ようやく本編に入りました。