追跡
前半はレイヴンイエーガーズの秘密、謎が明らかとなります。
時を同じくして、レイヴンイエーガーズの本拠地である絶壁が目立つ島に潜むハルディ達は島の周辺を警戒していた。
その一角と思われる四角い空間を形成させるブリッジでは、六人のオペレーターがそこに設置されたパネルを利用して島の外を観察している……はずなのだが、問題という問題は今日も起こり得ることはない。
そもそもこの島をはじめとする海全体は、ここに立ち入ることすら許されない"帰らずの海"と呼ばれる都市伝説となっていたのだから。
そして現在、見張りを担当していたのは、カイネ・ケイティとクラネット・アイルズである。残りの四人は別の場所にて休息を満喫していた。
「……今日も異常なしか」
「まあ、いいんじゃない。こういう日があっても」
二人の呟き。それはまさに今の自分達の現状、すなわち現時点そのものだ。この島にいる限り、危険はないと言いたげである。そんな毎日が続く中、平穏を切り裂く音がピー、ピーと鳴り響いた。
「「!」」
二人がその音を耳にすると瞬時に、家でゴロつく子供から仕事に赴く社会人へとスイッチを切り替える。音の発生源である通信を開くと彼らがよく知る人物の声がブリッジに明瞭に響いた。
二人はただちに彼らのトップに話の相手を代わるよう、そのトップがいる場所へ通信を繋ぎ始めた。
「……で、話って何なの? ――茜」
『………よく聞いてほしいの』
彼らのトップを務めるハルディは、自身がいる島に通信を繋いだ相手と話していた。パネルには映像が映らず声だけが聞こえる。その声の持ち主は、彼らの仲間――《同胞》である茜であった。
彼女は今ルーヴェと共に東京で行動しているはずなのだが、こうして通信を繋いだということは何かあったのは間違いないだろうとハルディは予想する。
『――"適合者"が見つかった』
「!?」
茜から出た言葉は、予想だにしない、いや、予想を越えたものだった。とてつもない衝撃を受けたハルディは思わず目を大きくした。カイネとクラネットも続けて顔を見合わせる。そのキーワードは彼らにとっても一番よく知るものだからだ。
「本当なの!?」
「ルーヴェが見つけたらしいって……今、後を追っているところよ」
茜は建物の影に隠れながらスマホで通信を繋ぎ、視線をその直線上にいるエルマを含む四人の女子に向けて監視を続けていた。隣にいるルーヴェもそれに参加している。
ちなみにエルマ達がいるのはとある店の中であり、売られている商品を見ていた。外からは丸見えのため、ルーヴェ達は外から監視するには問題はなかった。
「……え? 代わってほしい? 分かったわ――ルーヴェ」
茜の呼び掛けにルーヴェは一度彼女がいる方向に振り向く。すると茜が「代わって、ってさ」と目の前にスマホを出してきた。ルーヴェは何も言わずに手に取り、スマホを耳の近くに引き寄せる。もちろんエルマ達から目を離すことはせず、監視を続ける。
『あなたが見つけたっていうけど……間違いないの?』
「間違えるはずはない。でなければここに来ることはない」
『なるほどね……あなたがここにこだわる訳だ』
ルーヴェがいつもより神妙な顔でハルディと会話していた。それだけ自信があることをハルディは感じ取ったのだ。すると今度はハルディがルーヴェにその理由を尋ねようとする。なぜなら今回の彼の行動に疑問を持っていたからだ。
「それでなんだけど……いつから気づいていたの?」
『……レジスタンスを援護しようとクロウを起動させた頃のことだけど……』
ルーヴェは黙秘することもせず、ハルディにあることを告白する。クロウと共にガルヴァス軍の前に現れる直前、実はある違和感があったこと。彼が山奥から東京に入った頃のことについてだ。
「…………」
ルーヴェが東京の街を通り、戦闘が行われている目標地点に向かっている最中、
キィイイン!
と、妙な違和感が彼の頭に電撃のごとく走り抜けたのだ。この感覚は、覚えている! と言わんばかりにルーヴェの表情は険しいものとなっていく。しかし、その疑いは後の行動に取っておき、今は自分がやるべきことを優先させたのであった。
「そういう事……。なら反対はしないわ。茜もついていることだし、できるだけ踏み込むようなことは避けてちょうだい。いいわね!」
「……了解」
ハルディの許可が下り、ルーヴェ達はエルマの監視を続けることにした。するとエルマ達が店から出て、別の場所へ行こうと歩き始めた。それを見ていたルーヴェ達も彼女達の後をついていく。端から見れば、まさしくストーカーであった。
ルーヴェ達との通信を終えたハルディは、人と話をしていただけなのに疲れたように溜息をついていた。
「…………」
ルーヴェ達との通信を受けて、衝撃の影響が未だ続いている。考えがまとまらない様子の彼女に、同じく聞いていたオペレーターの二人が話しかけてきた。その内容は当然……
「"適合者"、ですか……」
「もしかしたら、と思っていましたが……」
二人も表情がやけに暗い。言葉を聞いただけで彼らの表情を変化させるということは、彼らにとってはまさに忌々しいものなのだ。それは嫌悪というよりも同情に近かった。
ハルディ達がいるこの島は、実は彼らが忌み嫌うものがあったそうだ。さらにこの島で過去にあることをしていたらしく、彼らにとって気持ちが安らぐ所ではなく、元々は彼ら自身が逃げ出したいと思いたくなるような所であり、今とは真逆だった。
そう、この島は本当の意味で世界から切り離された所であったのだ。
「でも、ここで同胞を見つけられたのは幸運と言ってもいいわ。出所とか、他の適合者も見つかるかもしれない」
「そうですね。ルーヴェがいてこそ、って感じです。それに関しては彼がスゴいですけど……」
そもそもルーヴェは"繋がる"ことで"適合者"を探し出すことができるのだ。ちなみに茜達も同じ事ができるのだが、ルーヴェよりは上手くはない。
なぜなら、"適合者"を見つけ出す方法はある検査しか判別されない。その検査の結果が残酷な現実を意味しており、常識を覆しかねないことでもあった。そして、"適合者"を一目で見つけるには同じ"適合者"にしか分からないのだ。
ルーヴェが行動を移したのは、自分と同じ"適合者"がいたこと、そしていずれ自分達と同じ目に合う可能性を否定できないからだ。だからこそ、その前に……というのが本心であった。
ルーヴェだけでない。茜やリンド、アレン、ハルディ達"カラス"も同じ目にあっており、心に傷を負っていた。"生け贄"にされた頃のことだ。その時の記憶が彼らの頭の中に今でも蘇る。
ルーヴェが"適合者"を見つけたことは、いずれその"適合者"もそうなることに彼らはすぐに気づき、ルーヴェの行動を認めたのだ。
カラス達は進む。自分と同じ同胞が、もう二度と自分達と同じ目に会わせないために。
——私達と同じ"生け贄"にされるわけにはいかない、と。
一方、ルーヴェ達と同じくアルティメスを操れるリンドとアレンは、ルーヴェ達と同じく行動を移していた。自身のアルティメスを持ち出して赴いていた場所は、ガルヴァス帝国の重要拠点である軍事プラントだ。その彼らは今、軍事プラントの破壊の真っ最中であった。
ルーヴェ達がいる東京は今、空に太陽が輝いて光をもたらすほど真っ昼間だ。ところがリンド達がいる場所は、それとは真逆に空を黒が支配し、星が輝く夜が広がっていた。
銃声や爆発音が響く中、地上では護衛に出ていた多数のディルオスがプラントを襲撃してきた敵を近づけまいとマシンガンで迎撃を行っている。基地からも迎撃用の武装を使用し、ディルオスに加勢する。
だが、襲撃者である二機のアルティメスはそれらを難なくと躱し、逆にトワイライトはゼクトロン・アサルトライフルで、ヴェルデはゼクトロン・スナイパーライフルでそれぞれ攻撃に転じる。一進一退の攻防が続くが、徐々にディルオスが墜とされ、ガルヴァス軍は攻撃の手が小さくなっていった。
「毎度、毎度お仕事熱心ですね、っと!」
「!」
攻撃の手が小さくなり、ディルオスの陣形が薄くなったその隙を見逃さなかったアレンは一度地上に降下する。ヴェルデの武装は地上だと有効に発揮できるため、空にいるトワイライトとの同時攻撃を行うためだ。
ヴェルデが地上に降りるとすぐに左の背部に搭載されたガトリング砲を展開する。砲身が轟音と共に回転し始め、銃口から放たれた咆哮がディルオスへと襲い掛かる。爆発音すら塗りつぶすその咆哮は際限なく周囲に響き渡り、鎧をまとった巨人達は震えることも抵抗することも許さずハチの巣と化した。
穴だらけにされた巨人達は花火のごとくその身を散らした。燃え広がる炎は暗い空間に明かりをもたらすように照らされる。まるでそこは爆心地だ。
「本当に、えげつないっていうか……」
リンドはヴェルデがもたらす破壊に苦笑いだ。一応、基地からの迎撃を無効化させるために武装を破壊し、反撃を封じさせているがアレンに注目が行くばかりである。
「!」
だが、その余韻は打ち水を浴びるようにすぐに消失する。
爆炎から援軍と思われるディルオスが数機現れ、右肩に担いだミサイルランチャーから大量のミサイルを発射する。放たれたミサイルはそれぞれその場に留まっていたトワイライトとヴェルデに襲い掛かった。
避けきれないと判断したリンドはトワイライトの左腕に装着されたエナジーディフェンサーを展開する。先端が伸びたひし形の盾が持ち主に傷一つつけまいと破れることなくミサイル攻撃を阻んだ。
一方、地上に留まっているアレンは危機を察知し、ホバーを駆使しながらマシンキャノンで自身に向かってくるミサイルの数を減らす。しかしそれらをすべて捌ききれないと判断するとヴェルデの左肩に架けていたシールドを手に取り、自身を覆い隠すように前に突き出す。
目標を定めていたミサイルはそのままヴェルデの前に突き出されたシールドに阻まれて爆発し、その爆発によって生み出された灰色の煙だけが残った。
これによりトワイライトとヴェルデには傷一つすらついていない結果になり、ガルヴァス軍の反撃は意味すら生まれない徒労に終わったのだった。
『ほ、本当に無傷だと!?こ、これでは……!」
先程ミサイル攻撃を行った一機のディルオスが腰を引けるように一歩下がる。信じられない光景に恐れを抱くのは自明であり、誰もが畏怖せざるにはいられなかったのだ。
だが、彼らが感じているその恐怖をさらに加速させる、攻撃が実行されようとしていた。それはトワイライトとヴェルデ、それぞれの最大の火力を持つ武装が展開されたのだ。
トワイライトは空に佇んだまま夜空に輝く月を背にし、背面部にあるゼクトロン・ビームランチャーの砲身を展開する。反対に地上にいるヴェルデは右背面にある滑空砲の砲身を前面に展開していた。
「じゃあ、同時にいくよ!」
「ああ、いつでもいいぞ」
両者は呼吸を合わせるように右レバーのスイッチを押すとそれぞれ展開された武装から二つの閃光と一発の弾丸が放たれた。
轟音と共に放たれた三つの閃光はそのまま軍事プラントの中枢に直撃し、十字の光りを発した後、軍事プラントは大きな爆発に見舞われ、その余波が雪崩のごとく先に出ていたディルオスを巻き込み、軍事プラントは形すら消えてしまう。残ったのは、天高く昇り続ける黒煙だけであった。
「うーわ! いつもながら、スゴいね……」
「これで奴らも動きはさらに鈍くなる。まともに国を管理することが難しくなることだな」
建物が空襲を受けたような光景にリンドが苦笑いする中、アレンは冷淡な口調でガルヴァス帝国の行動を予測する。帝国にとって重要である軍用プラントが破壊されれば、向こうも現在行われている政治活動にも悪影響が出るのは明らかだった。
「ま、それもそうだけど、二人にやらせてもよかったんじゃ……」
「あいつらにそこまでの火力を持っていると思うか?」
「……確かに」
ルーヴェが操るクロウも茜がクリムゾンも、ディルオスを圧倒する強さを持っているのだが、実はそこまで火力が高いわけではない。
アルティメスには、クロウは汎用性、クリムゾンは接近戦とそれぞれ異なるコンセプトで集約されており、リンド達が乗る機体には拠点制圧を視野に入れた設計を取り入れているため、火力はこちらより劣るのだ。
特に軍事プラントのような基地制圧には、トワイライトやヴェルデのどちらかが必要不可欠であり、ルーヴェ達には荷が重いのが主な理由だった。
「あちらも成果を持ってくるかもしれないだろうし、報告が来るのを待ちますか」
「そうだな。たまにはゆっくりしたいものだが……」
二人はそう言い切ると軍事プラントだった場所を後にした。仮に生き残った者がいようといまいが、もうそこが使い物にならないことだけは変わらず、もはやここを破棄するしか手段はない。
またしてもガルヴァス帝国は大きな痛手をくらう羽目となったのだった。
後半は主に戦闘となりました。設定を考えるとなると、自ずと役割も決まっていくんでしょうか?




