ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス
今まで登場していなかった人物が出てきます。
ルーヴェ達が自分達の本拠地である島(巣)から飛び立ったその頃、島とは異なる領土を持つ国の、とある場所にて悠然と歩みを進める者がいた。そこは広い空間となっており、たくさんの人間が行き交う所だ。しかも、そのほとんどが同じ紫の服を着ている。
その人物が歩む道筋には、阻む物も邪魔する物もない。ただ我が道を進むだけだ。
しかし、奥から男がやって来て、その者と目を合わせると男は一瞬で姿勢を正し、即座に敬礼を行う。その後、男は速やかに通り過ぎていった。
その歩む者は周囲にいる人間とは明らかに地位が高いことを示していた。当然である。なぜなら、その者は一国を支配する者も血を引く人物だからだ。また、その後ろには部下と思わしき人物が二人も控えている。
先んじて前を進むその人物が向かう先は、国の中枢と思われる支配者の巣窟であった。その巣窟に足を踏み入れるその人物は、赤紫の髪を束ねた女性だ。身にまとう服も同じ色で統一されている。その風貌は見る者を圧倒する程、美しかった。
その女性が歩む、中枢と思わしきその場所は大きく広い空間で形成されていて、その後ろには豪華な装飾が施された椅子が一つ置かれていた。周囲には赤いカーペットなどで仕切られており、そこに警備を務める軍服を着た士官が大勢いた。
そして、その椅子に女性が背もたれするように座り、前足を上にして足を組みつつ両腕を肘かけに置いた。いかにも偉そうに座るが、彼女にはそれが許されるのだ。なぜならば、
「お戻りなられてご苦労様です。ガルヴァス帝国第二皇女、ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス殿下」
そう、彼女はこの世界を支配する国、ガルヴァス帝国の皇帝の二番目の娘であり、"女傑"という二つ名で知られている皇女であった。そのヴェルジュの前に立つ、彼女の戻りを待っていた二人の男は直属の騎士、ヴェリオット・ラーガンとグランディ・エライザである。
「ああ、留守番ご苦労だ。ヴェリオット、グランディ」
「いえ、滅相にもございません」
「姫様をお守りすることが我々の使命ですから」
皇女のねぎらいに騎士達は揃って答える。二人は彼女が幼い頃からの付き合いであり、長年の主従関係を築いていた。それは三人がお互いを信頼する程の絆を持っている証だ。
現在、彼女がいる場所は、アジア連邦の首都、龍虎の中心部にある大華と呼ばれる巨大なドーム状の建物である。豪華にも見えるその装飾に、今にも天に駆け昇る龍の壁画や、大地に爪を立て、天に向かって雄叫びを上げる黒の模様が彫られた大きな金の虎の像が添えられている。
その大華になぜ他国の皇女様がいるのかというと、それはここが帝国の領土でもあったのだ。もっとも、あくまで取引の上でのことであって、支配権で言えばアジア連邦にあった。
当時、ガルヴァス帝国の進行の際、日本をはじめとする他国が抵抗の姿勢を示す一方で、連邦は抵抗ではなく様子見の姿勢を見せ、睥睨していた。次々と侵略が進む中、連邦は帝国に対して取引を行った。
内容は国民の一部をこちらに移住を許し、さらにギャリア鉱石の研究に協力することであった。
その内容に帝国は承認し、取引は成立した。一部の国民は当時のトップを売国奴と避難し始める。国民の怒りは至極当然だ。
しかし、彼らもまたウイルスで国益がガタガタであったことや、戦力があっても数しか間に合わなかった事情も重ねられていて、まともに相手していられなかったのだ。
取引でも不満がなかったわけではない。単純に言えば、国益をそちらに譲渡する意味でもあり、市民の負担もこちらで請け負うことでもあったのだ。
いかにも矛盾した内容ではあるが、仕方ないという一言で片付けるしかなかった。言うなれば、WinーWinの関係である。取引としても正しいことでは言い難いが、間違ってもいない。
国を守るトップらしい思考かつ適切な判断だ。守るためならば、切り捨てることも厭わない。それができなければトップなど務めるはずもない。そして取引も相手にナメられてはいけない。
なぜなら、取引はお互いが対等でなければならないのだから。
ヴェルジュが座る空間は東京と同じ謁見の場である。例えるとすれば、ここはアジア連邦の聖寮に当たるだろう。その近くにはシュナイダーが製造・調整が行われている格納庫も存在していた。
そのヴェルジュの近くに部下のヴェリオットが話し込む。
「殿下、アジア連邦の大統領がお見えです。対応をお願いします」
「そうか、分かった。連れてこい」
「イエス、ハイネス」
ヴェリオットが主への敬礼を行った後、もう一人の騎士であるグランディに要人を連れてこいと促す。二人はそのまま大統領の元へ趣いた。
残されたヴェルジュは右肘を立て、手を丸めつつ顎を乗せた。これは何かを考える姿勢だ。
(奴なれば、あの愚弟を守ることなど容易いが、念を入れて正解だったようだな。実際、あのレイヴンイエーガーズとかいう連中を前にして、生き残ったということも評価しなければならないからな……)
愚弟とは当然、彼女と同じ皇族であるルヴィスだ。彼女いわく、ヤンチャだったらしく、手を焼かせていたこともあった。しかし、彼女は母親が違えど弟であることには変わらず、その相手をしていた。それは家族として、姉弟としての責任が大きかった。
それはたくさんもの犠牲を出したあの【ギャリアの悲劇】にて、彼女にとって家族の一員でもあった一人の兄弟とその実母が亡くなったからである。もちろん、血も半分しか繋がっていなかったが、家族として接していた。そのため、ヴェルジュはこれ以上の犠牲を強いることも許すこともしなくなった。
(今私がこうしているのは、あなた方のためでもある……。もっとも、あなたが浮かばれればいいが……許してはくれないかもな)
ヴェルジュの口元が緩む。口にもしないその思いは、この世にもいない義母と一人の兄弟に向けてのものであり、彼女には似合わないものであった。一瞬、口にせずにはいられなかったのだが、思い留まることにした。
耽る思いを遮る声が空間に響いた。向こう側のドアからのノックの音だ。
「お待ちしました、殿下。ただいま、連れてまいりました」
「では、入れ」
「ハッ!」
大きな二枚のドアが空間の中に侵入するように開かれる。そこには従者である二人の男と中年の男が待ち構えていた。その男こそ、このアジア連邦の政権を握る大統領である。大統領が赤い直線のカーペットを進み、ヴェルジュから一メートルほど離れたところで一旦足を止めた。
「お久しぶりでございます、皇女殿下。数ヶ月ぶりでございますが、お変わりはないようで」
「フン、貴様も何も変わっていないようだな。その姿も」
「いえいえ、滅相にもございません。そちら方の援助があればこそでありまして……」
大統領の方から話しかける。いかにも相手の機嫌を伺うような言い回しであり、ゴマをする姿勢が見え見えであった。それを見透かしていたのか、ヴェルジュは上から目線で話を進める。
「ところでなんですが、前々から外が騒がしい様子でありましてですが……」
「ああ。噂は聞いている。何やらカラスがうるさいらしいからな……」
「カラス、ですか。ああ……確かにうるさい生き物ですが、そちらではないですよね?」
「それもあるが、愚弟を困らせるあの組織のことを言っているのだ。まさか、そのことについて話に来たのか?」
大統領は街中でもよく見かけるカラスのことを言ってるつもりだったが、目の前の相手は根が真面目なのか、違うと言いたかった。というより、男よりも男らしいセリフは女から口できるはずのないものである。だが大統領も頭が悪いわけではなく、ただ冗談として伝えていたつもりなのだ。
「ええ。いや、両方ですか。カラスというのは、相手を困らせるヤンチャってイメージがありますからね……」
「違いないな。しかし、そのヤンチャの相手をするのが、私の役目でもある」
「ホウ、てっきり興味ないと思っていましたが……」
「ま、嫌いではないがな……」
ヴェルジュは腰を持ち上げ、椅子から立ち上がる。普段から履いているハイヒールの高さもあるが、その身長は大統領よりも高かった。その彼女が明後日の方向へ顔を上げ、ニヤリと笑う。その表情は女特有のものではなく、男のそれに近かった。
「どうやら、"アレ"を出す日も近いな……。クククッ……。……お前達、いつでも動けるように準備をしておけ! 我々も動くぞ……!」
「「イエス ハイネス!」」
この国を仮にも支配しているはずの皇女殿下が何やら悪巧みを考えたような笑みを浮かべる。その中で大統領は一瞬、「?」というマークが頭の中に占めるが、すぐに彼女の言っていることの理由に気づく。その後、「では、自分はこれでということで……」という言葉を残して謁見の場から去っていった。
(楽しみだな……。私の力を見せつけるのを……!)
それは悪者の笑みであった。彼女もまた、争いを肯定する側の人間だということを証明させていた。
それから数時間後、ヴェルジュ率いるガルヴァス帝国の義勇軍は、この世界の腐敗を狩るカラス達と衝突することになる。彼らは、その瞬間まで強い意志という名の刃を研ぎ澄ましていた。
一方、アジア連邦から離れた一つの島国である日本の首都、東京にて一人の科学者がグッタリと背もたれをしていた。いかにも面倒くさそうにうな垂れる様は、科学者という想像とはかけ離れている。
「ラットく~ん。そういえば"アレ"、連邦に届いているよね~?」
「主任……だらしないですよ。というより、既に届いています!」
「なら、いいや~」
うなだれる化学者にうんざりするような表情を見せるのは、その助手、ラット・グラジル。その手には湯気が出る程の温かいコーヒーを注いだ二つのカップがある。
二人が今いる場所は、聖寮の格納庫の一角に存在する、二人だけに許可された研究施設だ。その施設にはテーブルの他に、壁一面に高度に発達した巨大パネルが設置されている。そのパネルは指を動かすと瞬時に切り替わる仕様であり、操作も簡単なものである。
その科学者、キール・アスガータの元に近づくとラットはため息をつきつつ、めんどくさそうに片割れのカップをテーブルに置いた。
どうも、二人の会話が噛み合ってないように見える。正反対の、鏡合わせの関係だ。だが、二人はとある人物の下で学んできた仲であり、反発しながらも競い合ってきた。その人物は二人にとって尊敬する存在でもある。その人物がいなくなってからもそれは変わらなかった。
「確か、ヴィルギルトと同時期に開発された機体ですよね? 試作機の一つの……」
「そうだったね~。まあ、欠陥品でもあるけど、ウチの皇女様はもの好きだから……」
「ふざけないでください。……その点に関しては同意できますけど」
二人の会話からおそらく、シュナイダーのことだろう。"アレ"という存在も、彼らが開発された機体らしく、かなりの性能があることが期待できる。しかし、ヴィルギルトとは異なり、欠陥を抱えているとキールは呟く。その疲れたような言い方にラットは言外にシャキッとしろ! と伝えたかった。
シュナイダーの開発担当を務める二人は、ヴィルギルトの他にも試作機をいくつか制作していた。もっとも、失敗を重ねることもあったが、同時に皇帝から期待を寄せられることもあった。
現在も、本国で新作のシュナイダーを製造しているという噂が各地に点在しているガルヴァス軍の軍事基地の中で流れており、おそらく支配権の拡大を主眼としているだろう。その白羽が立った二人は大忙しである。
その大忙しである二人は現在、本国を離れている。それは彼らが製造に携わったシュナイダー、ヴィルギルトの調整、すなわち世話を担当しているのである。制作された"アレ"はアジア連邦に渡っており、ある人物の愛機として迎えられている。そのある人物が本国の第二皇女である。
「あの人の理論を則って造ったシュナイダー・フレームの行き先が、こんな殺戮を呼ぶようなこととは……あの人がいたら怒っているだろうね……」
「違いないですね……。あの人はそんなことを望む人ではありませんですし……。残念です」
「もしあの人が生きているとしたら、どうしているんだろうね、ラット君?」
「縁起の悪いことを仰らないでください、主任。……もしかしたら新たなシュナイダーを制作しているかもしれません。例えばの話ですけど」
その"あの人"とは、キールよりも以前に主任を勤めていた人物である。その人物は人格者の一人であり、二人を含めた多数の科学者達が尊敬の念を抱く程、素晴らしい科学者であったそうだ。
だが、その思いに耽る二人の空気はいつの間にか微妙なものに変わっている。両者が皮肉った言い回しをしているが、気分は一向に晴れなかった。無理もない。
なぜなら、彼らが今でも尊敬するその人物は――既に死んでいるのだから……。
しばらくして二人は揃って大きな溜息をついた。二人にとっても、それだけ衝撃的だったのだ。
最後は衝撃的なものでしたが、これも後のち明らかにします。
っていうか、ネタバレ多すぎ! と思われるかもしれません。
この作品の前半はそのオンパレードだと思って頂ければよろしいと思います。




