噂
数少ない日常回です。
三機の謎のシュナイダーと一機の戦闘機が世界各地に現れてから夜が開けたその翌日、その情報は一般人には知られず、レジスタンスによる反抗という形で報道され、真実はそれを目撃したものにしか分からないまま、表に出ることもなかった。
だが、それが嘘か真かどうかはわからないまま噂として世間に広まっていた。
それは「大きな人が飛んでいる」、「見たことのないシュナイダー」など、妙な書き込みがネットで流れており、それを見て驚いたものが多数存在した。もちろん、その書き込みは情報が不鮮明であることが理由ですぐに削除されたのだが、それに似せた書き込みが投稿され続け、削除するのに手一杯であり、後を立たなかった。
そもそもシュナイダーの存在は、この東京を含めた世界中の人間に知れ渡ってはいるものの、詳しいことを知らない者も数多くいた。
一月学園に通う生徒達の中に、それらのことには関心を持つ者もいるが、今日も平和に暮らしていた。
教室の席に座っていたエルマの近くに、彼女のクラスメイトである一人のガルヴァスの女子学生、ルル・ヴィーダが声をかける。
「エルマ、ちょっといい?」
「いいけど、……何かあったの?」
「これを見て」
「?」
ルルは微笑むように自分が所有しているスマホを見せる。何だか怪しく見え、エルマの表情は険しいものとなる。そして、その画面に映る内容に眉を細めた。
その内容とは、
「え? ……これって……!」
「そ! 明らかにこれ、ガセなんじゃないかなと思ったんだけど、どうもね……。偶然映ったのを見て、珍しかったのか誰かが、これを撮って送りつけたらしいのよ。周りもほら、これに夢中なわけだし、どう思う?」
上空に佇む翼を生やした人のような黒い影が映っていたのだ。その画像を見たエルマは右手で口を押さえるが、驚きを隠すことができなかった。
ルルはニヤリとした表情を崩さないまま、彼女の周りにいる学生達にチラリと見る。どうやら彼女と同じことを考え、クラスの友人達に吹き込んでいるらしい。ルルはそれが真実だと思い込んでいるようが、実際は本当である。
「分からないよ。だって、何の確証もないんでしょ? これだけじゃ、確かめようもないし……」
「実はそれだけじゃないの。なんと各国にもそれに近しいものが現れた、って噂よ」
「嘘……」
エルマは思わず確証もないガセネタだと否定するが、ルルはその他の国でも同様の出来事があったのだと説明し、真実だと言い聞かせた。もちろんエルマはそれでも否定したままだが。
周りが騒ぐ中、エルマとルルの二人のやり取りを教室の後ろから見ている、彼女達と同じ制服を着た男女がいた。その二人とはレジスタンスに参加していたはずのトーガと佳奈であった。
彼らもまた、ここの学生として学園に通っていたのだ。
「 トーガ君。昨日の話、本当かな……」
「…………」
質問を投げかける佳奈に対して両腕を組むトーガは無言のまま、昨日の夜に起きた出来事を思い出していた。
その出来事とは、トーガの電話からレジスタンスが東京を脱出したとの報告が来て、片桐がその電話の相手を務めた。そして、それまでに起きた顛末を教えてもらい、その存在を知ったのだ。
「黒いシュナイダー?」
「ああ。俺はそいつに助けられ、みんなと合流できたんだ。それで無事に脱出できたって訳よ。……まあ、あいつが味方かどうかは知らねえけど……」
片桐はクロウを思い出して、ホッとしたのか苦笑いをした。脱出させてくれたことに関しては恩を感じてはいるのだが、ただ、自分達に味方する者なのかどうか、判別しづらいことには変わらなかった。
「そうですか。なら今度は、無茶をしないでください」
「わかってるって! ……お前らも頑張れよ」
トーガは冗談を言うように片桐へ今後とも無茶をしないという一言を込めて、釘を打つ。片桐はそのことに心をブスリと刺された。片桐は電波の向こう側にいる二人に元気をもらうような言葉をかけつつ通話を切った。
片桐から通話が切られた刀牙は、表情を動かすこともなくそのまま携帯の画面を一心に見ていた。
そして現在。
「あの人達が嘘を言っている様子には思えなかったが、どうも信じられないな……。ま、自分の目で確かめるしかないだろうけど、今のままではな……」
「…………」
佳奈は顔を下に向け、無言で納得するしかなかった。またトーガは、今は何もできないことに歯がゆい様子を見せる。周囲とは逆に、静かな空気が二人の間に流れていた。
一方、外の世界とは異なる別世界にも似たとある空間。
その大きな空間の一角にはシャワー室が存在し、男女という性別で分けられている。その女子が使用する空間の中で長い金髪を生やした成人の女性が一人、着ているものが何一つもない身体をシャワーで頭から全身にかけて浴びていた。
彼女は背が高く、体はスタイルが抜群であり、大人の雰囲気を醸し出している。シャワーから出ているお湯と共に出ている湯気が彼女を囲む個室の中で立ち篭もり、見えるものが遮られていた。にも関わらず、その魅力はダダ漏れであった。
彼女はシャワーを一通り浴びると左手で蛇口を動かしてお湯を止め、両手でその髪に濡れたお湯を払う。すると水滴に濡れた金髪が光を反射し、より輝きを増していた。
その個室のドアが開かれると彼女が中から出てきて、タオルで前を隠したまま、左横にあるシャワー室にあるドアまで歩き始める。
ちなみにシャワーがある個室は複数設置されていて、彼女が今使用しているシャワーの個室もその一つだ。
彼女はドアの前に立った後、今度はその横にあるバスタオルを左手で取り、バスタオルで体を拭いて、体に巻いたままドアを開けた。その目の前にある空間は着替え室となっており、服を着替える場所には彼女が着ていたとされる制服が折り畳んだ状態で置いてあった。
彼女がそこに目が行くとその制服がある着替え場所まで向かう。そして、自分が身につける下着を着た後、黒の生地に白のラインがいくつか入った上下の制服を手に取り、そのまま身に包んだ。
その制服は上が手首に位置するところ、下の裾は靴に当たるところまで伸びている。また背中に当たる部分には、ルーヴェ達が乗るアルティメスの象徴というべき黒い烏のマークがプリントされていた。さらに両手には手を包むほどのサイズを持つ白のグローブを付ける。
その長い髪を茶色の髪留めで留めた後、鍔がついた帽子を、白い手袋を着けた左手で後ろを押さえながら右手で鍔を掴んで頭に被り、顔を上げると黄緑の瞳が現れる。その帽子を被り、全身が軍服となったハルディ・アクティーンは、自分がルーヴェ達の《同胞》であることを証明させていた。
「……さて、行きますか」
ハルディはシャワー室を後にし、自分が向かうべき場所に行くために悠然と歩を進めた。
ドアが自動で二枚に割れて両側に移動するとその先からハルディが現れた。
ドアを通り抜けるとその先には広い空間があり、そこに多数ものモニターがパネルごと設置されている。さらにモニターに向かい合うようにルーヴェと同じくらいの年齢を持つ少年少女と、それより上の若者達もいた。数だけでも六人だ。
ハルディは正面にある椅子に向かい、その椅子の頭に右手をかける。
「待たせてごめん」
ハルディが一言謝ると彼女の正面にある巨大な窓の下で椅子に座る男女二人が振り向く。
「いえ」
「別に構えませんよ」
二人は彼女にそんなことは気にしていないと伝える。それは他の四人も同じであった。
ここにいる若者らはオペレーターとして務めており、各国の状況の確認、およびルーヴェ達アドヴェンダーとの通信を担当していた。もちろん、彼らの仲間――《同胞》である。
彼らもハルディと同じ黒の制服に身を包んでいるが、裾が上半身までしかなく、ラインの色が異なっていた。男性は制服に水色のラインが入り、下は長い丈のスラックスとなっていて、女性には上がピンクのライン、下はスカートを着用と、性別で判別できるようになっていた。これは彼らが同じ組織として成り立っていることを示唆している。
しかし、ハルディは男性と同じスラックスを着ており、帽子を被っていることから彼らとは立場が異なることを証明していた。
ちなみに彼らがいる場所は、ルーヴェが戦闘前に通信を出し、その相手が務めていた場所であり、その時は明かりがついていなかったのだが、現在は明かりがついており、全体がわかるようになっていた。その中にはルーヴェの通信相手をしていたオペレーターもいた。そして、ハルディが彼らに声をかける。
「彼らの調子はどうかしら?」
「大丈夫です。今のところは心配ありません」
「アルティメスも問題ありません」
ハルディの問いに中央の椅子の隣で座っている女性オペレーターがアルティメスを操縦するルーヴェたちのこと、右隣にいた男性オペレーターがアルティメスの調子について答えた。どうやら問題は無いとのことだ。だが……。
「そう。でも、特に彼には気をつけたほうがいいけど……」
「……わかっています」
ハルディは胸を撫で下ろすようにホッとする。しかし、彼女は目の前にある椅子に向かって歩きながら心配する様子で右の画面を見る。先程答えたオペレーターも返事する。その後、ハルディは手をかけた椅子に座り、右足を上にするように足を組む。
「あれから数日経っていますが、ガルヴァス帝国の動きはありません」
「なら、そろそろこちらから動かないとね。次の手を撃つわ」
正面にいる女性オペレーターがガルヴァスの動きを報告する。彼らの出現にどうやら手間取っているようだ。すなわち付け入る隙があるとハルディは踏む。
「では……」
「ええ、始めましょうか。私たちの……《レイヴンイエーガーズ》の戦いを」
その言葉を聞こうとする六人のオペレーターは一斉に椅子を傾け、ハルディに視線を集中させる。彼らの視線を向ける中で、彼女は自分達の"組織"の名を語ると共に、怪しい笑みを浮かべた。
東京に位置するガルヴァス軍の駐屯基地にはシミュレータ室が存在し、その部屋にはシュナイダーを操縦するアドヴェンダー用のコクピットが複数設置されていた。そこはシュナイダーの今までの戦闘データを基盤としており、アドヴェンダーの育成にも使用されている。
また、アドヴェンダーも定期的に戦闘経験を積むためのトレーニングとしても利用されていた。
その中で、ガルディーニがその一つを動かし、シミュレーションを行っていた。そこに一人の女性が入ってきて、シミュレーションを終え、コクピットを離れたガルヴァーニと出会う。その女性とは、メリア・アーネイであった。
「また、ここにいらしたのですね。ガルディーニ卿」
「何だ、メリアか」
「ここの所、いつもここにいらすようですから……」
「私の勝手だ!」
ガルディーニは、ルーヴェに敗北してから時間があるごとにシミュレータ室に篭っていた。よほど悔しかったのか、ストレスを発散するために使用していた。メリアが声をかけるが、突っぱねられる。
(……やはり、まだ引きずって……)
ガルディーニがメリアと視線を合わせないように顔を右に向けていて、あの事を意識している様子をメリアは心配していた。それは無理もない話である。彼はプライドそのものをズタズタにされたのだから。
「そろそろ、戻られた方がいいのでは……」
「……わかった」
これ以上無理させられないとメリアは再度声をかける。今度はメリアの言葉に傾けたガルディーニは、渋々従う様子を見せる。その後、二人は部屋の電源を下ろし、ドアを開けてシミュレータ室を後にした。
東京の都市部から離れた場所にある森に囲まれた大きな山の上に、アルティメス・クロウがその山陰に隠れるように右膝をつきながら立っていた。そこは最初に戦場に現れる前にクロウが隠れていた山であり、隠れ家としても十分に活用できるため彼はそこを利用していた。
そのコクピットの中にいたルーヴェは、外で活動するための黒い私服に着替えて仮眠を取っていた。おそらく、その服を着たまま寝食を済ませていたと思われる。
ルーヴェは夢を見ていた。その夢の中でとある空間を視線を変えながら歩いていたが、そこは何やら霧に囲まれている様子であり、それが何なのか判別できずにいた。先の見えないところに手を伸ばすものの、何も掴むことができずに思わず目をつぶる。
その後、ルーヴェはいきなり目を開けるが、今見ていたのが夢であることを確認した。
「……またか。いつものことだけど、よくわからないな……」
ルーヴェは、ずっと同じ夢で体験したことについて残念な様子を見せながら、心の中でこう思っていた。
僕は一体、何なんだ……?
しかし彼の周りには、その疑問を答えることができる者は誰一人おらず、ただ言葉を発することのない黒い巨人だけであった。
最後の謎は後々明らかにします。