聖寮
途中から、新しい土地が舞台です。新たなアルティメスが新キャラと共に登場します。
駐屯基地の後方に位置する聖寮の内部の一角には広い空間である"謁見の場"が存在し、主に皇族との越権を許される場として使用されていた。その謁見の場には鮮やかな模様を持った絨毯などが敷かれており、その目の先には階段と、皇族が座る大きな椅子が置かれていた。
これは皇族の者だけが座ることを許される特別な椅子であり、その背もたれの長さは二メートル近くあり、肘掛けもあるため、いかにもその凄さを実感させるほどであった。交渉など相手が重要な件を伺う時はこの場が用意され、皇族がその相手をしている。
その椅子に座るのは、もちろん本国から渡ってきたガルヴァス帝国皇子、ルヴィス・ラウディ・ガルヴァスである。
もっとも日本人との交渉はあまり行われず、交渉の話が出る前に却下されることなど当たり前であった。いかにガルヴァス人が日本人を嫌っているかを分からせるには十分だった。
また、その空間の周囲には士官らが皇族らの護衛を務め、ネズミ一匹が入る隙など微塵もなかった。
だが、この空間内は今、怒りがこもった言葉が空間外にも聞こえそうな程、強く響いていた。それはルヴィスが先程の戦闘で敗北したガルヴァーニ達に対し、作戦の失敗を責めていたのだ。
「何をしていたのだ、キサマらは! レジスタンスを追い詰めたのはいいが、そのまま逃げられた上、我が軍の戦力であるディルオスを数機もやられるとは何事だ!」
「も、申し訳ありません。ですが、奇妙なシュナイダーにやられまして……」
「言い訳はいい! いいか、奴らを逃せば、日本人共をみすみす付け上がらせる結果にもなるのだぞ!」
「ハッ!」
謁見の場で椅子に座っていたルヴィスの言葉に、その向かい先にいるガルディーニとメリアは頭を下げたまま謝罪をしていた。ガルディーニは先程の戦闘でクロウに倒されていたのだが、コクピットを避けていたからか、無事だったため生存できたのだ。
しかし、一切の抵抗することもなく敗北したことに関しては、彼にとって戦死することよりも屈辱であり、顔を下に向けたまま歪めていた。
その場にいた護衛を務める士官らも、二人に対する叱責に聞くに堪えない様子であり、思わず引いてしまう。
「……もういい、貴君らは下がれ。だが、これ以上の失態は許されないと思え!」
「イエス ハイネス!」
ルヴィスの叱責を聞いたガルディーニとメリアの二人は共にこの場を立ち去っていった。
二人が謁見の場から離れるとルヴィスは不満げな表情を浮かべたまま溜息をつき、その隣にいたケヴィルは彼に近づく。
「大丈夫ですか、殿下」
「これが大丈夫に見えるか?」
「申し訳ございません」
ケヴィルが頭を下げる一方、ルヴィスはある疑問を抱えていた。その疑問とはレジスタンスの粛清に失敗したことである。その疑問を感じ取ったのか、ケヴィルは右手に持っていた携帯式パッドの画面を左指で操作し、右手を差し出して画面にある画像を見せる。
「これをご覧下さい」
「!」
その画像とは、ガルディーニ達と対峙したアルティメス・クロウであり、その画像を見たルヴィスは少しだけ表情を変えた。
「これは?」
「先程までに行われていた戦闘の映像です」
ルヴィスは閲覧した画像についてケヴィルに顔を向けて質問し、ケヴィルはルヴィスの問いに答える。
「ガルディーニたちの邪魔をし、テロリスト共を助けた黒いシュナイダーか……」
「彼らの話ではこの国の技術では開発できてもいない代物だとか。しかも、シュナイダー・フレームを装甲ごと斬るとか仰っていましたが……」
「フン、そんなものがあるはずがない! ……だが、一体何者かは知らんが我々に喧嘩を売る馬鹿が、この世にまだいたということか……」
ルヴィスは先程の出来事をまったく信じない様子を見せ、、パッドをケヴィルに渡しつつ口元に笑みを浮かべていた。だが、その余裕はすぐに無くなることを知らず、余裕が驚愕に早変わりするのはまだ早かった。
ガルディーニとメリアは謁見の場から立ち去った後、別の空間へと続く廊下を歩いていた。しばらくするとガルディーニはいきなりその場で立ち止まる。
それに気付いたメリアも後を続くように立ち止まり、ガルディーニの方へ体を向けると、彼は何か不満があったのか顔を下に向けていた。
「?」
「…………」
「どうしましたか、ガルディーニ卿?」
メリアの問いに対して、ガルディーニはいきなり右腕を壁に叩きつけ、周囲の空間を響かせる。ガルディーニの突然の行動に、彼らの他に同じく廊下を歩いていた士官も驚きを見せる。衝撃によって右腕は痛みを感じるように震えるが、彼はそれどころではなかった。
「!」
「これほどの屈辱は初めてだ……。こんな、一方的にやられるなど……!」
「ですが、あなたが無事で何よりです。何せ基地に戻ってこられたのですから……」
気に入らないものを思い出したようにガルディーニは頭に血を登らせる。
それもその筈、彼は数時間前に起きた出来事に対して腹を立てていたのだ。これを見ていたメリアも表情を曇らせ、動揺しながらも彼を宥めようとする。
「これのどこが無事だと!? 私はプライドを傷つけられたのだぞ……!」
しかし、ガルディーニの憤る言葉に一蹴され、ビクッと震える。言葉通り、彼はプライドを傷つけられたのだ。それは貴族としてなのか、アドヴェンダーとしてか、はたまた両方か……。
事実、ガルディーニが乗るディルオスはそのまま大破され、フレームから造り直す結果となった。これ程の失態は無論、初めてであり、血を登らせるには十分である。
「メリア!」
ガルディーニからの応答にメリアは反応する。
「この屈辱は、いずれ倍にして返すぞ……!」
「ハッ!」
ガルディーニは険しい表情をしたまま、メリアと共に再び前へ歩み始めた。瞳には決して消えない、復讐にも似た炎を滾らせながら。
謎のシュナイダーことアルティメス・クロウが日本に出現した一方、日本から離れたアジア連邦に位置する、とある地区にて戦闘が行われていた。
その地区はアジア連邦の領土に含まれる砂漠地帯の一角であり、普段は天気がいい時は地面に何も建てられていないためか、風が遮ることなく流れ込み、砂を巻き上げていた。
当然、人が住んでいる気配は無い。もし住むとしてもそれは自殺行為に等しく、それどころか近寄ることすらできなかった。
だが、現在は至るところで爆発が起きており、発砲音や銃声などが響いている。さらに風が荒れるように吹き、辺り一面で砂 埃を巻き上げていた。
これはガルヴァス軍とアジア連邦に属する一部の軍隊との戦闘であり、ガルヴァス軍は複数のディルオス部隊を左右に展開し、敵陣を挟み込む形で前方から攻撃を仕掛けていた。
アジア連邦の軍隊は旧世代の戦車などを用い、抵抗を続けている。しかし、その規模はあまりにも小さく残党軍の扱いに他なかった。
そもそもアジア連邦は独力でシュナイダーの開発を行っていたのだが、フレームなど使用される材質のほとんどが各地の知識を結集しても結局解明できず、開発の目処すら立たなかった。
そこを埋め合わすように護衛として利用されていた戦車など、旧世代の兵器を投入し、しばらく抵抗を続けていたが、さすがに性能差を覆らせることができず、次第に追い詰められていた。
戦況は今、ガルヴァス軍が優勢であった。
そのガルヴァス軍の後方では巨大なトレーラーが留まっており、さらに少数のディルオスがその護衛として配置されていた。そのトレーラーは多数のディルオスを格納し、整備などが行われているため重要な拠点としても活動していた。
また、その中には戦況を確認できるメインブリッジがあり、複数ものガルヴァス軍の士官が務めている。そこは作戦を行っている司令部となっており、そのうちの一人が作戦を指揮する司令官として戦況を表示するデジタルマップを確認しながら作戦を指揮していた。
「今まで苦労してきたが、ようやく捻り潰してやることができる……」
司令官は自分たちの手を煩わせた相手を潰せることに歓喜に震えていた。優位と呼べる現在の状況を確認しつつ、勝利できることに安堵の表情をしていたその時、レーダーを確認していたオペレーターがある反応を知る。
「レーダーに反応! 左方向から何かがやって来ます!」
「敵の増援か?」
「いえ、識別は不明。ですが……!」
「では、何だというのだ!」
「これは……戦闘機? いや、……何だ、このスピードは!?」
オペレーターはトレーラーの索敵範囲内に映る反応が戦闘機にも劣らない異様な速度で向かってくることに驚愕し、戦慄を覚える。興味を持ったのか、その周囲にいた士官らが次第にオペレーターに視線を向けていった。
レーダーに映る反応――それは彼らにとって脅威と呼べる代物が、現在進行形で迫っていることを意味していた。その数時間後、彼らはその脅威が現実のものとして襲いかかることになる。
戦闘が行われている地点の左方向に位置する、遠く離れた場所から、赤色のカラーリングを持った"飛行体"がもの凄いスピードで駆け抜け、戦場へ到着しようとしていた。かなりの加速をかけているらしく戦闘機が通り過ぎたと思えた。
だが実際は、その姿が戦闘機というよりも人に近い形状であり、戦闘機以外でそのスピードを出す機体などいるはずがいなかった。そう、いなかった……はずである。
機体の内部にはコクピットが存在し、そこに黄色の瞳を持った赤い短髪の少女が操縦していた。ただ、少女はなぜかスーツが黒の下地に赤い装甲と色は異なるが、ルーヴェと同じ形状のスーツを身に包んでいた。しかも、コクピットの形状、パネルの機器も酷似している。
少女はパネルの中央に位置するレーダーに映っている目標地点に近づいているのを知ると口元に不敵な笑みを浮かべる。それはまさに歓喜と言うべきか。
「さあ、いくわよ……。『アルティメス・クリムゾン』!」
名前を呼ばれた"飛行体"は、彼女の声に応えるように二つの青い瞳を光らせ、背中のスラスターを噴射させながら突き進んでいった。その名が呼ばれたことはすなわち、"アルティメス"は一機だけではないことを意味していた――。
編成された部隊の一体であるディルオスは、両手にあるマシンガンを構えながら抵抗する軍隊の相手をしていた。そのコクピットにいるアドヴェンダーは、正面のパネルにあるレーダーに左側から来る反応を知る。
「?」
突然現れた反応が気になったアドヴェンダーは、ディルオスと共に左側を見て、コクピット内でカメラのズームを拡大すると、目の前にありえないスピードで突っ込んでくる謎の物体が現れる。
「何だ?」
確認されたその物体は、激戦の真っ只中にある戦場のど真ん中に降り立ち、砂埃を巻き上げつつガルヴァス軍の前に姿を現す。はその姿を確認した両軍は一旦足を止め、戦闘をただちに中止させた。
不確定な存在が現れた時、誰もが動きを止める。そんなテンプレにも等しい現象を味わう両軍が、戦場に降り立ったモノを見て、時が止まったかのように身動きしなかった。そのまま、静寂だけが戦場を支配していた。
それはガルヴァス軍の司令部が先ほど確認されていた飛行体であったが、それは飛行体ではなく自分達が保有する人型兵器のシュナイダーである。ただ違うのはその形状。そのシュナイダーがゆっくりと顔を上げる。
異形の赤い鬼が、このアジア連邦の大地に降り立ったのだった。
「目標、戦場の中心部に降り立ちました!」
「何!?」
ガルヴァスの司令部を務めるオペレーターは、レーダーに映っていた反応が戦場に到着したことを司令官に伝えるとそれを聞いた司令官は驚く。
「ただちに確認しろ!」
「映像、出します!」
司令官はオペレーターに、その反応の確認を急がせるように命令を下す。指示を聞いていたもう一人のオペレーターは前方のモニターを拡大表示させると、司令官を含む司令部にいたガルヴァス軍の士官達は目を大きく開かせ、全員が驚愕という感情をシンクロさせた。
「「「!」」」
その映像に映っていたのは誰も見たことがない、赤いシュナイダーであった。
「赤い……シュナイダー?」
クリムゾンの顔や姿はなぜかルーヴェが乗るアルティメス・クロウに似ていて、左肩にはクロウと同じカラスのマークがある。
だが、頭には二本の角が生えていて、背中には鳥が羽を広げた形状を持ったスラスターが搭載されており、両腰には実体剣を所持しているなど、クロウとは異なる点がいくつかあった。
その姿はまさに鬼のようである。
そのコクピットのシートに座る少女、龍堂茜は真剣な表情で一度周囲を見渡し、改めてガルヴァス軍に顔を向ける。
「さあ……懺悔の時間よ。私が現れたことに後悔しなさい」
茜は絶対零度に近しい冷たい瞳と共に静かに怒りを表したまま、クリムゾンの両腕を交差させて両腰にある実体剣の柄を掴み、両手を横に広げるように剣を引き抜く。
「くらえっ!」
茜は右のレバーを前に倒し、スラスターの噴射と同時に加速をかけて、新幹線のごとくディルオスに突っ込む。
それに気づいたディルオスは突っ込んでくるクリムゾンに驚き、クリムゾンはそれに構わず一度剣を交差させ、Xの字を作る。その後、改めて右手の実体剣、"ヒートソード"を後ろに構え、ヒートソードにある刃の部分を赤く変色させる。
そして、クリムゾンはそのまま正面のディルオスに斬りかかり、ディルオスはヒートソードによって上半身を右斜め上から真っ二つに斬られる。
ヒートソードによって生まれた斬り傷は刃と同じように赤く変色し、上半身は爆散する。その後、残った下半身は糸が切れたようにバランスが崩れ、その場で倒れた。
「何だと!?」
誰が声を上げたのは知らないが、その爆発を見た両陣営はディルオスを破壊したクリムゾンに視線を向ける。
斬られたディルオスの上半身が爆発した理由は、シュナイダーの胸部にはギャリアエンジンが搭載されているが、エンジン部がダメージを食らえば内部から破壊され、爆発を引き起こす可能性がある。
当然それを防ぐために、フレーム部を覆うシュナイダーの装甲を厚くすることで、ギャリアエンジンを外部からの攻撃から守っていた。
だが、クリムゾンが持つヒートソードにはまったく通用せず、クロウが持つ太刀と同様に装甲ごとフレームを斬られていた。なぜならヒートソードは刃を赤熱化させることで物質を溶断させる性質を持った剣であり、ディルオスの装甲を熱で溶かすことで斬れやすくしたのだ。
その証拠に破壊されたディルオスの下半身に刻まれた断面が赤く変色し、そこから蒸気を発している。
ちなみに、クロウが持つ鴉羽に利用されている超振動を使うことで熱を発することができ、その熱で同様に溶断できるのだ。もちろんヒートソードにも同じ技術が使われており、それを視覚化しただけである。
クロウの鴉羽は振動による切断、クリムゾンのヒートソードは熱による溶断という区別も含まれていた。これはコンセプトの違いが関係している。
「……いい斬れ味ね」
茜はヒートソードの威力を確かめてシュナイダーの装甲が斬れたのを喜んだのか、また口元に笑みを浮かばせていた。その笑みはひどく恐怖を感じさせる程であり、その形相はまさに鬼にも見えた。
既にお気づきでしょうが、この物語の舞台は日本だけではなく、世界中を描くことを既に決定していました。これはもはや世界のすべてを巻き込んだ戦争と思っていただければよろしいと思います。