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 一段と冷え込んだその夜。 季人は自分の部屋で暖房を点けたまま床に就いていた。


「……」


 瞼を閉じ、うすぼんやりとした意識の中で、今日起こった出来事を思い起こす。


 出来ればもう少し話をしながら、少女の目的などを聞き出したかったが、あの場で先制を取れなければ、恐らく自分の手からケースは奪われていただろう。


 お嬢様――それがあの少女に抱いた最大の印象。 きっとどこかの令嬢である事は間違いないだろう。 あそこまでテンプレート通りのものはそうそういないだろうが……。


 それに、どうしてケースの存在を知られていたのかも気になる。


 季人もウィルも口外していないはずの物を、なぜ見ず知らずの第三者が把握しているのか?


 クライアントの方から情報が漏れたと考えるのがこの場合筋が通るが、依頼主も相当慎重にこの件を持ち込んできたのだから、その可能性も低いだろう。


 あとは……あとは……。


「……」


 睡魔の手招きに誘われる季人の頭では思うように思考がまとまらず、宙ぶらりんになった思考が暗闇に霧散していくのを感じつつ、季人は意識を手放した。



 ――が、即座に覚醒した。



 なぜなら、横になっている自分の直ぐ近くに、人の気配を感じたからだ。


 十二時を回り、この家には季人とセレンしかいない。 


 しかもセレンには、鶴の恩返しという昔話を題材に、人の部屋に勝手に入る事は、互いにとって取り返しのつかない悲劇に繋がる事をしっかりと言い含めてある。 故に、セレンであれば最低でもノックは必ずする。


「……っ」


 本来なら自分以外いないはずの真っ暗な部屋に人の気配がするというのは心拍数をフラットから16ビートへ引き上げるには十分な事象だろう。 


 ただ、それが恐怖からではないというところが季人という男だった。


 加えて、視覚情報が一切入ってこないこの闇の中で、僅かに香るその匂い。


 季人はその匂いに心当たりがあった。 しかも、ごく最近に。 


「メイドが居ないと、入る部屋さえ分らなくなるのか? 御嬢さん」


 振り向く気配。 暗闇の中で、間違いなく互いの視線は交差している。


 季人にとってそれは願ったり叶ったり。 視線の先に手にしたものを向けて、スイッチを押した。


「……っ!?」


 僅かに聞こえた息を飲む声。


 それもそのはず。 今少女の目には、暗闇から一転して強烈な光が視界に飛び込み、網膜に残影が刻まれたのだから。


 普段季人がロードバイクに乗る時や、暗所を探索するときに使用しているLEDライト。 明るさは百ルーメン以上、最大照射距離百メートルという強烈な明かりは、直接見てはいけないとの注意書きがあるほどの光量だ。 当然、人に直接向ける事も推奨されない。 それはつまり、対象者に向ければ害をなす代物であるというのに等しい。


 実際、強烈な光を対人用として利用する事は既に実例があり、特殊部隊では暗闇における兵器として使用されている。


 普段寝るときは明かりを全て消す季人は、それを常時枕元に用意していた。 それが今回は全く意図していなかった形で使用された形となった。


 季人はそのLEDライトを放り、怯んだその人影に組みつく。


「きゃっ!?」


 組み伏せようとしたが、想像以上に少女の力が強い。 そして、季人の身体能力は良く言って並み。


 男と女の性的力量の差を考えれば、力が拮抗する事など普通は無い状況だ。 ここで季人は一瞬、自分の身体能力の無さを鼻で笑いたくなった。


 だが、ここで押し負けると正直プランBを用意していなかった季人は困るのだ。


 意表を突くために季人は力の方向をプラスからマイナスへ……押す方向から引く方へと切り替え、二人はベッドに倒れ込む。


 そして、とりあえず向こうはまだ瞳に飛び込んだ強い光で多少混乱しているし、何も見えてはいないだろうと季人は判断し、近くにあった毛布を被せて抑え込もうとした……が。


 ――パシャリ。


 フラッシュライト。 一瞬だけ強い閃光が部屋を満たす。


 音のした方向をみると、そこにはカメラを顔の前で構えていたセレンが立っていた。


「セレン……何で写真を?」


「いえ、こういう事態が起こった時、必ず証拠の写真は納めておけと言われました」


 証拠……写真……? 頭の中に疑問符ばかり浮かぶが、とりあえず季人は思った事をそのまま口にする


「誰から?」


 なんとなく、帰ってきそうな名前は予想できた。


「御伽さんです」


「お、おう……だよな。 あの、その写真いくらで売ってくれる?」


 あと、出来ればノックをしてほしいと心の中で懇願する季人だった。


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