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壁に掛けられたコルクボードにはSFやオカルトの資料が所狭しと張られ、フローリングの床には足の踏み場も無いほど雑誌やガラクタという名のガジェットが散乱しているアパートの一室。
そこはワールドアパートの事務所兼ウィリアム・フレイザーの自宅であり、二人の男の職場でもあった。
「お疲れ様季人。 今日はこのくらいにしておこう」
昼食に大好きなハンバーガを食べた後、絶えずキーボードを叩いていたウィルが三時間ぶりに手を止める。
その隣で、「オーケー」とモニターを見たまま背もたれに体重を預ける季人。 ただ、ここでいつもとは違った雰囲気を感じ取った季人は友人の方へと目線を向けた。
「……どうしたんだウィル?」
いつもであれば一区切りつくたびに冷蔵庫からエナジードリンクを取り出すのが日課であったウィルが、今日にいたってはモニターを見続けたまま、しかし実際にはそこに焦点が合っていない様に季人には見て取れた。
「ん、いや……」
視線は動かさず、眉毛だけ上げて返答を返すウィルだったが、一つ深呼吸をすると開いていたモニターに表示させていたウィンドウを綴じて季人に向き直った。
「季人、これ一日だけ預かってもらえないかな」と、モニターの脇に置いてあったケースをポンポンと触りながらウィルは言う。 それは、先日トラヴィスから預かったアンティキティラ・デバイスの収められたケースだった。
「ああ、別に構わないけど。 どこか行くのか?」
「別に遠くじゃないんだけど、久々に昔の友人と会うんだ。 もしかしたら昔話に花が咲いちゃうかもしれないからさ。 君とセレンの家は、ここよりセキュリティーがしっかりしてるしね」
そう話すウィルだったが、季人はその意外な理由に興味が湧きつつも、快く引き受ける。
「おう、そういう事なら任せておけ。 にしてもウィルの友達か。 その響きだけで興味があるな」
季人とウィルは短くない付き合いではあるが、ウィル自身の交友関係に関してはあまり互いに触れる事は無く、そうそう話題に上る事も無かった。 だからと言うわけでもないが、初めてかもしれないウィルの友人と言う響きに、季人の興味は膨らんだ。
「へはは。 僕も会うのはかなり久々なんだ。 学生時代の付き合いだからね。 今はお互い年を取ったから顔見ただけじゃ分らないかも」
「いやいや、案外顔なんて数年たったくらいじゃ変わってないもんだって。 まぁ、楽しんで来いよ。 この時計の事は任せておけ」
季人は一度ケースの蓋をあけ、中身の時計……依頼主からの預かりものであるアンティキティラ・デバイスと呼ばれる懐中時計を改めて確認する。
「あくまで借り物だから、乱暴には扱わないでくれよ」と念を押すウィル。
「分ってるって」
季人はケースの蓋を閉じながら笑顔で答えた。 対してウィルの方は苦笑いを浮かべつつ溜息をついた。
「君の分ってるに何度裏切られたか……」
ウィルは眼鏡を外し、鼻筋をマッサージして溜息をついた。
「なら……大丈夫だって」
季人はさらに満面の笑みを浮かべ、ポンポンとケースをノックした。
「分ってると大丈夫の間に一体何メモリ位の差があるか分らないけど、ともかく、頼んだよ」
季人はオーケーとジェスチャーで答えてからそれをボディーバッグに詰めて「じゃ、お疲れ様」とウィルの肩を叩き、部屋を後にした。
それを見送ったウィルはモニター下部に表示されている時刻を確認してから凝り固まった体を伸ばし、勢いをつけて立ち上がった。