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エピローグ



 銃弾を受けた足の傷も最新医療とセレンが奏でる音楽のお陰もあり、予定していた日数を大幅に繰り上げて無事退院を果たした季人は、カバーリ・ロズベルグの要請もあり、ゼリアスの車による出迎えから即座に中世然としたロズベルグ邸へと赴くことになった。


「水越様、この度は退院おめでとうございます」


 以前通された客間にロズベルグ家の人間が立ち並び、椅子に座っているワールドアパートの三人が集合している中、現当主のカバーリが頭を下げる。 そして、隣に居たマリアンと控えていたゼリアスも続いた。


「おめでとうございます」


「おめでとうございます、水越様」


 季人は気恥ずかしさを感じ、苦笑いを浮かべ、軽く手を上げるだけで答える。 


「これでようやく一段落ってところか。 なんかあっという間だったな」


「そりゃ、季人が入院していた期間の方が長かったからね。 ぶっちゃけドタバタしてたのは一日だけだよ」


 珍しく人前に出たウィルがニヤニヤとした目を眼鏡の奥から季人に向けた。 ウィルの言う通り、テラスで季人とマリアンが出会った時を皮切りにしたカルディアを巡る今回の件は、日を跨いだ夜明け前に決着を見た。


「だな。 あ、そういえばガーランドはどうなったんだ? あの日もエルドリッジにそのままにしてきただろう?」


 機関室で死闘を繰り広げた後、倒れ伏していた姿を最後に季人はその後の詳細を誰からも聞かされていなかった。 その問いに答えるために、脇に控えていたゼリアスが一歩前に出た。


「私たちが水越様を回収しに参りました時に機関室も確認したのですが、恐らく独力で離脱したものと思われます」


「マジで? ……まぁ、それ位はやるか」


「だね。 まぁ、彼はあくまでトラヴィス達に雇われていた人間だから、後腐れとかってのは無いだろうし、変に絡んでくることも無いだろうさ」と、ウィルが私見を言う。


 暗殺者とは何よりも契約を遵守するもの。  組織に所属している場合にはそこから指令が下り、雇い主から依頼された標的を殺害後に報酬が支払われる。


 これが、政府などが抱えるものとなると成功報酬では無く決められた給与という形を取っていることが多い。


 依頼が終了次第、ターゲットの周辺に干渉する事は一切ない。 暗殺者がプロフェッショナルであればそれだけその点に信頼がおける。


 そして、依頼内容に最高レベルの秘匿性が認められる場合、組織的な活動をしている者達とは別に、その腕前や知名度を売りにしているフリーランスの人間が選ばれる。


 マリアンは頷いて、ウィルの考察を肯定した。


「はい。 フレイザー様の仰る通り、あの者は此度の件に金銭で雇われただけの存在。 今後我々にたいして干渉してくる事は無いでしょう。 ただ……」


「……え、なに? 何かあるのか?」


 言いよどんだマリアンの後を、カバーリが引き継ぐ。


「ガーランド・ハリスという人間は、少し癖のある暗殺者として知られているのです」


 普通 護衛の依頼を請け負うという事は殆どないのですが、フリーランスであるガーランドはそれを専門としている特殊な部類に入る。


「彼はその業界ではバトルマニアとして有名らしいのです。 修羅場や強者を好む傾向にあり、一度目を付けた者に強く執着するらしいのです」


「何その少年漫画のノリ……。 はた迷惑すぎるだろ」


 季人は呆れた顔で溜息を吐く。 しかしその隣ではウィルがセレンとどういうわけか口の端を吊り上げていた。


「え、誰かさんにそっくりじゃないか。 セレンもそう思うだろ?」


「はい。 私もなんだかデジャブを感じました」


 ロズベルグ家の面々もそれに同調するように頷きながら笑っていた。


 その視線を一身に浴びている季人は「はは……」と乾いた笑いを浮かべるだけで、それ以上二の句を告げないでいた。 確かに、どこか同類に近い趣向と性分を感じるのは否定できない。 共感を得られにくい生き方をしているのは、季人もガーランドも一緒だった。


「向こうとしては、久しくまみえなかった好敵手とでも思っているかもしれないね。 いや~、もてる男はつらいね季人」


「勘弁してくれよ」


 季人が項垂れるように椅子の背もたれに後頭部を預けて深い息をついた。


 それを見越してなのかは分らないが、カバーリは前向きな推測を用意しておいてくれた。


「恐らく大丈夫でしょう。 彼はあくまでも暗殺を生業としているのです。 そういった人間は仕事以外の時は務めて質素に暮らし、目立たぬように日々を過ごすのが常。 よって、彼の者が道楽や狂気から人を殺めるという事は無いはずです」


 それには一理あると季人は肩の力を抜いた。 既に接点を互いに失った今、そして、互いに生きている世界が大きく乖離している以上、再び矛を交える可能性は限りなく低い。


「言われてみればそうだな。 まぁ、もしもう一度やり合うってなったら、素直に超逃げる。 あんな化け物とは二度と遣り合いたくない」


「ご心配なく、私達ロズベルグ財閥は、いつでもあなた方に助力する用意があります。 あなた方には返しきれないほどの恩義もあります。 いつでも我々を頼っていただいて構いません」とカバーリは胸と声を張った。


 それは一財閥にしてみれば破格の待遇だろう。 しかし、それに見合う働きを季人が行い、ロズベルグ側の価値観で高く評価したということなのだ。 だが、その本人にしてみれば好き勝手立ち回ったにすぎず、それだけの厚遇に値する結果を残していたのか甚だ疑問であった。


「別に構わないって。 まぁ助けてくれるっていうなら、俺に関わる人達の日常を守ってくれ。 自分達の問題に、関係のない奴らが巻き込まれるなんて、あってはならないからな」


 今回は、季人自身も色々と思うところがあった。 これまではワールドアパートの中だけで納まっていたが、関わる人間が増えればそれだけ、自身の行動に制約がかかる……正確には行動した結果をしっかりと考慮しなければならない。


 それはつまり、自由度が損なわれる事と同義ではあるがこればかりはある程度許容しなければならない。 特に、人の生死にかかわる事態が関わる場合などは尚更だ。


「かしこまりました。 全力を尽くします」


 現当主から了解も得たところで、季人は立ち上がり、凝り固まりそうだった背を伸ばした。


「よし、じゃあこれで本当の本当に一段落だな」


 季人はウィルとセレンに向けて「何か食いに行くか?」と視線を投げかけたが、それを制したのは、やはり現当主であるカバーリだった。


「何をおっしゃいます。 水越様の関係者を守ることはもちろんですが、その中でもあなたの身は最優先です」


「……は?」


 季人が言っている意味を計りかねていると、その先をカバーリが続けた。


「初めに言ったではずです。 当家で最も価値のあるものをお渡しすると」


「ああ。 それならもう貰ったよ。 これだろ、退院祝いにマリアンから腕時計をな」


 そういって左腕の手首に巻かれている時計を掲げる。


 ロズベルグ家謹製のグランドコンプリケーション。 三大超絶機構が全て組み込まれた特別中の特別性。 世には様々なグランドコンプリケーションが存在しているが、どのブランドも一千万以上が当たり前の世界だ。 加えて、それとは別に今回の件を解決した報酬がロズベルグ家からワールドアパートに対して十分な額が支払われている。 それ以上など、望むべくもない。


「それはマリアンからの個人的な贈り物です。 私は、“当家で最も価値のあるもの”と言ったのです」


「この時計よりも?」


「もちろんです。 そのものに比べたら、腕時計など霞んでしまいます」とカバーリは誇らしげに手を胸にあてて言った。 もはや想像する事も出来ない季人は、早いところ回答編に移ってくれと心の中で先を急かした。


 だが、それをゼリアスから聞いた瞬間、更なる混乱が季人を襲った。


「ロズベルグ財閥の最も価値のある物と言えば、当家の次期党首であるお嬢様以外に他なりません」


 きっかり五秒間、その場を沈黙が支配した。


「………は?」


 まるで別の国の言語で話されているかのように、初めは脳がその意味を正確に処理してくれなかった季人。 しかし、カバーリの隣で頬を朱に染めているマリアンと、脇に控えているゼリアスから「若様、いかがなされましたか?」などと声を掛けられれば、いやでも現実受け止めざるを得ない。


 そして、両脇にはこれまたニヤニヤと眼鏡の奥で意地の悪い笑顔を浮かべている親友と―――。


「セレン、何で撮ってるの?」


「女性を手籠めにしようとしてたら、証拠をとっておきなさいって言われました」


 スマートフォンでこの現場をレコーディング中の歌姫。 その先の答えを分ってはいても、聴かずにはいられなかった。


「それって、誰から?」


「もちろん―――」


 季人がその名を聞いて億劫になっているところで、周囲はさらに盛り上がりを見せていた。 ウィルにしては珍しくカバーリと話が弾んでいるようだし、突然部屋の扉があいたかと思えば、見覚えのあるメイド達が次々と料理を運んできた。


 呆然としている季人の傍にマリアンが近づいたかと思えばゼリアスと共に今後の振る舞いについて淡々と語ってくる。


 しかし、今の季人にはどんな言葉も耳には入ってこない。 現在、彼の思考を占めているのは、どういう決着を見せれば家に帰らせてもらえるのかということだけだった。


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