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『やっと繋がった。 無事だったかい?』
「五体満足を無事というなら確かにそうだ。 だがガーランドと戦う事になってアレを使った。 もう足を前に進めるのも億劫だ」
『そうか……なら、明日は筋肉痛かな』
ようやく連絡が取れるようになったウィルから即座に連絡が入る。 恐らくずっとCALLし続けていたのだろう。
「上は大丈夫か?」
『うん。 セレン達なら問題ない。 セキュリティー関連もこちらが完全に掌握したし、カバーリ氏が応援を寄こしてくれたからね』
「マジか。 それはありがたいな……っと」
隣を歩いていたマリアンが体勢を崩したのを、前に腕を回してさせる季人。 未だに息を切らせ、汗の伝う横顔は先程よりも辛そうに見えた。
「大丈夫かマリアン?」
「も、もちろんですわ。 この程度、どうという事はございません」
多分そう答えるだろうと予想できた季人は、一度立ち止まりマリアンの正面に回って腰を落とし、視線を同じ高さにする。
『どうかしたのかい?』
「ああ、マリアンの体調が良くない。 セレンの音楽を聞かせてはいるんだが、あまり回復していないようだ」
セレンの演奏する力はデジタル化されても簡単には衰えない。 その力を利用していた会社であるサウンドメディカルはそれで成り立っていたのだから、人に対しての効果は間違いなく発揮される。
しかし、マリアンには回復の兆しが見られない。 むしろ、状況は悪化している様に見えた。
『もしかしたら、能力の使用によって溜まった疲労には、セレンの音楽は効果が薄いのかもしれない。 確証はないけどね』
「なるほどな……」
実際本当の理由はこの時点では分らないが、もしウィルの言う通りだとしたら、このまま動き続けることは、より体調を悪化させる原因になるかもしれない。 となると、選ぶべき行動は限られる。
『ウィル、執事さんでも誰でもいいからこっちに一人寄こしてくれ。 これからマリアンを向かわせるから、途中で拾ってあげてくれ』
「そんな、水越様っ!?」
目を見開いて不本意の声を上げるマリアンだったが、それを認めるわけにはいかなかった。
「マリアン、お前は頭がいい。 だから、どうする事が最善なのか本当は分ってるだろう?」
「ですが……。 ならば、当家の応援が来るまで、水越様も……」
「そうするのも悪くないな。 だけど、たぶんそんな時間は無い。 いや、もう本当に参っちまうよな」
本気なのか冗談なのか、後半部分に込められた心情をマリアンは掴みきることが出来なかった。 だが、今の自分では季人を止める事が出来ないのだという事も、同時に理解した。 何せ、これから単身で核心部分へと乗り込むというのに、まるで秘密基地へと向かう子供のような笑顔を浮かべているのだから。
「季人様、覚えておりますか? 当家で話したことを」
「ん、何だっけ?」
「……まだ、水越様は当家からの報酬をお受け取りになっておりません。 必ず、お受け取りに参られますよう、心待ちにしております」
そういえば、そんな話があったような気がすると季人は記憶を探る。 この状況で褒美の話をされるとは思わなかったが、それが季人の疲れを紛らわすために口にしたマリアンの冗談だと受け取った。
「おう。 全部終わったらちゃんと受け取りに行くからな。 ちゃんと用意しておけよ」
ポンと頭に手を乗せられたマリアンは小さくその首を縦に振った。
「どうか、御無事で」
頭を下げ、横を通り過ぎていくマリアンを見送った季人は、突然空いた隣のスペースを若干気にしながらも、最終目的地であるカルディアとラーキンの元へと足を勧めた。