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「おらぁぁ!!」


 それが幻ではないと知覚したのは、実像と重なった声を聴いたからだった。


 ガーランドにセッテピエゲをシールド形態にして疾駆する姿を改めて認識し、マリアンは咄嗟に体を右にずらす。 その瞬間、ガーランドにタックルを決め返された《・・・・・・》季人がビジョンズが観せた通りにそこへ吹っ飛んできた。


「ごは―――っ」


 顔のすぐ横でせき込む季人を呆然と見やるマリアン。


 突然と言えばその通りだったが、なぜここに季人が居るのか未だ計りかねている表情を彼女は浮かべていた。


 季人はそれを横目で確認してから苦笑を漏らす。 そして、情けない姿を晒していることに対して呆れているのだと判断した。


「水越様。 な、なぜここに……」


 そう聞いてくるマリアンに、むしろ切り出してくれて感謝していた。


「いや、なんつうか、その……前は間に合わなかったからな。 ほら、当社比三倍で駆け付けた。 本当は“スーパーヒーロー・ランディング”がしたかったんだけど、たぶんあの登場方法は、膝を一発でヤる」


 特にマーヴェルヒーローが高所から降り立つ際の着地ポーズの事を言っているのだが、この場でそれを理解できるのは説明をしている当の本人だけだ。


「そういう事では無く、制御室はどうしたのですか? ラーキンとカルディアは?」


 当然聞いてくるだろう。 マリアンはその為にここで生死を賭していただろうし、いち早く事態を収拾する為に二手に分かれたのだから。


 季人は吹っ飛んだ壁に手を着きながら立ち上がり、あらかじめストックしておいた言い訳にも近いもっともらしい理由を話す。


「優先順位の問題だ。 実験が始まるまでにはまだ時間がありそうだし、それに動力さえ止めちまえば実験は進まないだろう? だけどもしあそこで空気読んでくれてるガーランドが上の方に来たらそれこそ積んだと思わないか?」


 実際マリアンは追い詰められていたから、助ける事が出来て結果オーライではあると季人は言った。 あのまま季人が割って入らなければ、最悪の形で決着がついていたかもしれない。 その後ガーランドが季人の方に追撃を掛ける可能性は……捨てきれない。


「なら、俺達が力を合わせて、後々の不安を取り除いた方が良いだろ」


 一人で倒せないなら二人。 季人の実力などパラメーターで表したらマリアンとガーランドの足元にも及ばないだろう。 だが、熟練者二人の実力がかけ離れていないのであれば、ほんの些細な切っ掛けが勝負の明暗を分けるかもしれない。


「……」


 未だ季人の心中を察しきる事が出来ないマリアンは二の句を告げないでいる。


「なんだよ、他に高尚な建前なんてねぇよ。 天啓が舞い降りたとかの方がよかった? 死なせたくないから来た。 それだけだ。 後味悪いのは、誰だっていやだろ? はい、以上で説明お終いお終い!!」


 後半を早口でまくしたてた季人たったが、しかしマリアンは余計にポカンとしてしまった。


「死なせたく……無かった……ですか……」


 季人にではなく、自分自身でその意味を反復しているように聞こえるその呟きは確かに季人にも聞こえていたが、実際間違いではないから否定はしないでおいた。 実際、季人にとってはそこは譲れない大切な部分だ。


 実験がいつ始まるかは分らない。 重要性のウェイトを占めているのは、恐らくここに来ることでは無かったかもしれない。 たった一人と、数十万人の命&ERBシステムの確立と軍事転用。 普通に考えたらきっと後者を大切にするだろう。


 しかし季人は、あの時は……あの瞬間は―――これが一番正しいと思った。 倫理や正論からではなく、水越季人が選ぶのは、ここに日常の一部となりつつある、既に見知った仲のマリアンを助けに来るという判断以外に、とりようが無かった。


 機関室に到着し、ガーランドに向かって棍を構えていたマリアンに目立った外傷がないのを見てほっとした自分がいた。 “今回”は間に合ったのだと安心し、同時に興奮して飛び出していた。


 結果は格好いいものでは無かったが、もっとも懸念していた事は回避できたのだ。


「確か、水越季人……だったな?」


「名乗った覚えはないがその通りだ。 ガーランド・ハリス」


 ディーゼル機関の端と端、約八メートル程の距離を開けて互いを認識する二人。


 どう考えても個人としてのスペックは劣っていると認識している季人だったが、しかし対峙している男、ガーランドはその凡人とも思える男の事を何故かマリオン以上に警戒していた。


「真剣勝負の最中にセコンドの乱入か。 無粋だとは思わなかったのか?」


「その口ぶりじゃ、マリアンはあんたの御眼鏡に適っていたってことだな。 いやほんと、最初に選んだのが逆じゃなくてよかった。 これがもし俺だったら、三秒でゴングが鳴ってる」


 事実、機関室の方へ向かったのが季人だった場合、自身が口にしたことが現実となった可能性は高い。


「うむ。 これまで卓越した武器の担い手、銃器のプロフェッショナル、格闘技の達人と呼ばれる者たちと幾度も死線を交えてきた。 マリアン・ロズベルグはその様な手練れと比べても、なんらそん色はない。 その腕前……想定していた以上の手練れだった。 あの棍の扱い、舞の様に美しく、その一閃は決意の籠った迷いのない実直なものだった。 中国の棍術かと思ったが、その動きは心意拳の槍術を面影に見た」


「心意拳……?」


「知らんのか。 神槍の姫際可と呼ばれた中国の武術家が開いた流派だ」


 微塵も知らなかった季人はマリアンに目線で問う。 それに、マリアンは頷きで返した。


「すげぇな。 打ち合っただけでそういう事も分かるのか」


「マリアン・ロズベルグがそれだけ功夫を積んでいた結果だ。 しかし、それが仇となった。 以前私は心意拳の套路を見た事があったのでな。 全てではないが、槍術の基本動作は覚えている。 何より、持っている獲物が違う 」


 それを聞いていたマリアンは痛めた脇腹を抑えつつ歯噛みをする。


 全て見透かされていた事に対してではなく、功夫を積み、練磨してきたからこそ勝てないのだと言われたことに対して、悔しさが込み上げていた。 それはつまり、今持ちうる全てをガーランドにぶつけたとしても、どの道自分に勝ち目が無かったのだと言われたようなものだ。 恐らく、唯一与えた一撃も、手にしていたのが槍だったならガーランドは別の方法で対処していただろう。


 ここまで来ると、例え研鑽を積んできた流派を見破られなかったとしても勝てるかどうか―――マリアンにはもう、分らなかった。


「しかし、水越季人。 貴様のような男は初めてだ。 より近いものを上げるとするならば、暗器使いだろうが、しかしそれとも違う」


 急に矛先が自分に向いたことに疑問を浮かべる季人だったが、とりあえず見込み違いをされる前に言葉を返した。


「あんたの目は節穴かよ。 ほら、この手を見ろよ。 アドレナリンの過剰分泌で超震えてる」


 ガーランドの話を聞いている内に気が抜けたのか、左手を顔の横で開いて見せた。 興奮状態が体に正直な形で表れている。


 しかし、それを見せられた男の方は鼻っている。 まだ何か……期待されているらしかった。


「なぁガーランドさんよ。 今までおたくが戦ってきたのは、誰もが自分の腕を磨き、高みを目指していた人達だったろうさ。 それに比べて俺は、あんたとあんたが戦ってきた奴等の十分の一も強くなろうと努力した事は無いし、実際数字か動物で表せば、俺自身の強さなんて蟻みたいなもんだ。 ちなみにそっちは……象ってところか」


「ほう。 だか、先の一件がある。 蟻が見事に象をいなしていたぞ」


 博物館での出来事を言っているのだとすぐに分ったが、それこそ見当違いだと季人は首を振った。


「アレは別に俺の力じゃない。 思いつきと運が良かっただけだ。 もし俺を評価してくれているんだったら、それは俺に協力してくれる友人の力だ。 別に謙遜とかじゃない。 この盾だって、こういう時の為に持たされたものだしな」


 セッテピエゲの表面を左手で示す季人。


「道具など使い手次第でガラクタにも凶器にもなる。 少なくとも、臆している人間であればそんな盾を持っていたとしても敵に向かっていけはしない。 どこかで命のやり取りをしたことがあるんじゃないか? 水越季人」


 命のやり取り――。


 それを聞いて駆け巡った記憶は真新しく。 景色だけじゃなくその時の臨場感まで昨日の事の様に思い出せる。 それだけサウンドメディカルの工場で起こった出来事は自分の人生において強烈な出来事だったということだ。 あの時の、最終場面で放たれた銃弾のところまで脳内が再生し終わったところで、意識は再び現実世界へ戻ってきた。


「……一度だけ、な」


「一度でも経験したことがあるなら、聞いたはず。 死神のささやきを」


「確かに。 だが、あっという間に過ぎ去っていったよ。 弱装弾の亜音速でな」


 ガーランドが言う死神のささやきというのがそれを指しているわけでは無いと分っていたが、実感として記憶に残っているのは、まさに頬を掠めて行った弾丸のことだ。


 実際、一発は腕の肉を抉っていったのだ。 最後の一発に至っては、瀕死の傷を負っていたセレンのお陰で撃たれなかったことも覚えている。


 ガーランドは季人の言い分に、意味は違えど、修羅場をくぐった事に変わりは無いと判断したようだ。


「それを乗り越えられるものは、強者か豪運の持ち主だけだ。 臆しているだけでは、そもそも活路すら見出せない」


「いや、正しく運が良かったんだよ。 恐怖だって、感じなかったわけじゃない。 ただ、それ以上に興奮状態が勝っていたよ。 それで、気付いたら体が動いていた」


 客観的に振り返ってみても、正気では無かったかもしれない。


 始まりはただの興味から首を突っ込んだ事件だったのに、気付いた時にはことが大きくなりすぎていた。 引き返す場面だって何度もあったのに、結局最後まで……行くところまで行った。


 季人をそこまで動かしたものは、後にも先にも、やはり好奇心なのだ。


「なるほど。 先ほど何の力も持たない人間だと言ったな」


 ガーランドが何を言わんとしているのか理解しかねた季人は、「ああ」とだけ答えた。


「持っているではないか。 戦うものにとって、何よりも重要なものを」


「重要なもの?」 


 季人は“闘う者”ではない。 だが戦闘を生業としているガーランドは確信を持っていた。


 そして、マリアンもそれに気付いていた。


「水越様は、自身に正直なのです」


「ん?」


「決断力―――いえ、思いついたら直ぐに行動に移す傾向があるようです。 躊躇しないとも言えます」


 ワールドアパートと接触する前のリサーチからか、それとも出会ってからの個人的分析かは分らないが、マリアンが感じたこと、それはつまり、葛藤が無いとも取れる言いようだった。


「……」


 季人はマリアンの分析に対して何も口にしない。 なぜなら、ソレに関して言い返せる要素を自分が持ち合わせていない事を重々承知していたからだ。


「まさにそれだ。 貴様の場合は捨てていると言った方が良いな。 だが事実――少しでも迷いがある者は簡単に死ぬ。 ならば、水越季人、貴様のは天性のものだろう。 自身の判断を疑わない、簡明直截も極めればそれは一つの技能と言える」


 聞いたことも無い言葉で随分な賛辞を送られているが、自分の……よく言って個性的な部分を褒められることが無かったこともあり、しかも、それが敵からと言うのが余計に反応に苦慮していた。


「買いかぶり過ぎだ。 俺はただの……あれだ、オタクってやつだよ」


「ならば、そのオタクが全力で戦ったら、どうなるか―――」


 ガーランドが浮かべた笑みに、季人とマリアンは同時に息を飲んだ。


「楽しみで仕方が無い」


 季人は命のやり取りという経験はほとんどない。 だがゲームにしろスポーツにしろ、勝負事の際、空気が変わった事を察する程度には勘が働く。


 問答の時間は終わったのだと、頭が直ぐに切り替わった。


 ここにはやはり電波が届かないのか、ウィルとの交信は途絶えている。 出来る事なら、素人が武芸の達人に勝つ方法をネットで検索してみて欲しかった。


 前にそれらしい疑問と回答が掲載されたサイトを見た覚えはあったが、どれも共通しているのは武器の使用やトラップの数々。 それ以外になると、武力以外でしか勝てないということだった。 法や地位。 そして財力。


 つまり……まず、普通の方法じゃ太刀打ちできない。 万に一つも勝ち目はないっていう結果だけが残った。 最悪の場合、天災でも起こればあるいは……。


「まぁ、隕石の到来を待っている暇はないな」


 そう呟き、季人は隣に居た少女に目を向けた。 この場で他に頼りになると言えば、自分を覗けば彼女だけだ。


「マリアン、このままやれば博物館の焼き直しだ。 だから、お前も手を貸してくれ」


「も、もちろんですわ……っ」


 意気込むマリアンだったが、即座に脇腹に手を添えて苦悶の表情を浮かべる。 もしかしたら、内蔵か骨を痛めたのかもしれないと季人は判断した。


 無理に動かして最悪の事態を招くのは避けたい。 だが、現実問題として、季人にはマリアンの助けが必要だった。


「ああ、お前が手伝ってくれれば、何とかなるかもしれない」


「は、はい。 お任せください……ぇ?」


 前に出ようとしたマリアンの肩を手で抑え、逆にゆっくりと腰を下ろさせた。


「ああ、体は動かすな。 じっとしてろ。 自分の体の事だ。 動ける状況かどうか位の判断は出来るだろ?」


「で、ですが……」


 それでも立ち上がろうとするマリアンに季人は「これ、借りるぜ」と端正な目元に指を伸ばし、HUDを拝借して自分の目にセットした。


 それで意をくみ取ったマリアンが、何か言いたそうに口を開きかけたが、一度頷いて再び壁に背を預けた


「分り、ました」


「おう」


 全てがぶっつけ本番。 マリアンの能力が見せる景色がどういったものかもわからない。


 加えて、それに自分が本当に対応できるか分らない。 対応できたとして、それで勝算がどれだけ上がるのかさえ未知数。


 しかし例え未知数であっても、やらなければならないのだ。 やらなければ、ここでどのみち終わってしまう。


 ならば割り切るしかない。 もとい、打倒する事以外を考えるのはむしろ余計だろう。



 ――だから季人は、準備していたスタングローブを手に装着し、頭部のヘッドフォン――セレン・ドライバーの緊急ボタンを迷わず押した。


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