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「カルディアの調子はどうだ?」


 ミニッツ・リピーターの外れたカルディアにコードを繋ぎ、モニター上の数値を確認していたラーキンに近づき声をかけるトラヴィス。


「順調そのものだ。 一つ欠けたところで、今更支障はない。 代変えようのレプリカで問題なく稼働する」


 目線を外さずに手にしていた懐中時計を掲げるラーキン。 現在進行形でその脳内は複雑な計算式を処理しつつあるが、彼にとってそれは日常としてこなしてきたルーチンワークのようなもの。 今更声を掛けられた程度で乱れる集中力ではない。


「そうか。 ならば、君の悲願まであともう少しというわけだな、ラーキン」


 そこで初めて、トラヴィスに向き直るラーキン。 しかし、目線はここではないどこかに向けられていた。


「悲願か……。 確かに、私はこの研究に生涯をかけてきた。 あと一歩というところで奪われた、あの日在るべきはずだった集大成に、再び歩みを進める事が出来た。 随分と時間がかかってしまったがね」


「その執念が我が国を……ひいては君自身を救う事になる。 いや、この成果が実証されれば、世界の常識を覆すことになるだろう」


 誇らしげに語るトラヴィスの表情と声には、確たる自信がにじみ出ていた。 それだけ、自分が指導してきたこの計画に対する思い入れは常人には計り知れないということだろう。


「ああ……そうだな」


 その思いに同調するはずのラーキンは、しかし目指すベクトルが違うかのごとく、空返事に近いものだった。「どうした? 歴史的瞬間を控えているというのに、嬉しくなさそうだな」


「なに、気を張っているだけだ。 何しろ、今回は絶対に失敗は許されないのだから」


「もちろんだ。 このプロジェクトには巨額の資金が投入されている。 ただでさえ我が国は火の車だというのに、これが失敗したらそれこそハルマゲドンの到来だ。 しかし、集中力はいつまでも続かない。 適度に抜くことも必要だ」


 トラヴィスの助言に、ラーキンは苦笑で返す。 珍しく労いの助言だったからという事もあるが、その実、自身を凡人と同レベルで評価されている気がしたからだ。


「そこらの凡夫と一緒にするな。 この程度で切れる様な集中力なら、私一人でやってはこれなかった」


 フィラデルフィア計画を決行したあの日から、七十年。


 当時優秀ともてはやされた十代のころに比べれば、皺も増え、体のあちこちもガタが出始めた。


 しかし、それでも自前の脳みそだけは未だに冴えをいかんなく発揮している。 当時の記憶ですら昨日の事の様に思い出せる。 それは同時に、エルドリッジの悲劇さえも、脳に焼き付いているという事でもある。


「確かに。 歴史を変えようというのだから、人の身で神の道を進むにはそれくらいの覚悟は当然か」


 トラヴィスは踵を返し、部屋の扉に手を掛ける。 そして、出ていく間際―――。


「叶うといいな、その願い」


 そう口にして、退出していった。


「叶えてみせるとも。 私は、本来あったはずの未来を取り戻す」


 一人残されたラーキンは再びモニターに向き直って目まぐるしく変化する数値と対峙する。


「たとえ、今の歴史を殺すことになろうとも……」


 その瞳には他者を呪い殺せそうな篝火が宿り、脳内は再び複雑な公式で埋め尽くされていった。


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