304
マリアンがこの場を離れた事を確認した季人は、セッテピエゲをシールド形態から元に戻し、床に置いて両手を挙げた。
「潔いな」
それを見たガーランドは警戒心を持ちながらも、戦うための構えを解いた。
「男の甲斐性……と言いたいところだが、こっから先は、あいつが居たら話せない事だからな。 あ~痛って」
未だに痺れる腕を擦りながらそう答えた季人。 その瞳には、先ほどまであった緊張感は感じられない。
「ほう……」
「いや、まぁ、正直さ……思わせぶりな事を聞かされたまま帰るわけにはいかない。 それが本音だ。 言ってみれば、俺の目的はここからなんだ」
季人はイタズラ好きな少年がしそうな笑みを浮かべ、しかし増々理解できないと怪訝な表情を浮かべるガーランド。
「……どういう事だ?」
「職業病みたいなもんさ。 生理的欲求といってもいいな」
決してふざけてはいない。 季人は思ったままを口にするが、それを自身の命と天秤にかける事に理解を示す者は中々いないだろう。
脱出する機会をみすみす逃してまで、疑問の解決を優先するという意味が、ガーランドには分らない。
「その程度の物なら、普通は我慢できるだろう。 だが、貴様はそうではないと?」
命の勘定の仕方を指摘される季人だが、恐らくこれから先、その考えを理解してくれるものはそう相違ないだろう。 それこそ、現状ではウィリアムくらいだ。
「知的好奇心だけは我慢できないんだ。 自分が猫だったら棺がダースで用意されていても間に合わない」
好奇心は十二の命を持つ猫であろうとも殺す。 引き際を弁えないものには、それ相応の結末が待っているものだ。 それは猫に限らず、人とて同じこと。
「この状況下でその選択を取ることが、自分の生死よりも重要だというのか」
しかし、だからこそ、季人はこう答える以外に答えを持ち合わせていない。
「この選択を取れなくなったら俺は死んだようなもんだ」
――「なるほど。 彼が君に拘るのは、そういう部分も関係しているのかもしれないな」
背後から聞こえた声の主は、取り巻きを引き連れて近づいてきた。
トラヴィス・サルヴァトーレの姿を視認しても、季人は特別緊張などしなかった。 むしろ、ようやく来たかと思ったくらいだった。
「彼……? 誰の事だ?」
だからというわけでは無いが、トラヴィスの言葉の内に感じた疑問が、眉間に皺を寄せる原因となった。
トラヴィスは鼻で笑ってから、仕切り直すかのように表情を笑みに変える。
「ここは長話には適していない。 場所を変えようか。 流石にそろそろ騒ぎになるからな」
季人は心の中で「確かに」とつぶやいた。
本来の効力を無反動砲が発揮しなかったとはいえ、ガラス窓をぶち抜いたのだ。 ウィルがセキュリティーを掌握していたとは言っても、その時に生じた音を、誰も聞いていなかった保証はない。
面倒事を避けるのならば、今直ぐにでもこの場を離れた方が良いだろう。
トラヴィスが傍に居た部下に指示し、季人の近くに寄ったと同時に両脇を掴み、自由を奪う。
行動に制限を掛けられた中、唯一動くのは口先くらいな物だった。
「あ、出来れば食事が出来るところがいいな」
最後に食事をとってから時間が経っていた季人は若干の空腹を感じていた。
思ったままを口にした季人に、トラヴィスは笑顔で答えた。
「それは残念だったな」