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館内は当然の様に照明が最低限度の明るさに落とされ、加えて申し訳程度の非常灯がアクセントとなっていた。
目当ての物が搬入されている可能性があるとは言っても、当然展示物として保管されているはずがない。
セオリー通り進めるのであれば、資料や研究目的としての保管を名目にアンティキティラ・デバイスは事務処理されていると思われた。
「関係者以外立ち入り禁止って語呂さ、こういう場所で見ると一層ワクワクしてくるんだよな」
『分かる』
「そう……でしょうか……?」
「ああ、そういった人種はそんな珍しくないんだよ。 とくにアンダーグラウンドとかサブカルの世界で生きてる人間にとってはむしろ潜在的に備わってるスキルだな」
禁忌に対する背徳感とはまた違う。 季人が言っているのは、自分の知覚している世界以外へと通じる扉に相対した時の高揚感のことだ。
ただ、それを懇切丁寧にマリアンに説いたところで、理解してもらえるとは端から思ってはいない。 だが、特別隠すことも無いだろうと半分開き直りが入っているのは間違いない。
「財閥と関わった事が無いから興味があるんだけど、こういう博物館とかイベント施設ってもし見に行くとしたら貸切にしたりするのか?」
「まさか。 私たちは別に政府の要人や著名人と言うわけではありませんから、よほどの事が無い限り、普通にチケットを購入して観覧します」
「よほどって……どういう時のこと?」
「滅多にありませんが、そうですね……」
マリアンは少し考えてから「誰にも会いたくない時でしょうか」と、納得できそうでいて一般人の完成からは少し理解の範疇を超えた回答をしてくれた。
『季人、保管庫のルートを転送するから、それを見ながら進んでくれ』
季人とマリアンはスマートフォンに表示された矢印の通りに館内を進んでいく。
人気のない薄暗い施設を歩くのは初めてではないが、物言わぬ展示物、特に人型を模している物の横を通り過ぎる時などは何となく背筋に言い知れない気配を感じる。
ホラーハウスのような常に恐怖に怯えるような緊張感ではないが、これはこれで非日常を感じさせる為、季人は好奇心も相まって多少興奮していた。
と、季人は曲がり角に差し掛かる直前で足を止め、マリアンはそれにならって傍に着いた。
「警備員? には、見えないな」
ハンドライトも持ちながら巡回している恰幅のいい人影。 それが少し先の通路を歩いていき、奥まった角の向こうに入った事で季人の視界から消えた。
「違うのですか?」
「俺は博物館って類は好きなんだ。 これまでにも色々なところに行った。 そこには例外無く、警備員が居たわけだが、少なくとも、それと分かるような制服を着ていた。 だが、あれはどう見てもそういった類じゃない。 普通スーツ姿で警備なんてしないだろ」
「なるほど……」
多少外連味が増してきた。 そう現状を解釈した季人は、目的地へと少し早足で向かった。 この時間、本来の意味合いである警備員ではなく、私服姿の人間が歩き回っている意味。 どうやらここには、そんな普通と違う現状が存在しているようだ。
ますます、季人は自分の内に存在する不器用な性分が比例関数的に増大していくのを自覚していた。
そしてスマートフォンの示した場所へ到達し、扉の横に書いてある保管室という銘が掛かれたプレートを確認した。
「ここに来て当然の疑問を口にしていいかな?」
『何だい?』
「鍵は?」
古今東西、大切な物が保管されている場所には、当然だが施錠というセーフティーが施されている。
南京錠、閂、ダイヤルロック、指紋認証、網膜スキャン等々……。
保管されているものの重要度によってそのレベルは様々となるが、少なくとも他国の年代遺物に対しては最大級の経緯とセキュリティーが用意されていることは間違いない。
「水越様、それでしたらこちらに」
そう言ってマリアンはスカートのポケットから、IDカードを取り出した。
「……え、どうしたのそれ?」
「ウィリアム様の部屋から出る間際に渡されました」
「……ウィル?」
『まっさらな状態のカードにその施設が契約している警備会社のプログラムを入れておいた。 流石に前の時みたいに読み取り版を殴るわけにもいかないからね』
ウィルの言う通り、ここでそんな事をすれば直ぐに衝撃音で気付かれて先ほど確認した人間がやってくるだろう。
「いやそれはわかるけど、だったら先に教えてくれればよかったろ」
『だって、女性と仲良くなるには贈り物がセオリーでしょ。 君にはそのセッテピエゲを渡したし、だったらこの機会にと思ってマリアン嬢に渡したのさ』
「ウィリアム様、有難く使わせていただきます」
『ほら、もう打ち解けてきただろ』
「お、おう。 せやな」
マリアンがカードの読み取り機にカードをスライドさせると、点灯していた赤ランプが緑へと変わった。
「さて、お目当ての品物はどちらでしょうかね」
季人とマリアンは僅かにあけた扉からスルリと中に侵入し、扉を閉めた。
『さっきカルディアの考察をしてみたんだけど、多分設計上50×50位の大きさだと思うから、それ以下は外していいと思うよ』
「ウィル、時計の部分は外部に露出してるのか?」
『いや、どうかな……。 まぁ文字盤を見て数値を観測する必要があるからね。 見える様にはなっているんじゃないかな』
「なるほど」
保管室の中は薄暗がりで、室内の電灯を点けるわけにもいかない季人達は持ってきていたハンドライトのスイッチを入れる。
「おぉ……」
すると、現れるのは理路整然と並べられた研究資料や展示物の数々。
布が掛けられていたり紐で閉じられていたり、収納棚に名札付きの箱が並べられ、それらも恐らく重要な物だのであろうことは想像できる。
暗闇の中、目を輝かせて視線を外せずにいる季人。
「水越様?」
「ん? あ、おう」
我に返った季人は、部屋の奥へと歩みを進める。
「にしてもさ、やっぱり博物館の何が良いって、まず空調がととのっていることだよな。 当然だけど」
展示品の中には温度変化や湿度に敏感な物も存在する。 特に絵画などは顕著だ。 どんなものでも時代と共に劣化し、痛み、風化していく。 それを最低限に抑えるために最大限の配慮を施す。 空調管理など最たるものだ。
「あくまで副次的だけど、その快適空間のおかげでリラックスしながら回れる」
「水越様」と、少し窘めるような非難まじりの声色のマリアン。
もう少し真面目な姿勢を求めているのだろうが、それを季人は「まぁまぁ」と窘めた。
「気張りすぎるなマリアン。 焦ってミスしたり見過ごしたりするよりはよっぽどいいだろ。 普段通りを心がけた方が、視野も狭めることなく、気付けない事に気付けるかもしれない」
もっともらしい事を口にする季人だが、その実、 あふれ出そうな好奇心という枷が外れるのも時間の問題かもしれないという自覚はあった。 だから、暴走する前に早いとこ見つけないととも。
ただ、ここにある量はそれなりに膨大だ。 虱潰しに探していてはいつ終わるか分らない。 ある程度あたりをつける必要があるだろう。
「ウィル、予想されるブツの保管場所とか分かる?」
『そもそもアレは正規の搬入経路ではないみたいだ。 博物館側の記録を見てみたけど、ここ最近それらしいログはない。 かと言って鍵もかからない場所にポンと置かれているはずもないからね。 それに、こういうところは目録をきっちり作ることはセオリーなんだ』
「ですが、さすがに正式名称で持ち込まれてはいないはずですわ」
『うん。 だけど保管するに足る価値があるもっともらしい名称があれば……それだね』
最重要機密に属し、かつ逆算で最も近い日に運び込まれたものが、それに該当するだろう。
「あんまり長居するわけにもいかないし、少しでもそれらしいものがあればどんどんやっつけちまおう」
『だね。 まぁそこに繋がった時から、もう添削ソフトは走らせているんだけど、最終更新履歴……搬入物名称……来館名簿……あともう少し時間を頂戴な』
「運び込まれた時の監視カメラは? 搬入時間は本来早朝か深夜の博物館の営業時間外って考えれば、それなりに特定できそうじゃないか?」
『残念だけど今は見れない。 監視カメラ事態に細工は出来るけど、それの録画データはそこのハードディスクにもクラウドにも無かった。 多分バックアップを他の独立したハードに移したんじゃないかな』
「そいつは……残念だ」
『とりあえず、普段公開されていない物の保管場所は決められているから、とりあえずそこに行ってみようか』
「オーキードーキー」
奥へと進むほどに置かれているものは大きくスペースを開けて置かれている。 さながら、小さな展示会場の様だった。
「何かに入れられている可能性はあります。 あれは一般人にでさえ秘匿されるべきものですから」
外から見てそれと分らないというのは、中々ハードルが高い気がしなくもない。
というか、ある意味目隠しをされたまま探すようなものだ。
「大は小を兼ねるじゃないけど、見た感じカルディアが入りそうな箱って結構あるな」
「はい。 ある程度予想はしていましたが……」
それにしては、木枠梱包された収集品が多く、保管室と言えどここまでの量があるとは思っていなかった二人。 それぞれの箱にラベルがあるだけまだ判別に苦労はしないだろうが、その探し物がラベル通りの箱に入っていることは無いだろう。
透かし梱包ならばまだ中を見て判別もできるが、トラヴィスがそんな間抜けな事をするとは思えない。
「なぁマリアン。 ご当主の能力は? こういう時こそ念写の出番だろ」
「観るには時間が“遠すぎ”ます。 体調が万全だったとしても……梱包、搬入した時にまで遡ることは難しいでしょう」
『万能とも思えたカバーリ氏の能力にも制約があったか』
世の中は都合よく道理を飛び越える事は出来ない。 何事も等価交換で成り立っていると考えれば、過去を映し出す映写機など、どれだけのバッテリーを消費するか分らない。
『まぁ、そんなときの為に僕が要るんだけどね』
季人のスマフォに添付ファイルが送られ、それが自動で開くと、「AD-1931」と英数字が表示された。
『その番号が書かれた箱が一番可能性としては高い。 搬入記録では絵画用の修復材として登録が残っていたけど、博物館側に発注履歴がない。 それに、絵画を修復するには、それ相応の技術者が必要なんだけど、今のところ博物館にそういった人物の来場予定はない。 関係者としての登録も今のところ確認できない』
仮に、先に道具だけ用意して後から専門家を誘致するにしても、そもそもその道具は本来用意されるはずのないものなのだから、箱の中が本当に修復材なのかどうかは怪しいものだ。
「水越様、見つけました」
「はや」
ウィルからの情報を受け取ってからものの数秒で目当ての物をマリアンは見つけ出した。
もしかしたら特別な能力は持っていなくても、探し物に関しては導線を観るちからがあるのかと勘ぐってしまう季人だったが、それならそれで自分達には頼ることは無いだろうと思い直した。
マリアンの近くに歩みを進めた季人が観たものは、木枠と釘でがっちりと梱包された正方形の箱だった。
ラベルには送られて英数字が表示されているから間違いない。
『中……は、確認……で……い?』
「ウィル?」
返答は無く、無音に近いノイズが耳に入るだけで、他には何も聞こえない。
耳に装着されたヘッドセットを触り確認してみたが、それ自体に異常は見られなかった。
「何かあったか……?」
スマートフォンのアンテナは……圏外を示していた。
先ほどまでは問題なかった。 それが突然通信不能となる。 携帯料金の未払いが原因でも、アンテナ表示は普通変わらない。 そうなると原因は、この建物周辺で起きていると思った方がいい。 事を速やかにこなす必要があると嫌な予感と共に判断した季人。
「……水越様」
「ああ、ちゃちゃっとやろう」
季人は木枠の周囲をライトで照らす。
「これは……素手じゃ無理だな」
「これを使ってみてはどうでしょう?」と、マリアンは季人にバールを手渡す。
「……どこにあったの?」
「先程ここに入った時、隅の棚に置いてありました。 木箱に入っていることは想定していましたので、とりあえず持っていました」
「先見の明があるな。 ナイスだ」
季人は木枠の隙間にバールの先端を差し込み、徐々にその囲いを外していった。
やがて現れた梱包材を手で払いのけ、改めてハンドライトで照らす。
「……」
季人は口を開かず、ただ、ソレを見続けた。 もし開けば、マリアンの手前、何を口にしてしまうか分らなかったからだ。
ただ、それが時間や世界の壁を超えるための、この世に本当に存在する、ただ一つの装置なのだと思うと興奮と武者震いが止まらななかった。
デスクトップパソコンの本体ほどの大きさに金のフレームが直方体に組まれ、三つの面にそれぞれの時計がはめ込まれ、残す一つには不釣り合いな電子ソケットやコードが見て取れる。
「これが、ERBをコントロールする為の次元転移装置……カルディアか」
流石にずっとそのままでいるわけにもいかないと思った季人が若干震える声で紡ぎだす。
「もっと大きいものを想像していたけど……そうでもないんだな」
「はい。 それに意外と軽いです……」
マリアンはそれを手にし、持ち上げながら細部に手を触れる。
「精巧というのもありますが、フレームが頑丈すぎます。 この場での破壊は難しいですわ。 これでは、ミニッツ・リピーターは……」
「まぁ、とりあえずやるだけやってみようぜ」
二人は位置を入れ替え、後ろからカバーリが照らし、季人がカルディアをいじくる。
手触りは見た目通り金属質。 はめ込まれた時計のふちに指の先は引っかかるが、強固に固定されているのか、指先でひっかいた程度では一ミリも動かない。
季人はひっくり返したりソケット部のパネルを確認して、どこか何かしら取り外しや分解可能な箇所がないか見てみたが、分解できそうな気配が微塵も無かった。
「あ~。 組み込まれてある時計を外すのは無理そうだ」
「みたいですね」
かといって、叩き付けるなんてまねをしたら、おそらくマリアンから大ひんしゅくを買うだろう。
ミニッツリピーターが組み込まれている手前、手荒なことはできない。
「……ん?」
微かに木が軋むような音がした。 木材は多いから、温度変化によって伸縮し、それが原因で軋みが起きる。 ただ、ここは重要物を保管室だ。 当然、温度変化や湿度管理には気を配っている。
それでも自然物を使っている以上、多少の伸縮は起きてしまうだろう。
だから、季人がその音の方に視線を向けた時、警棒を振りかぶっている男に気付いたのは全くの偶然だった。
「水越さん!!」
季人よりも早くそれに気付いたマリアン。 いつの間にか手にしていた長棒でその男の腹部を先端で突き「っぐっ!?」と声を男が上げた瞬間に延髄へと追撃を掛け、あっという間に昏倒させた。
「……え」
ぽかんと口を開けたまま、倒れた男とマリアンを見やる季人。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。 大丈夫だ。 助かったぜマリアン」
手をついて立ち上がった季人が改めて目の前の少女を見る。
突然の事とはいえ、恰幅のいい男を流れるような動作で、しかも最速で効率よく無力化した。 その事実が未だに信じられない。 だが、実際助けられたことは間違いないのだ。
「すごいな。 その、それどうした?」と季人はマリアンの持っている長物を指さす。
「これは護身用に持ち歩いているんです」
マリアンが手にしていたそれは、俗にいう棍と呼ばれる長棒。 先端部分は打突に適したメイスのような形状の特別仕様。 長さ180センチ程で、材質も恐らく木材では無いだろう。
それを軽々とバトンの様にクルクルと扱う姿はこれまでマリアンに抱いていたイメージを綺麗に払しょくさせた。
「そんな物持ってたのか? 手ぶらじゃなかった? スカートのポケットに入らないだろ、それ」
それも、ただ持っていたんじゃない。 流れる様に二撃を叩き込んだあの手腕。 例え棒に説明書が付与されていたとしても一朝一夕で出来るもんじゃない。
「淑女の嗜みです。 これくらいでしたら、女性なら誰でも仕舞える隠し場所を持っていますわ」
「そ、そう……。 女体の神秘ってやつね」
半分納得できないままでいた季人だったが、それ以上の追及はせず、床からカルディアを持ち上げた。
「とりあえずこうなったら、落ち着いている余裕はなさそうだな。 早いとこずらかるぞ」
警備に回っていたこの男から連絡が途絶えれば、あちら側も直ぐに動くはず。
手が回りきる前にこの場から離れなければ、状況が悪くなることは明らかだ。
「はい。 分りました」
マリアンはスカートから眼鏡を取り出し、スマートフォンを操作する。
「……それ暗視ゴーグルみたいなものか?」
「いえ、私にとってはこれが水越様のバッグのようなものですわ」
ますます頭の上に「?」マークが浮かぶ季人。
サングラスのように見えるが透過度は高く、マリアンの瞳も普通に見える。
「隠していたわけでは無いのですが」
マリアンが持っていたスマートフォンを操作すると、今現在の季人の顔が現れた。 その様子から、マリアンの視界にとらえている映像と言うことが伺えた。
「その眼鏡と……連動してるのか?」
「少し違います。私の力はおばあ様の力と比べたら雲泥の差ですが、念写をする事が出来ます。 それを映しだす装置がこれなのです」
ほんの数秒だが、季人の思考が再起動するのに時間がかかった。
「……マジで!?」
つまり、彼女の掛けているものは簡易型HUDということになる。
スマートフォンに念写された映像をHUDに転送して映し出すことで、視界を確保しながら念写した映像を見る事が出来る。
そして、その能力の有無に関してロズベルグ家の屋敷では否定された気もしたが、この際それは些細なことだった。 初めて会ったばかりの人間に自分の切り札を見せたくなかったのか、あの場で話したくなかった理由があるのかもしれないと思えば、理解できない話ではない。
「はい。 ただ、扱いに苦慮するというか……それほど役に立たないというか……」
言いよどみ、歯切れの悪いマリアンの言い方から察するに、本人としてはそれほど自身の力に信頼を置いていないような感じだった。 しかし、それは持たざる者からしたらとんでもない驕りでもある。 どれだけ望んでも手にする事が出来ない先天的な物であるのならばなおさらだ。
特に季人のような人間からしてみれば、羨望の眼差しを向けるに値する偉人といっても過言ではない。
「いやいや、マジかよ。 すげえじゃん。 雲泥の差っていうけど、何の力も持っていない俺からしたら垂涎ものだぜ」
「そうでしょうか……私の力なんて、在って無いようなものです。 役立てようと思ったら、こういうものを作る必要があるくらいですから。 そして出来る事と言えば、一、二秒程度の未来を念写して、それをこの眼鏡に転送してみるだけです」
「それって、未来視……?」
マリアンにしてみれば、自分の身内にカバーリのような神がかった超能力者がいれば、そう思ってしまうのも無理ないのかもしれない。
しかし、一、二秒先だ。 一、二秒先を見る事が出来るという力が、どれだけ凄まじい事なのか、彼女は理解しているのだろうか。
そう思う季人だったが、実際それが役に立つ場面が限定的な物しか思い浮かばない。 だがそれでも、先ほどの様に刹那的な判断を要求される状況下などに至っては天武の才と言えるだろう。
「十分すぎるぞマリアン。 今までもご令嬢ぜんとしていたが、ますます魅力的に見えてきた。 あと、今度俺とカジノに行かない?」
「水越様、からかっているのですか?」
「まさか。 俺は女性に対しては常に最大限の敬意を払っている」
「公衆の面前で昏倒させられ、暗闇で押し倒されましたが?」
「あ、一つ訂正。 見知った女性に対しては、にしといてくれ。 流石に攻勢に出てるレディーに対しては遠慮できない。 ていうか、あのテラスとか、俺の部屋の時もそいつを常備しておけばよかったんじゃないか?」
「いえ、あの時は私も問題ないと……。 水越様の部屋の時は、暗闇でしたし……」
「なるほどね……。 まぁ、俺にとってはマリアンの能力はありがたいもんだ。 期待させてもらうぜ」
「は、はい! お任せくださいまし」