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「この度は、誠に申し訳ありませんでした」


 何度目の謝罪となるのか季人が着替えるためにマンションまで戻った時、まだ起きていたセレンにマリアンはまず頭を下げた。


 真摯に謝っているという姿勢がセレンにも伝わり、そして事情も聴かされていたという事もあって、もう気にしていないというそぶりを見せた。 しかし、セレン自身に実害が被ったわけでは無いにしても、不法侵入と同居人の誘拐は大きな精神的負担を掛けたに違いないと、一層頭を下げたマリアンだった。


「ほらほら、マリアンの気持ちも分かるけど、それ以上はセレンが対応に困っちまうだろ」


 そこへ着替えを終えた季人が助け船を出した。 セレンは笑顔で感謝を伝え、顔を上げたマリアンは「はい」と申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「マリアンさん。 謝罪は十分に受け取りました。 だがらもう御気になさらず。 気落ちしたままでは、これから先季人さんに迷惑がかかってしまいますよ?」


 それは御免こうむると表情を正して頷くマリアン。 これ以上、自分の不手際で周囲に迷惑をかけることは憚られるのだ。 


「それで、季人さん。 私は本当に行かなくてもいいんですか?」


「ああ。 下調べも足りてないし、何が起こるか分らないからな」


 出来ればそうならないことがベストなのだ。 それに、セレンはこれまで家族や会社を巡る問題をそれこそ命がけで切り抜けてきた過去がある。 そんな荒事を経験して、ようやく普通の生活に慣れようとしている時に、これ以上その平穏を引っ掻き回すようなことは極力避けたいと季人は思っている。


「そう、ですか……」


 そう言って顔を伏せるセレンの気持ちも、季人は分らなくは無かった。


 仲間外れにしているつもりは毛頭ないのだが、こうして既に大事に巻き込まれてしまっている手前、結局は受け手側がどう思うかにかかっている。 今のセレンの表情からは平静を装っているように見えるが、なんとなく、その眼の動きや語り草から、少し面白くないと思っているのが見て取れた。


 だがらこそ、そこで気を遣うのが保護者であり同居人である季人の役目なのだ。


「いいか、セレンは俺達に何かあった時の為の保険だ。 頼りにしてるぞ」


 気が紛れたかどうかは分らないが、頼りにしていると言われては、セレンも悪い気はしなかった。


「分りました。 気を付けて行ってきてください」


 季人はその言葉に手を振って応え、マリアンと共にマンションを後にした。



 そして、次に訪れたのはーー。



「初めまして、マリアン嬢」


 椅子に座ったまま軸を回転させ、部屋に入ってきたマリアンと初めて顔を合わせるウィル。


「フレイザー様、この度はご迷惑をおけしてしまい、申し訳ございません」


 それに対して、マリアンはセレンの時と同様、腰を直角になるまでまげて謝罪を示した。


「ウィリアムでいいよ。 というか、どちらかと言うと僕たちが迷惑をかけた方だからね。 これは言うなら僕たちの……いや、ぶっちゃけ僕の不始末を君たちに強要させてしまった色が強い。 こちらこそ、済まないと思っている」


「だな。 だからマリオンはそこまで気負う事は無い。 むしろ、こっちが申し訳なさでいっぱいだ」


 それは半分本心でもある。 何せ、今回の騒動に少なからず噛んでいるのは事実なのだから。


 しかしマリアンはそんな事は微塵も思っていないという風に首をふり、少し驚きの混じった表情を浮かべていた。


「そんな……。 お二人は何も知らなかったのですから、仕方のないことです」


「そう言ってもらえると、こちらも助かるよ。 まぁ僕はここから君達をサポートすることくらいしか出来ないけど、それでもしっかりと仕事はこなすつもりだ」 


「ありがとうございます。 ウィリアム様」


 初めての面通しは終始つつがなく進む。


 しかし、流石に謝罪してばかりのマリアンがしのびなく思ってきた季人は、ロズベルグ邸でウィルに言われた方向へと舵を切った。


「で、だ。 俺に渡したいものってのは? 博物館のナイトパスか?」


 ハッとした様に目を開いてウィルは季人に向き直る。


「おっとそうだった。 ……よし。これさ」


 パソコンデスクの下に手を伸ばし、何やらゴソゴソと銀色のバッグを取り出した。


「……これって。 この前ウィルがネットオークションで落札したゼロハリじゃなかったか?」


 ―――ゼロハリバートン。


 良くドラマや映画で怪しげな物や札束を入れる時に使われるジュラルミンケースの代名詞的ブランド。


 巷ではゼロハリと略称で言われることが多いそれは、実際その利用者の数からみても信頼性がとても高い機能性が約束されているバッグなのだ。


「まさしくそれさ。 そのゼロハリバートンを僕なりにアレンジしてみた」


 ウィルはポンポンとそのケースを撫でてから自信ありげにニヤリと笑った。


「してみたって……ジュラルミンのバッグをどうアレンジするんだよ」


 季人は苦笑いを浮かべ、マリアンに至っては全く話についてこれていない。


 言われてみてみても、普通のよく見るゼロハリのケースだ。 取っ手があって程よい厚みがあり、それでいてジュラルミンの軽量さが見て取れる。


「まぁ、正確には僕がアイディアを出して、友人に形にしてもらったんだ。 ちょっと持ってみてよ」


 ウィルが誰かに依頼するなど珍しい事もある者だと季人は少し驚いたが、その友人というのが話していた人物なのかとあたりをつけた。 古い友人というくらいなのだから、きっとウィルと同じ位のスキルを持った人物なのかと想像を膨らませながら手渡されたゼロハリを手にした。


 中に何か入っているのか、見た目に反して若干重さが感じられた。 少なくとも、空っぽという印象は受けない。


「何か入ってるのか?」


 そして、待ってましたと言わんばかりにウィルは声を張り上げて眼鏡をキラリと光らせた。


「そりゃもうギッシリと! お役立ちグッズのてんこ盛りさ!」


 その眼はまさにその先を促してくる。 季人は何やら長くなりそうだから博物館への移動中にでも聞こうと思ったのだが、何の気なしにマリアンは「一体何が入っているのですか?」と尋ねた。


「あ、マリオンそれは……」


 時すでに遅し。 マリアンの問いに眼鏡を光らせて、待ってましたと言わんばかりにテンションを一段階上昇させたウィル。


「よくぞ聞いてくれたね! ではご説明しよう。 このゼロハリバートン改め、セッテピエゲには、様々な便利機能が搭載されているんだ」


 季人の言葉尻を上書きするようなハイテンションでウィルお馴染みの解説したい病が発症してしまった。


 だがその前に聞きなれない単語が出てきたことで、季人の意識はまずそちらに向いた。


「セッテ……ピエゲ?」


「そう、それがこれの名前。 まぁ僕としては他に用意してあった名前があったんだけど、今回の大部分は僕の友人が製作者といっても過言ではないから、名付けを譲ったんだ。 セッテピエゲはイタリア語で七つ織って意味だよ」


 本当はもっといい名前を用意していたんだけど……と嘆息していたウィルだったが、季人はこの瞬間ウィルの友人である製作者に万感の拍手を送りたかった。 なにせこれまでにもウィルが作り上げてきたアイテムの命名方法は、良く言って穿ち過ぎている傾向があった。 それに比べれば、まず長ったらしくないという点が高く評価できる。 加えて、イタリア語で名称するというセンスは、まず自分の相棒からは出てこない発想だろう。


 ちなみに、セッテピエゲという名が良く知られているのは、ネクタイの分野である。


 本来ネクタイというのは生地を七つ織にしてあの細長く剣先が特徴のある形にしたもの。 現在でも高級ブランドのネクタイなどにその伝統が残っている。


 そうウィルの友人に対して感慨にふけっていた季人だったが、そんな事を気にするウィルでは無く、さっそく自信満々と解説を始めた。


「セッテピエゲという名前の通り、このゼロハリには七つのギミックが組み込まれているんだ。 まずはいつどこでスマホやタブレットがバッテリー切れになっても安心できる大容量バッテリー。 そのバッテリーを電気が無くても充電できる太陽光発電システム。 そしてこのバッグをどこかに忘れても即座に場所を知らせる高性能発信機&どんな電波も見逃さない高性能受信機……っ!」


「は、はぁ……」とマリアンがウィルのテンションに押され……傍目には引き気味で答える。


 まぁ、慣れてない人が見れば誰でも最初はこんな反応だろう。


 だが当のウィル曰く、この瞬間こそが自分にとって最高のカタルシスを得る場面であり、ガス抜きでもあるらしいのだ。


「そしてさらに、以前のようなドタバタを想定してとっておきのギミックを搭載!」


「まだ何かあるのか?」


「もちろんさ。 季人、持ち手の親指が触れてるボタンを押してみてくれ」


 言われて、一部市販品にしては持ち手についている不自然なデザイン……突起状になっている部分。 恐らくそれがボタンなのだろうと思い、季人は少し強めに押し込んだ。


 その瞬間、ジュラルミンケースの表面が扇状に弾けた。


「お、おお!? おおおおおおおお!?」


 季人が驚いている間もその表面がスライドパズルの様に動き、内側にはそれを動かしていたであろうサーボモーターや、それを保護するかのような透明なアクリル板が現れ、その透明な部分がダイオードでも仕込んであるのか、青色に淡く光っていた。


「ひょっとして……いや、ひょっとしなくてもこれって、まさかベイカー・バットシールドか?」


 別名ライオット・シールドとも呼ばれる、特殊部隊や警備会社などが装備している透明なポリカーボネイトの軽量盾。


 透明性や耐衝撃性能に定評があり、その強度はガラスの約250倍とも言われている。


「前みたいな事があった時、こんなのでもあれば便利だろ。 まぁこれなら、9mmまでなら止められる。 それ以上となると、傾斜をつけないと厳しいね」


 前みたいな時というのは、サウンドメディカルの工場でそこの社長と交戦した時、銃を持ち出された際の事だろう。


 確かにあのとき、出来れば銃弾を防ぐ為の物が欲しかった。 この盾があれば、もう少し命をベットする事が無いような手を打てたかもしれない。


 季人は持ち手の部分を改めて確認したり、上げ下げしたりして使用感を軽く確かめる。


「そうか。 まぁちょっと重い気がしないでもないけど、鉄板よりは全然軽いし、防御面積も悪くない」


 本場のライオット・シールドよりどうしてもスケールダウンしてしまうが、それでも上半身を隠せる程度には面積があるのだから十分だろう。


「あと、入ってる殆どの機能は、万が一両手が塞がってても仕えるように、ウェアラブルデバイスの音声認識を利用して即座に動かせるようにしてある。 はい、これがそう」


 渡されたのは黒いリストバンド上のデバイス。 最近では携帯電話との連動で健康状態をログで確認したり、日々の生活をサポートするためのアイテムとしてシェアが広がってきている。


「声紋も君にしか作動しないから、誤作動の心配はないよ。 ……あ」


「どうした?」


「ごめん、登録言語がイタリア語になってるかも。 どうする?」


 どうするとは、つまり検知言語を日本語にしておくかという事だ。 確かに普通であれば使い慣れた言葉の方が咄嗟の場合にも即時対応出来るし、言いなれないイントネーションで誤作動を起こす可能性も無い。


 だが、そういう正論は季人には意味が無い。 それ以上に重要なことが、男にはあったからだ。 それは―――。


「なんかイタリア語で言った方がかっこよさそうだろ。 そのままにしておいてくれ」


 季人が持ち手のボタンをもう一度押すと、先ほどとは逆戻しでケースが動いていき、瞬く間に初めのゼロハリバートンのケースの姿へと戻った。


「あ、あとね、十メートル先の物まで拾えちゃう電磁石式マジックハンドっていうのが……」


「よし、それじゃあ行くぞマリアン」


「え、は、はい」


 最後にとてもどうでもよさそうな機能がある事を説明されたような気がするが、これ以上時間を掛けるわけにもいかないという建前を武器にして季人は踵を返し、マリアンはそれに続いてウィルの部屋を後にした。


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