署名/ ないしょ話/ タクシー/
署名/
署名欄に書いた
私の名前が
歪んだまま固定される
だれのために名乗るのか
分からないまま
ただ存在の証として
私の痕跡で散らかった机の端っこ
呼ばれることのない名をしたため送りだす
紙に書かれた文字は孤独だ
息を吹きかけ曇ったガラスに
あたたかな指先で書いた
いつか消えてしまう文字より
ずっと
誰かの薄い唇にも
がさがさの声にも載ることのないそれ
私は私の名前をそっと悼む
ないしょ話/
くすくす笑い
細めた声
知ってる
ずっと多くの耳がこっちを向いていること
知ってる?
推測がケーキセットを食べ尽くし
カフェのドアについた鈴を鳴らし
横断歩道を渡って
いとも簡単に
誰かの耳たぶに噛みつくこと
タクシー/
メーターに換算された家路までの距離と
ふてくされた夜
濡れた窓ガラスと
少しきつい他所の車の匂い
気配を消したドライバーが
するすると街を掻い潜り
あなたへの慕情を振り切っていく
私があなたを薄めるまでの距離
〆て
二千百六十円 也