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眠れない夜のための音楽  作者: 枯枝折子
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危機感がうすいとか、いわれても 1





 自分から望んで巻き込まれたわけじゃないのよ?

 つまり、そう。自分のせいばかりじゃないって弁解したいのよ。それができるうちはね。

 自分だけが悪いわけじゃない。説明すれば誰だってわかってくれるはず。


  *


 セシルはこれほど不満でいっぱいの聖フリーダの休日をかつて過ごしたことはなかった。

 今日は土の曜日。

 週末に聖人の休日が重なると、翌週の始まる月の曜日までが行政府や政庁舎、教育施設の

休日となる。

 ほんらいなら、楽しい祝日のはずなのだ。

 車輪のついた、季節のお花で飾られた山車に乗った聖フリーダ役の青年が聖人らしく立派に着飾って、王都の目抜き通りをガルク大聖堂から王宮までパレードする。

 神々のみ使い役の十歳ほどの少年や少女を大勢引き連れて。


 聖フリーダの青年は、とにかく注目を浴びる。

 聖人役の青年は、年若い聖職者か貴族子弟であることが多く、毎年話題の的になる。

 今年は誰が、と街の女の子たちの口端や家庭での話題に上る。

 例年決まって、美々しい青年がそれを務めるからだ。

 聖人のご加護か、その日は必ず好天に恵まれ、街は賑やかなお祭りに酔いしれる。

 沿道には王都中の女の子が聖フリーダを一目見るために集まる。女の子目当てに、男の子も集まる。もちろん老若かかわらずだ。

 パレードに参加する子供たちを見守る、保護者だって大挙してくる。

 そして、みんなを目当てに、露店や屋台が立ち並ぶ。


 イルーフ女学院の生徒だけは、パレードの行われるフィオーラ大通り沿いの建物の中からか、帽子を目深にかぶっての見物になる。だって、恥ずかしいもの。

 素敵な男性のパレードを見物するために、出かけてきたところを顔見知りのお友達にばったりだなんて。

 セシルは毎年、父方のお婆様と、母方の叔父様と、パレード見物をしていた。

 フィオーラ大通り沿いにある老舗ホテル、『ドゥワイト』の二階メインダイニングの窓辺から。

 窓の外のざわめきを聞きながら少し遅い昼食、窓の下をパレードが通り過ぎるのが四時のお茶の時刻。

 そして晩餐を終えて、帰宅。『後見家庭』に。


 たっぷりのおいしいものと、美しい聖フリーダと、賑やかな街、そして、大好きなお婆様と叔父様のルー様。ルーパート・ルシウス・シンクレア=ヘイゲン伯爵。

 それが、セシルの叔父様の名前。


「ルー様! もう杜へいらっしゃらないで! って何度もお願いしているのに!」


 セシルは、昼食からハイティーの間中ずっと、抗議を続けて窓の外に注意を払うこともしなかった。

 今年の聖フリーダは、某伯爵家のご長男で、まだ陸軍府士官学校を卒業したばかりのはしばみ色の瞳のハンサムだとの噂をセシルも聞いていた。

 イルーフの杜で聞かれる、男の子の話題なんて例年聖フリーダ役の青年の話くらいのものだ。

 乙女が男の子の話に熱中するなんて、先生方に聞かれでもしたら厳罰ものだもの。

 どんな方かしらと、興味はあったはずなのだ。セシルだって年頃の乙女だ。

 ハンサムな男の人は、実はちょっとだけ見てみたい。

 だから毎年、ホテル・ドゥワイトを訪れる。

 

 それがまさか、ハンサムな叔父様に向かってこんこんと訴え続けることになるとは思ってもみなかった。 窓の外を見物するために、身を乗り出すこともせずに。


「ルー様! 聞いてらっしゃる? もうお友達を連れて行かないっでって、セシルがこんなにお願いしているのに! 私のお友達を、人質みたいに扱わないでってあんなにお願いしてきたのに!」

「人質? それは心外だな、セシル。君のお友達をそんな風には考えないよ。むしろ、釣り餌、かな。君を釣り上げるための、撒き餌かな?」

「釣り餌! 撒き餌! なんてひどいことおっしゃるの、ルー様は人でなしよ!」

「――――二人とも。目立っていますよ。大騒ぎはしないでちょうだい。特にセシル、あなたにお願いするわ。叫ばないで、静かにお茶の時間を楽しんでちょうだい」

 

 お婆様は、背筋のぴしっとした銀灰の髪を結い上げた昔の美女。

 手指や首筋に、齢を重ねた人特有のしわが目立つがそれだって十分に美しい……名はリヴィエラ・イングリッド・イルーフ、女伯爵。

 ソーサーの上にカップを置いて、一息ついたところだった。

 ――――イルーフ校の学院長、イルーフ女伯その人だ。

 セシルの長いミドルネームの一部はお婆様由来のリヴィエラ、そしてイングリッド。

 セシル・リヴィエラ、からの『リーヴィー』。学院での愛称はこちらから来ている。


「だって……! お婆様にもお伝えしたいのよ! これ以上王立に流失が進んでしまっては、杜の存在意義がなくなるわ。それに、聞かれたでしょう、ルー様のひどいおっしゃりよう!」

 叔父様のルー様、ルーパート・ルシウスとはまるで、王立学芸院の化身、最高学府の化身のような男。

 セシルの栗色の髪と栗色の瞳は、母方のヘイゲン公爵家、あるいはシンクレア家由来の遺伝だ。


「流失! 本当に君の言いぐさと来たら大げさなんだから。彼女たちのあれは、ただの編入ですよ。学芸院に編入してきたんです、君の杜では目標を遂げられないとね。ねえ、おばさま、そうですよね、あれは流失ではなく編入学ですと、このわからずやの姪姫に教えて差し上げて下さいよ」

「ええ、そうよ。正規の転校と編入手続きをそれぞれに踏まれた、正しき編入学です」

「お婆様! ルー様の肩を持つなんてひどい!」


 問題はそこではないのに!

「釣り餌とか、撒き餌とか、そういう言い方がひどいんじゃありませんか、女の子たちを、私を釣り上げるための、えっ……餌だなんて!」

 ひどい! とセシルは半ば涙目だ。

「まあまあ、泣かないでちょうだい、この子ったら仕方のない。ほら、お菓子を召しあがりなさいな、セシル。こちらお砂糖が控えめでおいしくてよ」

「お婆様も! 私をお菓子で釣ろうとしないでください!」

 なによ! キッとセシルは夢見るような栗色の瞳をいつもは搭載した目を、吊り上げた。


「ああ、なんてかわいいんだろうな、僕の姪姫は。ねえ、伯、ご覧なさいよ、必死で、涙ぐんじゃって、かわいいったら!」

「……ルーパートさん、あなたもかわいい姪姫を煽るのはおやめなさい。お茶とお祭りをお楽しみなさいな。いい大人なんですからね」

 ルー様もお婆様にかかっては小僧扱いだ。ぴしゃりとやられて、セシルはふんとほんのわずか留飲を下げる。

 すん! と鼻をすすりあげて、意地悪な叔父様を睨みつけた。


「……ところで、ルーパートさん。わたくしのセシルが政庁舎の『今月の刺繍』でまたタペストリー部門の特賞を受賞いたしましたのよ。あなた、ご覧になった?」

「ええ、伯。僕のかわいいセシルのことですもの、当然です。優秀な子でこの子の叔父としても鼻が高いですよ。でも実はあの壁掛け、内側は血に染まって真っ赤っ赤なんですってね。ええ、セシルに聞きました。かわいい指先は針の穴だらけ、こんな不器用な子に刺繍の強要なんてどうかなと思ってるんですよ。この子は天才的に不器用なんですもの。天才的な不器用を秀才的な努力でどうにかしているなんて、いじらしいじゃないですか」


「まあ、セシルったら、いけない子ね。制作秘話を披歴してしまうなんて。慎み深い女性というものは、隠すべきところはそうつまびらかにいたさないものなのですよ……」

「慎み深い! セシル、安心なさい。学芸院では女学生にそんなものを求めたりしないんですよ。どうかな、やっぱり君に相応しいのはシンクレアの学問だと僕は思うが」

「なんてことを、ルーパートさん。セシルはイルーフの子。イルーフの乙女よ。やがてイルーフ子爵を継承する娘なのですよ、わたくしの後継者として杜にあるのは当然のことです」

「それならシンクレアこそですよ。セシルはやがてシンクレア女伯を名乗ることになるのですもの……」

「あら、代々のシンクレアのお嬢様方も、イルーフの乙女だらけでいらっしゃるのよ。貴女のお姉様だけ、女の身でシンクレアの領袖だなんて!」

 

 王立学芸院で法学教授を務めるママ、シシー・シンクレア女公。

 歴史学と政治思想学を教える叔父様のルー様。

 もっというならお祖父様のヘイゲン公爵は一般的にシンクレア学派と呼ばれる、王立学芸院を根城にした知識の泉、大陸で唯二の学閥の首領だ。

 学芸院でシンクレア教授と呼ばれるのは、セシルの母方のお祖父様。新聞学や刊行物学、及び政治学の教授だ。

 そして、父方のお婆様はイルーフの乙女の鋳型にふさわしい、イルーフ学派の母。

 つまり、セシルがここで閉口する両家の対立とはそんなものだ。

 

 お婆様も叔父様も、セシルに関してはお互い譲り合うということをしない。

 いつもだいたいただの口論に発展するそれは、いつだって平行線だ。



さっそくブックマーク登録をして下さった皆様。ありがとうございます。

平日はのんびりになるかもしれませんが、間隔をあけない投稿を目指してみます。

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