教育省の者ですとか、いわれても 1
信用されないのはどう考えても自分のせいだってわかっているんでしょう?
前はそう、確か陸軍府の人だった、嘘だったけど。今日はそう、教育省からきたのね、それも嘘なんでしょう。教育省の方から、来たのよね?
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『リーヴィー』の自罰と言えば、乙女たちはみんなたいてい笑って、あなた、またなの? とやり過ごすものだ。日常的過ぎて刺激にもならない、そんな光景だ。
セシルが鍬を片手に長靴を履いて馬小屋にいても、箒を片手に馬車小屋をうろうろしていても、ああ、また例のあれねと笑って誰でもそれを遠巻きに見守っている。
自己処罰のためなのだから、誰も手伝いを申し出たりしない。
リーヴィーは成績優秀、なのにどうしてあんなに悪い子なのかしら、とは、みんな一度は思ってみることだろう。先輩たちも、後輩たちも。同級生はもちろんのこと。
週の初め、セシルの放課後に当たる時間は厩舎でスタートした。翌日はなんだか気分が乗って、隣の馬車小屋へも入った。
辺りを丁寧に箒で掃き清め、乱雑になりがちな手綱や馬具なども几帳面に整理した。
翌日からは、形ばかり厳かに、黒の聖衣と黒の頭衣を被って、聖堂で神々や聖人のための銀器磨きに精を出した。
専用のポリッシュを使ってまずウエスで丁寧に磨き、柔らかな鹿の革で丁寧につやを出す。最後にきれいな布で拭き清める。
教会聖堂の銀器と言えば、その数は膨大だ。
盥に水差し、燭台などの聖具に、聖餐の時の食器類。ナイフやフォークやスプーンの一本一本に至るまで、セシルは懸命に磨く。
祈りの言葉を唱えたり、聖歌や聖人をたたえる賛歌を口ずさんだりしながら、白手袋のセシルは一見無心だ。
心の中は自分の望みでいっぱい。
こんなに一生懸命、神様たちや聖人方に尽くしているのだもの、どうか今抱えている以上の不幸が訪れませんように、という強い信念は、神々や聖人たちに対する無言の圧力でもある。
セシルの心は、今回ばかりは世俗の欲望にまみれている。
動きがあったのは四日目の木の曜日だった。
セシルは黒衣の聖衣と頭衣を身に纏い、全学生分、全教諭分、全使用人分の大きさの違うスプーンと格闘していた。何千本とある、それ。
いい加減、手袋からしみた磨き粉で指の先はなんだかふやけているし、二の腕から一の腕の筋肉もパンパンに張ってきたような気がする。
いつもは乙女らしくごくほっそりした物であるはずの腕が、倍にもむくんでいる気がセシルはしている。
いい加減、スプーンで埋め尽くされた木箱ごと放り投げたい気分になっていたころ、セシルを呼ぶためにやってきたのはエルだった。
「――リーヴィー、ロッドウェル先生がお呼びよ」
詩作の先生がなんの用だろう、とセシルは思った。
「教育省の方がお越しなんですって。あなた、また季節の詩・百選に選ばれたんじゃないの? さすがね、リーヴィー」
「え? 教育省……?」
これまでも、教育省の主催で行われる、詩作の百選に選ばれたことは何度もあった。表彰は学院長執務室で院長先生直々に教育省から届けられた表彰状を受け取るのが常だった。
教育省から来た役人に、セシルが出会ったことは一度もない。呼び出したのがロッドウェル先生だったことも、ない。
クラス担任のヘンリエッタ先生から、院長室へ行くよう促されるのだ。表彰がありますからね、とこっそり囁かれる。
「……呼びに来てくれてありがとう、エル……」
「ロッドウェル先生がわざわざ寮までいらしてね、リーヴィーはどちらなのです! ですって。ずいぶん慌てて探していらしたみたい。あなたが今の時間教会聖堂にいることは、みんなが知っていることなのにね?」
エルはロッドウェル先生の慌てぶりを再現してみせ、セシルをぷっと吹き出させた。
「どちらなの? 院長先生のお部屋?」
「それがね、とにかく大急ぎで、ってことなの。本館入り口そばの応接室ですって」
「そんな、せめて頭衣はとって髪を梳かしたいわ」
「その姿のままでいいんじゃないかしら? 聖堂にいたのを、慌てて駆けつけました! っていう誠意が伝わるもの」
エルはセシルにひとつの悪知恵を授けて、じゃあ、試験も近いし私図書館に行くから、と手をひらひらさせて出て行った。
途方もなく膨大なスプーンの入ったいくつもの木箱を前に、セシルはつい呆然となる。
そんな……大急ぎでって、これはどうするのよ。
ひとまず、磨き終わった箱は左へ、途中の物は真ん中へ、まだの箱は右に寄せてみたけれど、それだけじゃセシルが放置して消えたように見えるかもしれない。
途中です、と示すためにポリッシュと鹿の皮とたくさんの布を真ん中の箱の前にきれいに並べてみた。
いつジルがやってきてもいいようにと、ずっとみんなに不思議そうな顔をされながら放課後は常に持ち歩いていた大きな袋を、携えている。
先生にとがめられた時には預かりものなんですとこの四日間ごまかし通してきたそれ。
教育省?
いいや、多分ジルだ、とセシルは思った。
今度は教育省の役人のふりをして面会にやってきたのかもしれない。
彼はやっぱりこの国の暗部の諜報部員なのに違いないと、セシルは想像をたくましくさせた。
彼を追っていた車列は、手紙を奪われたヘイスロワ側の人たちなんじゃないかしら。
手紙を奪われて、王都の中へ入って追いついた。……それでジルは馬を棄て、人ごみに紛れ込んだのだ。一度手紙を隠すために。そしてセシルを利用した。
落ち着いていたはずの怒りがふつふつと燃え滾り、聖堂の青一色のステンドグラスを見上げることでセシルはそれを沈めた。
セシルは淑女だ。
杜の中でだって、そう振舞える。……人前で淑女を実践することは、簡単だ。
セシルは立った。
エルの助言通り、聖堂から駆けつけましたという敬虔な自分の演出のために、黒衣の聖衣を纏ったまま、袋を持って聖堂を抜け出した。
応接室には、ジルがいる。きっと。