狼少年
とある小さな村。
放牧とわずかな農業で成り立つごく平穏な村に、その少年はいた。
「狼が来るぞー!」
棒切れを振り回し、小さな村を裸足で走り回る少年は笑いながらそう叫んでいる。少年へと視線を向ける村人はそれを日常の一部だと微笑ましく見守っていた。
狼が村へとやってくれば家畜も人もただではすまない。しかし、ここ数年そんな被害には遭っていないのだ。狼対策として村の周りに柵や獣避けの鈴を用意している。
「狼だ、狼が来るぞー!」
「ふふっ、あの子がああやって叫んでいる内は安全な気がしますね」
村人の女が少年の背を見やりながらそう言った。
「そうは言っても、隣の村は狼にやられたそうだぞ」
その傍らで家畜に牧草を与えていた男がそう告げる。
「隣とはいえ、人の足で一週間はかかりますよ。近くはありません」
水汲みの途中で休憩していた老婆がそう言った。老婆は遠くで聞こえる少年の声に耳をすませながら再び口を開く。
「あの子がこの村に来てどのくらい経ったかしら……子どものいない村だから、あの子の声が元気の源だわ」
老婆の言葉に二人は納得する。ただ老いていく村に活気を与えたのは紛れも無く少年の声だろう。
◆
「狼が来るぞー!」
今日も少年は叫んで走り回る。村人はそれが嘘と知っているため、作業の手を止める事は無い。今日も少年が元気だと、嬉しそうに笑っている。
そんな中、井戸端で話し込んでいた女達がある疑問を抱いた。
「あの子、随分前からこの村にいるけど……どこに住んでいるのかしら?」
「エミリーさんのところじゃない?」
「あら、ステファンのところだと思ってたわ」
「狼が来るぞー!」
少年はそんな彼女達を気にするでもなくその隣を通り過ぎる。よく通る声を村中に響かせて。
◆
「狼が、来たよ」
村人が寝静まった深夜。
少年は狼を連れて村を訪れた。
その瞳は夜の闇に埋もれず光っている。
彼は、狼の少年。
ジャンル選択でオチが読めてしまいそうですね。