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言わずもの恋  作者: 紫織まる
第一章
8/18

#7 コンプレックス・サーキット

担任教師 志水 春樹への思いに気づいた神崎 (あきら)


あれもこれも考えるうちに混乱した彼に起こった出来事とは。


少し暗い話が続きます。



ぐるぐるぐる。

────今日も俺は、考え続ける。

人が誰かに恋に落ちた時──


・周りにその事実を隠したまま過ごす。

・友人又は先輩に話す。

・積極的に会話を交わす。

・いっそその思いを伝える。


しかしその相手が在学中の高校教師だった場合──


・分からない問題など積極的に質問をしに行く。

・その教科に力を注ぐ。

・卒業後などに思いを伝える。


そして又、それが同性だった場合──、



「む、…………。」



そこで俺の思考がとうとう停止した。

只今午後11時55分──。

腕の下敷きになっていた分厚い数学Ⅰ+Aの青い問題集を解く手は、既に約1時間前程から進度が止まっていた。

あの後、熱中症から俺は何とか回復し自力で帰宅した。そしてまだ慣れないスマートフォンの画面に指を滑らせながら思い浮かんだ単語を何となく調べてみたが、それが解決に繋がったかと言うと答えはイイエとなる結果に終わってしまった。


表面上の回答を得たはいいが、自分自身が本質的なものをに辿り着くことが出来ずどうしょうもないまま、ただ時の過ぎるのをじっと待っている他ないというような感覚がして全く気分が晴れなかったのだ。


それだけ調べておいた結果、夕方に課題と明日の授業の予習を早々に済ませ俺がとった行動は筋トレだった。

筋トレやランニング自体はテニス部を引退した後も定期的に行っている習慣なのだが、今日はその通常より回数も多めでなるべく何も考えす無心で行った。



そしてその結果、それまでもやのかかっていた気分は恐ろしいほどスッキリと晴れてしまった。

案外自分の身体機能が素直で単純であるという事を新たに知る──、ということはまあ、さておき。


しかしながら今の状態から見てとれるように、どうやらその効果も本当に一時的な物だったようで1度思い出したときからこの調子である…。

解くことのできない数学の問題を考えているのならまだマシだ。それが一体自分は何を考えているのかでさえ分からないようなことを延々ともやもや考え続けてしまうから厄介なのだ。


──と、このように説明臭い言い訳を自分のなかですることでどうにか思考を整理しようと試みてはいるものの、全く解決にならない。




シャーペンを置き、何となく椅子の背もたれに体重を傾ける。


「…………。」


……別に、今日昼に見た先生のジャージ姿を思い出したりなどはしていない。断じて。


それにしても次はいつ見られるのだろうか…。



入学式、新入生歓迎会(という名の球技大会)が終わり、遠足。

その前に重要な事がひとつ。

1学期中間考査。


このまま集中出来る筈がない。


これは1度誰かに喝を入れてもらわねばならないようだ──…。



───────────────────────





「…………。」



翌日の放課後。


掃除も終わり賑々しく雑談をするクラスの一番前の席で、俺は1人で血液の循環を失った冷たい屍のように机に突っ伏していた。

原因は主に2つ。

その1、昨夜あのまま寝られずそのまま机に向かっていた為の睡眠不足。

しかし睡眠不足はまだ慣れたものだから良い。

その2、只今俺の目の前の教卓で課題点検をする人物。


勿論その人物とは、昨日からさんざぱら俺の悩みの種となっている我らが2ー5の担任志水春樹先生である。

先生はというと、いつも通りのワイシャツ姿に表情のない様子で先程から黙々と作業を続けていた。


しかし──、

それらのお陰で集中できないなど授業に支障を来すということは一切なく、いざとなるとその悩みは頭の外へと自動的に除外された。


我ながら何かと都合の良い身である…。


そもそも男への片思いなど、端から叶うはずもないのだから今のうちにいっそ諦めた方が自分にとっても得策なのではないか…?

そうだ、それがいい。

それだけの事をなぜ昨日あれほど悩む必要があったのだろうか。



「志水先生ー。プリントのここなんですけど…。」


「ああ、…金森さん。すみません、お待たせしました。」


…しかし、

そんなことが容易に出来るようなものなら、俺がこんなに悩むことは無いのである…。


突然教室に顔を出した金森さんという女子生徒と共に、そう二言三言の言葉を交わすと、今まで俺の目の前の教卓に座っていた志水先生は廊下へと出ていった。


──2人で。


何の用事だろうか。いや、ただの質問か…。



ふつふつと湧いてくる感情とは対照的に、騒々しい筈の放課後の教室で、俺の周りにだけ冷たい沈黙が取り巻いているようだった。


机に突っ伏していた上半身をあっさりと起こし、俺は空疎な溜め息をついた。

各部活もそろそろ始まる頃だ、今日は文芸部も無いしさっさと帰ろう。


廊下の窓から見える、放課後のまだ青々と広がる空がなんだか皮肉に感じた。

灰色の世界の中1人駐輪場へと歩みを進める。


ふと先程教室にいた金森さんとすれ違った。

先程の感情は恐らくこの女子生徒に対する自分の勝手な嫉妬である。

それに、



……志水先生にだってこういった高校生だった時代は有ったわけで。

今こうしてこの高校で教鞭を執っている限り、大学生はもちろんそれどころかこの社会を俺達よりも20年、30年も多く生きてきたわけで。


その中で先生が好意を抱いた人物もいたわけで。


──それが"異性である"ことはもはや明らかなのである。


せめて同級生であれば…この厄介な自分の性分をも無理矢理克服してでも、話しかけることぐらいは出来たのだろうか。


どちらにせよ先生にとっての自分は只の生徒で、多感な時期の1人の高校生男子で、何でもない他人に他ならないのである。



俺の心はいつの間にか、少女漫画のような甘い恋心でもなく、まるで大罪を犯したような心情が占めていた。


ああ、これは思った以上にキツい。



下駄箱を通り、階段を下りて真っ直ぐに自転車へと向かう。

俺の横を、陸上部やらハンドボール部やらが掛け声に合わせてジョギングで通りすぎていった。

グラウンドでは大勢の生徒が各々の部Tシャツを着て駆け回る。


中学のテニス部だった時も今とはあまり変わりはない。

あの時もそう、こうやって1人、騒々しさの中いつも帰路についていた。



あれ…、


今自分は何を考えていたんだっけ──



「あ!…見っけた…!」



はた、と雑念だらけの俺の歩みが突然止まった。

というより目の前にいる人物によって止められた。

ぶつかりそうになり、俺は危うく顔を上げる。


知らない、人だ…。


真っ赤なTシャツ、ハーフパンツにバスケットボールを持ったを持った男子生徒。


「お前、部活入ってないんだって?見たよ、球技大会…!」


ああ、昨日のあの情けない大失態か…。


「バスケ部入ってみない?勿体ないって!」


勿体ない。


俺には、他人の期待に答えられるほどの能力は無い。


まるで太陽のような笑顔が俺の視界で揺らぐ。

暗い世界の中へ相手の声がどんどんと遠ざかっていく。


逃げてしまいたくなる。

この光がいつ消えるのかと思うと恐ろしくて。

一瞬なのだ、本当に。

──失望。


中学生時代の"あの時"だってそうだった。


「ちょっと待って!」


半歩後ずさった俺の腕を彼が掴む。


「あの…、せめて何か言ってくれると有り難いんだけど…。」


「──…。」


いつも通り何も言えないまま、俺は相手から視線を反らす。

反らした直前、視界の隅で相手の表情が一瞬曇ったような気がした。

ほら見ろ。まただ──。

もう、この顔を見たくはない。

相手に迷惑はかけたくない。


でも言えない。


怖い。


あんなことを、俺は二度と起こしたくはない。



俺はまた逃げてしまう──。





「──何をしているのですか。」



突如低い丁寧な声が二人の間を切り裂いた。



「嫌がっているでしょう。」



腕を制止された相手は驚き退く。



そこにあったのは、

──志水先生の姿だった。



胸の奥がきゅうとつまる。


先生、志水先生。


嬉しい、よりも、何に対するものなのかも分からない恐怖心。


違う、違うんだ。先生。

これは僕が悪いんだ。

何も言えない僕の責任…



ぐちゃぐちゃだ。

何から考えたら良いのかもう分からない。




痛い。






────俺は、弱い。

次回、過去回。



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