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言わずもの恋  作者: 紫織まる
第一章
6/18

#5 晴れときどき、恋模様。

ベタな物語。

ちくり。

──先日から続く

何処のとも言われぬこの痛みの正体はいったい何だ。



夢と現実をさ迷っていた俺の耳の奥で、目覚まし時計の午前7:00を告げる音が勢いよく鳴り響いた。


その音を目覚まし時計のものだと認識すると、俺はすぐさま体を起こし眼鏡をかけ、部屋に2ヶ所ある窓と厚手のカーテンを全開にした。

そうしないとハウスダストに対するアレルギー反応により、俺の鼻と喉はすさまじいことになる。


続けてベッドの上の毛布やら枕やらを丁寧に整えた。

ここまでで丁度50秒。そうしてからようやく俺は目覚まし時計の音を止めた。


俺の部屋は丁度、2階一番南西の所に位置するため、朝はカーテンを開けるとこのように大量の朝日の光が流れ込んでくる。嫌でも目は覚めるのだ。


俺はひとつ大きなのびをした。


降水確率0%。


本日、年中行事一番初めの全校生徒による球技大会が行われるには申し分ない一日となりそうだった。


しかし球技大会となれば俺には数点問題が残っていた。




───────────────────────








───カキン。



乾いた音が晴天下のグラウンドに心地よく響いた。

観客サイドから、男女のわっとした歓声が上がる。


横割式のクラス対抗球技大会。

球技大会というよりは本当に新入生歓迎会も兼ねたような行事になっている。

種目は主にバスケットボール、ソフトボール、サッカー、バレーなど。

1人ひとつの種目への出場は基本的に必須で、1クラスにバスケットボールチーム、サッカーチームを一つずつ作りその総合点を競い合う、といったような感じだ。


文化部や、運動が苦手な人たちにとってそれはもうさながら公開処刑のような鬼の行事だとか何とかと言う言葉が時々聞こえてくる。


それは我らが文芸部も然り。

確かに毎日パソコンに向かいひたすら小説を書き続けるか本を読んでいるだけの部活だと言って、運動部の人達には嘲笑されるだけかもしれない。


──しかし桜花第一高校文芸部を笑うべからず。



ピ──ッ。



「「ナイス吉見────!」」



俺たちの隣のコートで、文芸部兼バスケットボール部スタメンの吉見先輩が見事なレイアップシュートを決めたようだ。

盛大な吉見コールが女子たちの黄色い声援と共に体育館にあがった。

対抗競技というのはクラスを1つにするという点に於いても多大な効力を発揮する。

2年生3年生となればそれは尚更で、午前の部、初戦の時点で既に体育館の熱気は最高潮にまで達していた。


「かっこいいなー、先輩。」


俺の隣で水分補給をする佐藤君が吉見先輩にむかって手を振ると、こちらに気づいた先輩も向こう側から手を振り返してきた。

これだけを見ると、運動神経抜群の爽やかなスポーツマンである。ここにいる誰が、彼が文芸部だということを信じるであろうか。


しかも端から見ると女子の声援を冷静に無視し、1人汗を拭ながら水分補給をしているようにも見えるが、


──休憩中のチームメイト達によるじゃれあいを見て、陰で歓喜に悶え苦しんでいる姿は大いに伏せておきたい。


ああ、良い笑顔だ……。


恐らく、先日のような彼の"ふ男子"という裏の姿を知るものはあのコート上に居ることはあるまい。

しかし口元をタオルで覆うところなど、他人にはばれぬよう静かに1人で楽しむ彼はオープンすぎる保志先輩よりは幾分ましなのかもしれない…。

しかしさすがに保志先輩も簡単にその事を明かすことはないのだという。(昨日の出来事はさておき。)



それより問題は自分のクラスだ。今は試合の休憩中ではあるがゲームスコアは12-16で只今は負け。

両チームなかなかどちらも譲らないギリギリの状態である。


暫くすると、最終クォーター開始の笛が鳴った。

汗をタオルで拭き取り、再びコートの中へと入る。


ちなみに体力テストの結果もあり俺はすべてのクォーターに出ることになっていたが、そろそろ体力が限界に近づいていた。


シューズを直そうとして、目眩と共に足元がふらつく。


「大丈夫?」


「……。」


心配そうに声を掛けた佐藤くんが背中を支える。

俺は、大丈夫、と頷いた。



─バスケットボールはチームスポーツである。


初めはまともに話したことのないクラスメイトとどうコンタクトを取るかが心配事ではあったが、それはもはやどうでもよくなっていた。


テニスをしていた『あの』時を思い出してしまい、俺は慌てて頭を振った。



チームに迷惑だけはかけたくはない。

それだけでいい。



最終クォーターが始まり何分かした。

しかしお互いが容易には得点を許さず、チーム全体の体力もそろそろ限界に達していた。

俺自身も一気に身体を動かしすぎたのか、突然ズキッとした痛みが後頭部を襲った。

それにこの体育館には熱が籠っている。

やはり筋トレだけではなく定期的にこのようなゲームをすべきだったと今さらになって後悔した。


あと1点差だった。

ここでその隙をついたように相手側の動きが変わる。

相手側にわたった瞬間ボールがあっとという間にゴールへと運ばれていった。

残り時間からみて、これを取られれば勝つことは難しくなってくる。

しかし放たれたシュートはリングを掠め、サイドへと落下した。それを佐藤くんが瞬間的に奪い取る。

リバウンドを奪えばそれは大きい。

これはチャンスだ。


パスを手前にいた選手が受け、そのままドリブルで疾走した。それと同時に俺も一気に駆けあがる。

ゴール直前、相手選手に止められたところでこちらにパスが回ってきた。

俺は相手側の選手を押し退けパスを受け取るとそのまま一、二歩と前に進み大きく跳躍した。


ボールを乗せた掌を伸ばし、そっとのせる様に置く。

瞬間、俺は呼吸を止めた。

周りの音も聞こえないほどに。

自分のずしっとした身体の重みが全身にのし掛かる。


すると、ボールはボードの黒枠の角に当たるとそのまま素直にネットへと落ちていった。






──しかし、床に着地した瞬間、全身に落雷のような衝撃が電流のように走った。

先程までの痛みがここで一気に爆発したのだった。


「────!!」


誰かが叫んだ。


両足に力が全く入ってくれない。

俺は崩れ落ちるように床に倒れ込んだ。


視界の中で覗き込む皆の姿が歪む。


脳ミソがぐちゃぐちゃと掻き回されるような感覚。

吐き気がするほどの痛みが頭のなかを駆け回る。

小学生の頃から時々倒れて運ばれるということは多々あった。

だからこそ試合ではそれを繰り返さないため中学時代あれだけ努力して体力をつけたのだが…、


つくづく自分が情けない…。


これでは皆に迷惑をかけてしまう…。

痛い、

怖い…。


朦朧とした意識のなか、

ふと、霞んだ景色に志水先生の姿が突然現れた。



見ていたんだ…、先生。




そして俺は何かに安心したかのように、静かにその意識を手放した。


その瞬間、──俺の心臓はまたちくりと痛んだ。



何だ、これは。




───────────────────────






『君、友人はいるんですか。』


ただの冷たい嫌な教師だと思っていた。


『──よろしくお願いします、神崎君。』


交わした少ない言葉一つ一つが鮮明に浮かんでくる。


冷たい表情に時々見せるふとした笑顔。


ちくり、


まただ。


あの日からずっとだ。


痛いなあ、まったく──…。





「────………。」



目を覚ますと、俺は何もない保健室の白い天井を仰いだ状態で寝ていた。


身体の所々に、袋に入った氷が乗せられている。


──何が起こったのだろう。

今自分が何故ここで寝ているのか全く検討もつかず、俺はそのままの姿勢でもやのかかった意識の中呆然と動けずにいた。


ああ、そうか。

バスケットボールの試合終了間際で倒れたんだった。


試合はどうなったのだろう。

それより皆に迷惑をかけてしまった、

──いや、話したことのない俺なんか彼らにとってどうでも良いか。欠けた分は他の人がいるから…。



「大丈夫だった?──神崎くん。」


突然目の前のカーテンが開き、そこから1人の女子生徒が顔を出した。その顔はよく見覚えのある文芸部に2人いる3年生のうちの1人、水城先輩。

肩上くらいに切り揃えられた黒髪のショートカットで、同じく3年生の穏やかな宮城先輩とは反対の少々厳格な性格を持った先輩である。


手には氷の入ったビニール袋やらが乗せられていた。


「今日は雨が降りだしてきちゃったからもう外の競技は終わったみたい。」


そう言ってベッドの横に置かれたパイプ椅子に腰かけた。


確かに、わずかだが外から雨の降る音が聞こえてくる。

部屋も全体的に暗い。

降水確率0%と聞いていたが…、そういえば天気予報の降水確率0%は5%未満の事を言うのだということをふと思い出した。


「そういえば先程から数人がここに君の無事を確認しに来ていたわよ。」


そして水城先輩は付け足した。


「文芸部の佐藤京介君と吉見君やら保志君、それに黒瀬君もいたはず。あと名前はわからないけど3年生の男の子。」


文芸部の先輩方か…。

佐藤君にも後でお礼を言わなければ。

3年生の男の子というのは、テニス部の啓司さんしかいない。

後で電話をしておこう。



「…あと、────志水先生。」



「先生?」


────ズキッ。


「……あ。」


またこの痛みだ。

俺はは身体を強張らせた。


「大丈夫?吐き気がする?」


水城先輩の掌が俺の背中を擦る。


「先輩……、」


「どうした?」



心臓の奥の方が苦しい。


思考が迷子だ、何も考えられない。


とうとう病でも患ってしまったか。


もしかしたら俺はもうすぐ死んでしまうのかもしれない。




この痛みの名前は────。





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