表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言わずもの恋  作者: 紫織まる
第一章
5/18

#4 ふ男子とふつー男子

文芸部ほのぼの(?)回。


(かん)ちゃんー、ねー神ちゃんー。」



前略、啓司さん──……。



「おい誰か知らない?俺の同人誌!?」

「知らん。」



俺は今、先輩と出場した中学生ソフトテニス市民大会での、決勝戦ファーストゲーム以来の、



「おいそこ新人に乙ゲー薦めんなー。」


───……最大の危機に直面しております。


「ってか先輩方神ちゃんて誰ですか…。」


「「え?神崎君。」」


2人の指先が一斉に俺を向く。


「……。」


文芸部の先輩方。

お…、男に“ちゃん”付けは…どうかと思うのは俺の性格が堅いからでしょうか…。




───────────────────────





──実は、遠足のオリエンテーリングがあったあの日は佐藤君の間違いで部活は休みだっため、その時は入部届けを佐藤君に預け俺はそのまま帰宅していた。

桜花第一高校文芸部は週に木曜日の1日しかないらしく、部員の大半が何かしら他の文化部と兼部をしているらしい。


結局来週まで部活は無いため、俺は過去の部誌を拝借し取り敢えず一読を終えると、佐藤君の言う通り土日のうちには小説のデータなどを保存するUSBメモリを近所のホームセンターまで調達しにいっておいた。


何となく高校ホームページなどから文芸部の情報を得ようと試みたが、活動日と簡単な部紹介しか書かれておらず、しかし本当にこじんまりとした特に目立つような部活ではないことだけは分かった。


更にペンネームや作品などから見ても、大人しくいかにも文学少女のような女子の集まりというイメージが思い浮かべられる。

実際、去年発行された後期の部誌「桜花」の表紙のイラストの中の少女は、その背景と共にかなり繊細なタッチで描かれていた。(ペンネームを“くろむ”さんというらしい)

高校生となればここまでのレベルの人もいるのかと俺は思わず感嘆した。


文化部に入るのは初めてでいろいろ不安なこともあるが、見ていると、そのような人たちの中での静かな活動も別に悪くはないような気もしていた。



────が。



「2年生、黒瀬 武蔵だ。」


その一週間後の今、自分の目の前に鎮座する180㎝ほどの重圧満載の長身野球青年が先程の“くろむ”さんであるという事実を少なくとも俺は……


信じたくはない…!


「野球部と兼部をしているため部活には滅多に顔を出すことは出来ないが、部誌にはイラストを投稿させてもらっている…。よろしく。」


重低音の声でそう言うと“くろむ”……いや、黒瀬先輩は白い野球帽を脱いで軽く頭を下げた。

ギャップがすさまじい…。


「おー、武蔵もお疲れさん。作品できたらまた俺に頂戴ね。」


隣に座って本を読んでいた同じく2年の先輩の吉見 実が手を振ると、ユニフォーム姿の黒瀬先輩は「おう」と返事をするとそのまま急いで部屋を出ていった。

もしかしなくても先輩は先程の一言のために来ていただいたらしい…。


それにしても今日の部活には佐藤君は居ないため、読書に勤しむ先輩方の中で、俺はどうすればいいのか戸惑っていた。

運動部であれば少々の自己紹介と挨拶位ですぐさま筋トレか基礎練習に入ってしまうからだ。


しかし黒瀬先輩の自己紹介もあり、取り敢えずここにいる4人の先輩方の名前は一通り覚えることはできた。

やはり流石文芸部、奥の方で将棋を打つ謎のお二人を除いてひたすら読書に没頭している。

それもどれも日本の文豪作家の作品ばかり。


女子ばかりというイメージがあったがそれは下らない先入観だったようで、むしろ男子5人に対して(黒瀬先輩と佐藤君と自分を含めて)女子は2人と人数的にはずっと少ない。


それにしても、部員の先輩方含めて、なんて落ち着いた場所なんだ…。

心地いい春風が窓から流れ込み、邪魔な音は何もない、本を読むにはまさにうってつけの場所だ。


文芸部は主に家での作業がほとんどで、部活ではたまに自分の作品を持ち寄って批評し合ったりするだけで通常こうして静かに読書をしているらしい。


入部して初めての部活なので少しは先輩方とお話ができるかと思ったが、さすがにこの雰囲気は崩したくはない。

俺は鞄から本を取り出した。



いや、正しくは取り“出された”。


──先程から前方にいた人物から伸ばされた手によって。


「これは……、“魔法都市バッカニア”。」


その手の持ち主、2年生保志 純先輩はまるで鬼のような

形相でそう呟いた。


“魔法都市バッカニア”とは。


約15年前、つまりまだ俺が1歳位の幼い頃に連載を終了した全39巻にわたる当時の大人気漫画である。

それまでになかったリアリティのある設定と本格魔法ファンタジーストーリーが当時の読者を熱狂させていた、らしい。

父が全巻持っていたため俺も既に一読し済みではある。



今俺が持っているのは作中に登場するバッカニア軍団の軍章の付いたブックカバー。

しかし中身は昨日と同じく三島由紀夫の金閣寺。


「君…、もしかしてバッカニア読者…?」


「……はい、一応…?」


ぱあっと保志先輩の顔が今までとは比べ物にならないほど明るくなった。


「よしみーーーーー!」


目の前で突然叫ばれてびくりと肩がはねる。


「何だよ。」


俺の真横で本を見たまま適当に返答する吉見先輩。


「バッカニア読者がいた……。」


すると、瞬間、部屋中の視線がこちらを向いた。

俺はというと何がなんだか理解できず唖然としたままである。


「え、っと…それが何か…。」


「好きなキャラクターとかは…?」


「……強いて言うならダクラス、ですかね…?あとバーツとか。」


保志先輩が崩れ落ちた。

文字通り床に。

俺が慌てて支えようと手を伸ばしたが、なぜかその表情は幸せそうだった…。

ダクラスは主人公率いるバッカニア軍団のライバルバイキング軍の大将であり、バーツはその参謀長。


それよりも今、何故か俺の脳内に真っ赤な危険信号が点滅しているのは気のせいだろうか。嫌な予感が…。


「だよね…。俺も好きだよ、ダクラス…!良い奴だよあの男は…!しかもまさに、今はアニメのルネサンスの時代。忘れ去られた名作がどんどんリメイクされて、魔法都市バッカニアも来年から放送されるんだよな…!」


それは初耳だ。そうか、アニメがやるのか。


そんなことを呆然と考えていると

保志先輩そのまま立ち上がり、俺の肩を引き寄せるとぐっと耳元で囁いた。


「──君、ダクラスとバーツのコンビはどう思う?」


「え、ええ。良いと思います、けど…。」


俺は若干緊張で体を引き気味に答えた。


「じゃあ、ダクラス×バーツなんて…」


「黙れ、腐れ保志ーー!」


ドロップキック。

俺の目の前で華麗な吉見先輩によるドロップキックが保志先輩にむかって炸裂した。

まさかこんなに綺麗にきまるものだとは思わなかった。

あれ…それにしても俺今聞いてはいけないワードを聞いてしまったような気が……。


「やだよしみー聞いてたの?」


「おネエみたいに言うな。やっぱり腐向け(そっち)に持っていくか、保志…!相手を選べ相手を!

それに──……ダクラスは受けだろうが。」


受け。


「もとはと言えば俺が腐男子なのはお前のせいだろよしみー。そういえば俺が貸した同人誌そろそろ返せ。いや、ダクラス受けなんぞ認めん。ダクバツだ。」


ダクバツ。


「はァ?手前、そんなもんとっくの昔に返したわ。それよりお前こそまだ俺のソフト持ってるだろ。それとダクバツこそあり得ん、バツダクこそ至上。」


この人たちは一体何を言っているんだ。


あ…、頭が痛くなってきた…。


先程まであんなに静かで優しかった先輩方が物凄い目で睨み合っている。

ダクバツとバツダクの一体何が違うのだろう…。


一方、3年生の女子の先輩方はまるで通常運転のように読書をしている。

というか先程から気になっているのだが、奥の畳の将棋の2人はいったい誰なんだ…!




1人混乱の中で慌てる俺に、

ようやく助け船が出された。


いつの間にいたのだろう。


「2年生腐男子勢…。ちょっと大人しく、しようか……。」


引き戸の音は全くせず、ここに来ていたことも全く気づかなかった。


「「志水、センセー……。」」


2人の顔が徐々に青ざめていく。


鶴の一声はまさにこの事。

静かに、まるで最初から居たかのように、

そこには主顧問、

────志水春樹の姿があった。


魔王降臨。


俺は人生で初めてこんなに冷たい微笑みを見た。




───────────────────────




「すみませんね、神崎君…。久しぶりに様子を見に来たらまさかいきなり2年生勢に巻き込まれているとは思いませんでした。」


部室は再び静かさを取り戻した。

先程の先輩方二人も大人しく座って本を読んでいる。


「先生、ところでふだんしとは何です……」


言い終わる前に目の前に先生か差し出したのは一冊のA4サイズの冊子だった。

それよりも、表紙が


「察してください。」


「はい。」


察しました。

フロンティア。

いや、何でもない。


先生がそっとその冊子を保志先輩に返却した。


「つまり、俺たちは見た目は文学高校生、中身は腐ったオタクということだ!」


「全員じゃないけど。」


初めて奥の3年生女子2人のうちの1人の水城先輩が口を開いた。



「ここにいる4人は全員学生にしてはとても質のある小説を書くんですが、2年生勢のこの2人がどうも…。」


先生が頭を抱える。


「いやー神崎君、初めて見たとき何でこんなにスポーツできそうなクール青年が文芸部に来たんだろってねー…。

もしかしたら生徒会の刺客かと思って大人しくしてたんだけどまさかバッカニア読者と聞いてからテンション上がっちゃって。」


つらつらと保志先輩が説明する。


成る程…わからん。


しかしこの部屋に入ってきたときより断然楽しそうな部活であるとは思える。

これはこれで……。



「あ、あの…。これから、よろしくお願いします。」


俺は改めて挨拶をした。

短い沈黙。


「───ようこそ、文芸部へ。神崎君。」


もう1人の3年生、宮城先輩はそう言って微笑んだ。


「おっしゃー!次回のネタ考えるかー!」


「おいよしみーそれより俺の同人誌知らねえ?」


「さっそくまた……。」


そうして冒頭に戻る。


毎週こんな風景の中で俺は過ごせるのか。

手に血の滲むくらいラケットを握り続けたあの日が嘘みたいだ。

しかしこれはこれでいい。

俺は表情にこそ出せないもののそっと心の中で笑った。


こうして俺と佐藤君、文学少女2人と文学ふ男子2人と野球部1人の先輩方と、未だ謎の将棋2人の文芸部がスタートした。



「…そういえば先生が顧問だったんですね。」


帰り際に俺は何となく先生に言ってみた。

まさか日本史の志水先生が顧問だとは思わなかったのだ。

副顧問の先生には会っていたが…。


「あれ?知りませんでしたか?

またとにかく、


──よろしくお願いします、神崎君。」



俺の視界の中で黒髪が揺れた。


夕日がレンズに反射する。


何故かその笑みには、えも言われぬ悲しさが含まれているような気がした。

思わず俺はしばらくその双眸に吸い込まれるように魅入っていた。


何かに安心を感じたように、

────しかし自分の胸は何故かちくりと傷んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ