残痕
真っ直ぐにしか生きられない人っているもんだ。しかし不思議なもので、その人が真っ直ぐに生きようとすればするほど、不安定な印象を周囲の人に与える。
誰だって覚えがあると思う、そんなに肩に力を入れずに楽にしたらいいのに。そうやって人に声をかけたくなったこと。
そういう人ほど、頑張ろうとしてしまう。知らぬうちに自分を追い込む。
「それはさ、一般論っぽくしてあたしを慰めようとしてくれてるの?」
それともバカにしてる?
彼女は顔をこわばらせて、でも努めて冷静に振舞おうとしていた。
薬は飲みたくない、彼女は言った。誰だってつらい、ただ少し疲れているだけ。そう強がっていた。
タイマーが鳴り響く、お風呂が沸いた合図だ。
「先入って」
彼女の視線は僕ではなく、ベットサイドに置かれたぬいぐるみへと向けられていた。
オレは知っていた、彼女が時々「彼」を抱いて涙を流すのを。
そしてそれはオレがいては、絶対に出来ない行動であることも。
オレは彼女をベットに押し倒す。身体の奥底から、劣情が迫り上がってくるのを感じる。
自分のものにしたかったのだ、結局つまり性欲とは征服欲なんだから。
彼女が抵抗するのにも構わず、自分勝手に熱を押し付けた。
オレは子供で、気持ちいいことに弱くてそれを正当化するために愛なんて名付けた。気持ちいいことが好きだったのであって、彼女を愛していたんじゃなかったんだ。彼女はそれを見抜いていたんだ。
目覚めると彼女は部屋のどこにもいなかった。オレはまず最初に腹を立ててみせた。どうせすぐに帰ってくる、けど入れてやるものか。そんな風に思いあがっていた。
けれどいくら待っても彼女は。
真っ直ぐにしか生きられない人。
その人は、毎朝必ず俺好みの二人分の朝ごはんをつくってくれたし、彼女が歩くと部屋はみるみるうちに片付いていった。それらは彼女に隈をつくらせ、髪から艶をなくしていったのに、オレは何もしようとしなかった。何が楽にしたら、だ。真っ直ぐなのは彼女の性質で、それにオレは甘んじていただけ。
彼女を不安定にさせていたのは、紛れもないこのオレだったんだ。
足元に散らばった衣類を踏み、バランスを崩す。
とっさにテーブルに手を突こうとして、何かを払い落とす。
「何だ、ってあ。あー」
こんなもの、もういらない。いらないのに。
オレは壊れた写真立てを抱えて咆哮した。何度も何度も彼女の名前を呼んだ。
そして終わりを悟ったのだ。